第40話 ギメス会




 一際立派な一室は、執務机を中心に部屋は構成されていた。客人をもてなす革張りのソファーの前には光沢が美しい木目調のローテーブルがある。そのソファーにはセリア・バルムスタが座り、その後ろにゼルが控えている。女騎士の目の前にはまだ年若い長身痩躯の男が一人座っている。彼の名はマカベス・ピューイ。ここペーシ支部の聖騎士団団長だ。


「折角お越し頂いて申し訳ないが、バルムスタ団長にお願いする仕事はここにはありません」


 最初に部屋に入って見た印象そのままの冷徹な物言いのピューイ団長は、セリアを冷たい目で見つめている。対するセリアもどこか冷めたような目つきだ。なんだか、只ならない雰囲気だな、ゼルはあまり大人のややこしい話に巻き込まないでくれっと言った心情だった。


「それは助かります。先を急ぐ身でありますから」


「ほう、ナント支部は随分と暇なのですね。従卒を連れ発って、王都へ旅行とは。バトゥース会の方は良いご身分ですな」


 明らかな挑発、ここまで露骨に嫌味を言ってくるとは思っていなかったゼルは内心驚愕していた。女騎士は平静を装っているが、その額の青筋が脈打っているのが窺える。安い挑発には乗っていないが、腸は煮えくり返っていそうだ。


「………ナント支部のバルムスタ枢機卿から伝達があったはずです。現在王国各地で魔物の目撃情報が頻発し、人里にも被害が出ています。各支部で情報共有、組織的な連携が求められています。今回の王都までの視察はそれらの為です。決して無駄なものではありません」


「そうですね、その情報はナントだけではなく、他の街からも寄せられています。ですが、このペーシの町にはあまり関係ないことであります。加えて、この事態を引き起こしたのは生温い考えのバトゥース会の所為、と私は考えますがね………」


 ペーシの町は王都に近く、魔物が多く生息する地域との境である魔境からも遠い。他の街に比べて魔物の被害が少ないのだろうが、自分が良ければ他はどうでも良いように聞こえる。ピューイ団長の発言に女騎士だけでなく、少年も少し腹が立つ思いだった。


「フッ、やはり、ギメス会の方は野蛮な方が多いようですな。私たちバトゥース会は民のことを最優先に考えています。貴方たちのような自殺願望者が魔境まで出向き、魔物を街周辺まで引き寄せているのじゃないんですかね」


 安い挑発から始まった嫌味合戦はお互い引く気はないようだ。積極的に魔物を排除しないから、民に犠牲が出ていると考えるギメス会と、魔境まで魔物を討伐に遠征しているから、要らぬ刺激を与え、魔物を引き寄せていると考えるバトゥース会。どっちが正しいなんて、判らない。そもそも今起こっている人里周辺の魔物の出没原因が判っていないのだから、結論付けるには早計である。


「フンッ!言うようになりましたね、バルムスタ団長。変態枢機卿の庇護でそこまでのし上がっておいて。いつか化けの皮が剥がれますよ?」


「………今、何と仰っしゃりましたか?聞き間違いですかね?」


「聞こえませんでしたか?変態枢機卿の寵愛を受けていると言ったんです。貴方を初め、ナント支部の聖騎士団員は若い女性が多い。完全に枢機卿猊下の趣味でしょう」


 これも安い挑発だ。しかし、受け流せる挑発とそうでないものがある。これはセリアにとって、完全に受け流せない、許しがたい侮辱であった。


「………訂正願います。我が父はそんな趣味はしておりません。改善されたとはいえ、場所によっては女性が肩身の狭い思いをする支部もあります。そんな彼女らの居場所を作る為に、女性が多いのであって、決して枢機卿猊下の趣味ではありません。断じて違いますッ!!!」


 女騎士はすでに感情を抑えられないでいた。敬愛する父親を侮辱されて怒らない人などいない。語尾はすでに叫び声に近かった。それでも、ピューイ団長の表情はピクリとも動揺していない。寧ろ、キツネのような鋭い目つきの奥の瞳はギラついていた。


「判りました、訂正します。確定的でないことを断言するべきではない。しかし、私たちの考えは変わりませんよ。魔物は殲滅すべし、一刻も早くね」


「………それはこちらとしても同じです。民を護ることを最優先にすべきで、殲滅には反対です。魔物の始祖は元人間。それもダンジョンが齎したスキル書に依って変えられた人たちです。共存の道を模索すべきです」


 結局、話は平行線のままだ。人に害を為す魔物を放っておくことは出来ないが、ダンジョンは神が齎したものと言うなら、そこから産出されたスキル書で魔物になった者たちのことをどう考える………これも神が与えた試練なのか、殲滅せずに、友好的な関係は築けないものか、バトゥース会も完全な答えは持ち得ていない。しかし、考え、悩む頭は持っている。


「あの………ピューイ団長。団長の従卒はいないんですか?」


 空気が読めない、あるいは、敢えて空気を読まなかったとも言えるが、ゼルが恐る恐る発言した。この居た堪れない雰囲気に耐えかねた発言だが、まあ、悪くない質問だ。


「従卒ですか………私の従卒はつい最近解任しました。今は東の魔境との前線基地にいます。本人っての希望です」


「魔境との前線基地?そんな話は初耳ですが………」


「そうですね、バトゥース会の方が知らないのも無理ないですね。私たちは新たに魔物を殲滅する為の前線基地を作ったのですよ。毎回毎回遠征していてはコストパフォーマンスが悪いですからね。他の支部のギメス会の方々も集まっています。これで魔物の殲滅がより捗りますよ」


 プロイツィア王国の東部にその魔境は存在する。そして、王国の極東に位置するのがナントだ。つまり、ナントの街が魔境との最前線だったわけだが、その基地ができたことに依って、最前線の位置が変わり、魔物との争いはより激化するだろう。


 しかし、何故、ナント支部の聖騎士団団長のセリアが知らなかったのか、それは恐らく、バトゥース会に知られれば、何かしらの邪魔をされるとギメス会は考え、既成事実を作り、無理やり押し通そうとしたのだろう。事実、そんな基地を造られてしまっては、後から対処し辛い。女騎士は悔しく、歯ぎしりするほどに奥歯を強く噛み締めた。


「こんなことが許されるはずがありませんよ、ピューイ団長。それに依って、どれだけの聖騎士団員が犠牲になるか………」


 その言葉を聞いても、冷静な態度を崩さないピューイ団長だが、語気に力強さが増した。


「犠牲は沢山出るでしょう、しかし、彼らもそれが本望です。一体でも多く魔物を討伐できるならね………覚えておいて下さい、バルムスタ団長。理想を掲げるのは結構ですが、貴女は大事な人を殺した殺人犯と仲良く手を取って、笑え合えますか?私には到底無理です。そう考える者は貴女が考えるより多いのです。それは肝に命じておいて下さい」


 慇懃無礼な物言いだが、そこには鬼気迫るモノも感じる。マカベス・ピューイも本気なのだ。決してお遊びでやっているわけではない。お互いに引けない理由がある。少年は複雑な世界の難しさを感じた。


「ここでこれ以上不毛な言い争いをしていても仕方ありません。王都へ急ぐのであれば、どうぞお引き取り下さい」


 ピューイ団長は立ち上がり、退出を促すように扉へ両手を向けた。それを受けて、セリアも立ち上がった。


「不毛とは思いませんが、用もないのに長居するのは失礼に当たりますね。御機嫌よう、ピューイ団長殿」


 最後まで嫌味が抜けない両団長だが、ここを去ることには大いに同意するゼルは急いでセリアの後に付いて行った。しかし、簡単には退出させてくれないのか、退出寸前にピィーイ団長に声を掛けられた。


「従卒の君!そんな現実が見えていない甘い考えの団長より、私の従卒にならないかい?私の元に来れば幾らでも魔物を斃せるよ」


 即答で、結構です、と返事しようとしたが、それよりも早くセリアが口を挟んできた。


「私の従卒を勧誘するのはやめて頂きたい。彼は非常に優秀で貴方には勿体ない人材です」


 捨て台詞を吐いて、勢い良く扉を閉めようとしている女騎士の元へ急いだゼルは何とか勢い良く閉まる扉に挟まらずに廊下に出られた。最後に、随分と気に入っているのですね、と言う声が聞こえたが、もうあまり二人のやり取りは考えたくなかった。


 穹窿きゅうりゅうとした廊下を歩く女騎士の背中には怒りが滲み出ている。何と声を掛けていいか判らないゼルは、とりあえず後ろから付いていくことしかできなかった。うーん、どっちが正しいなんて言えないよね、初めて出会ったギメス会、所謂過激派の人物であったが、悪い人には見えなかった。冷たい雰囲気は感じたが、根っからの悪党と言う感じはしない。しかし、意見が対立すると相容れないものだと痛感させられた。


 早くこの教会から出たいであろうセリアは少し早足だ。しかし、他の信徒もいる中で、あまり騒がしい態度を表に出すわけにはいかない。聖騎士団の団長であるなら、尚更だ。深呼吸をし、少し落ち着いた女騎士の前から司祭服に身を包んだ男性が近づいてきた。


「これは、確か………セリア・バルムスタ団長ではありませんか!」


 司祭服の男性は両手を広げ、大げさに女騎士の名前を呼んだが、セリアは少し困惑した表情をしている。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?いえ、ここの司祭様と言うのは判るのですが、詳しく知らないもので、教えて頂けないでしょうか?」


「これはこれは失礼致しました。わたくしはドン・ペトロイデスと申します。この教会で司祭長を務めております」


「司祭長様でいらっしゃいましたか、これは大変な御無礼を致しました」


「いえいえ、構いません。他支部の聖職者など判るものではありません。ペーシは人口は少ないですが、宿場町として訪れる人多いので、自然と教会に礼拝に来る信徒も多いのです。故に、司祭の数も多く、中々覚えれるものではありません」


 終始朗らかな笑みを浮かべているペトロイデス司祭長は聖職者らしく、恰幅が良く、顎回りに脂肪を貯め込んでいた。失礼と思われた女騎士の対応にも、一切嫌な顔をせず、上機嫌に対応している。ペーシ支部の司祭であれば、ギメス会所属なのだろう、ピューイ団長みたいな人ばかりだと思っていたが、友好的な人もいるようだ。ゼルはペトロイデス司祭長を珍しいものでも見るかのようにそっと様子を覗った。


 セリアも急な呼びかけに嫌な顔一つ見せず、先程のピューイ団長とのやり取りをしていた人とは同一人物に見えない程物腰が柔らかかった。教会内で知らない人に声をかけられるのは珍しいことではなく、慣れているのだろう。ゼルは女騎士の処世術に感心した。


「そういって頂けると助かります。ペトロイデス様が私のことをご存知で、私が知らないでは大変失礼にあたります。しっかりとお顔とお名前覚えさせて頂きました」


「若いのに随分謙虚で礼儀正しい方で、噂以上ですね。さっきひと目見た時に貴女は特別な存在だと気付きました。貴女にとって有益な話がありますので、どうでしょう?今夜わたくしの屋敷で食事でもしながら語らいませんか?」


 それ聞いて、セリアはゼルの様子を覗った。夕食ぐらいいいんじゃないのかな、食事を必ず二人で取っているわけでもないし。女騎士の単独行動も今に始まったことではない。少年は視線で肯定すると、セリアはペトロイデス司祭長へ了承の意を示した。


 セリアはペトロイデス司祭長と詳しい来訪を取り決め、一度別れた。去り際、ペトロイデス司祭長の金勘定をする時のような無機質な視線を受け、ゼルは背筋がゾクッとする寒気を感じた。




 




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