推測

 白銀のマギアに乗って飛来した少女をもてなしているのは、王城に存在する貴賓室であり……。

 いざという時は、外部から客人を閉じ込めることも可能な分厚い扉を開け、外に出る。

 すると、待機していた配下たちが、素早く己の後ろへ付き添った。


「やはり、ほぼ間違いないな。

 ……アレキスの人間だ」


 足早に自らの執務室へと向かいながら、アスルは配下にそう告げる。


「魚料理を見て、物珍しそうな顔をしていたし、本人の言葉からも馴染みがないとうかがい知れる。

 冷蔵庫付きの魔動車は、まだまだ普及してない。

 国内に海を持たぬアレキスでは、魚料理は珍しかろう。

 もっとも、あのマギアは全体的にアレキスっぽかったから、単なる答え合わせだがな」


「ですが、飛翔していたことといい、何より手持ち可能な状態へ変化させたことといい、明らかに既存のそれとは隔絶しています。

 一体、何者であるかは語られたのですか?」


「いや、だんまりだ」


 配下の一人――共に竜と戦った魔動騎士の言葉に、肩をすくめてみせた。


「と、いっても、こちらを警戒しているとか、そんな感じの雰囲気はなかったな。

 ただただ、人に慣れていない……いや、怯えてるっていう感じだ」


「そんな少女が、あのとてつもないマギアに乗って国外へ出てくる……一体、どんな事情なのでしょう?」


「それは、語ってくれるまで待つしかないさ。

 とはいえ、調べられることは調べておこう。

 幸い、家名はともかく名前を教えてくれた」


 会話を交わす内に執務室へ到達したため、その扉を開く。

 そして、本棚から一冊の本を取り出すと、執務机の上に腰かけてめくり始めた。

 あまりに行儀の悪い行動だが、配下たちが何も言わないのは慣れているからである。


「イルマ、イルマ……と。

 ああ、何人かいるな。

 だが、状況を鑑みて一番それっぽい名前はこれだ――イルマ・ヴィンガッセン」


 ――ヴィンガッセン。


 その名を聞いた配下たちが、わずかにどよめいた。

 ヴィンガッセンの名を知らぬ者など、この場にいようはずがない。

 かの男爵家が排出した一人の天才少女により、アレキスは先進的なマギアを次々と作り出し、実戦投入していったのである。

 今日こんにちにおけるアレキスの隆盛を築いた一因は、間違いなくヴィンガッセン男爵家の存在であった。


「しかし、ヴィンガッセンの娘といえば、確かアルマ・ヴィンガッセンという名前だったはずでは……?」


「まあ、待て。

 今、家系図の方を参照してみる……。

 この貴族名鑑ってやつ、便利だな。

 うちの国でも作ろうか?」


 配下の言葉に答えつつ、パラパラと紙片をめくる。

 今、アスルが手にしているのはアレキス王国が発行した貴族名鑑であり、これは現地の人間ならば誰でも購入することができた。

 当然ながら、アスルのような他国の人間も、伝手を辿って購入し、このような調べ物に役立てることが可能なのである。


「ああ、あったあった。

 へえ、双子の妹らしいな。

 調べさせておいたアルマ・ヴィンガッセンの外見的特徴とも似ているし、作法はともかく貴族生まれの雰囲気を感じるし、ほぼほぼ、あのお嬢さんであると断じてよいだろう」


 そう結論づけると、名鑑に記された家系図を見て分かったことを付け足す。


「で、アルマとイルマの姉妹は、後妻の連れ子で現当主と血の繋がりはないな。

 加えて、半年ほど前に姉は他界している……。

 確か、毒殺されたんだったかな?

 犯人っぽいのは、向こうの技術局でいまいちパッとしなかった方の若手だ」


 すらすらと、他国で起きた事件について述べる。

 竜の襲来と合わせ、国境近くにマギア隊を集結させられたりなどの圧力は受けているものの……。

 今のところ、アレキスとロンバルドは戦争状態になく、一部に制限はかけているものの、交易も行われていた。

 しかし、それが侵攻までの準備期間に過ぎないことは明らかであり、ロンバルドの間諜は日々、向こうの情勢を探っているのだ。

 もっとも、それは向こうとて同じことであろうが……。


「まあ、彼女が出奔してきた事情は、そこら辺にありそうだな。

 後は、いずれ仲良くなれたら聞き出したいが」


 名鑑を執務机に放り出すと、配下の一人が前に進み出る。

 そして、抱いていた疑問を主君にぶつけてきた。


「殿下は、どうお考えですか……?

 あの機体……。

 毒殺されたという姉が、造り上げたものでしょうか?」


「そこなんだよな……」


 天井を見上げながら、考え込む。


「アルマ・ヴィンガッセンの天才ぶりは有名だ。

 十年前、最初にフレイガンの実用化へ成功したのを皮切りに、次々と革新的なマギア技術を生み出して戦場の様相を一変させてしまった。

 今、戦場で彼女が生み出した技術を一片も使っていない国家など、存在しないだろうよ」


 そして、アレキスが急激に国土を拡大させたのも、十年前からのことである。

 かつて、アレキスとロンバルドの間には、いくつかの小国が挟まっていた。

 今、そのような緩衝地帯は存在しない。

 様々な手法を用いてアレキスの技術を盗み、あるいは模倣することへ成功していなければ、今頃はこのロンバルドもアレキスの一部と化していたことであろう。


「あんなもの、造れるとしたらアルマ・ヴィンガッセンを置いて他にいない。というか、いてたまるか。

 いてたまるか、だが……。

 もしも、もしもだ……。

 あのイルマも、同等の天才だとしたらどうだろう? 双子だし」


「それは……」


 可能性を否定できず、臣下たちが押し黙る。

 そんな彼らを前にして、アスルはもう一歩、考えを進めていた。


「いや、違うな……。

 イルマ・ヴィンガッセンこそが、真にアレキスの軍事力を支えていた立役者だったと考えればどうだろう?

 向こうへ潜ませている者たちに、技術局周りのことはよーく調べさせてある。

 それによれば、故人――アルマ・ヴィンガッセンは極端な秘密主義者で、設計に関しては、全てを自宅で行っていたらしい。

 印象深い報告だったので、よく覚えている。

 普通に考えれば、局内でやった方が何もかも整っているからな」


「秘密主義の理由が、妹だったと?」


「つじつまは合うんだよな」


 臣下の言葉にうなずきながら、机の上であぐらを組む。


「秘密にしていたのは、アイデアではなく、発想者の存在そのものだった……。

 何でそんなことしてたかは知らないが、まあ、あの妹さんじゃあ、表舞台で発表とかは無理があるか……」


 あごに手を当て、考え込む。

 今、口にしたのはいくつもの憶測を重ねた推理であり、それが合っているなどとは、口が裂けても言えない。

 だが、不思議としっくりくる推測であり……。

 このような感覚を得る時というのは、それが正解である時なのだ。


「そうだとして、どうされるのですか?」


「ん?」


 配下の言葉に、首をかしげた。


「もし、あの娘が白銀のマギアを開発した本人だとして……。

 いえ、そうでなかったとしても、白銀のマギアそのものが重要な存在です」


「単独で飛行ができ、しかも手軽に持ち運ぶことができる……。

 あれは、状況を回天させる兵器足り得ます」


「やはり、取り込もうとされるのですか?

 せっかく、似合わない貴公子のごとき振る舞いもされていたことですし」


「似合わないて……俺、れっきとした第一王子だよ?

 まあ、それは置いといて、だ」


 配下たちを見回し、これだけははっきりと告げる。


「あのイルマ嬢に対し、二心を持つことはまかりならん。

 忘れるな。

 彼女は我が恩人であり、国の恩人でもあるのだ」


 主君の言葉を受けて、配下たちがぴしりと背筋を伸ばす。


 ――はっ!


 そして、同時にそう返事をしたのであった。

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