第41話 晩餐にて
ペーシ町の中心街から少し離れた郊外。町の中心は宿場町として、宿屋や旅人をもてなす食事処が
それとは打って変わって、郊外は静かなものだ。大半が町に住む住人で、旅人とは違って静かに夜を過ごしている。その住宅街の一画に一際目に付く大きな屋敷があった。セリアはそこを訪ねている。
ここまで立派な屋敷だとは思っておらず、セリアは今の自分の身なりを再度チェックした。普段身に付けている部分鎧は着ていない。簡素なフリル付きの平服に、地味目のフレアスカート。凡そ、目の前の
王都であれば仕立て屋に駆け込み、ドレスの一着ぐらい仕立てたであろうが、ここは王都でもなければ、先程決めた約束に間に合わせられる仕立て屋など王都でもいないだろう。
そもそも、今回の旅は任務ではあるが、極秘であり、内情は非公式なものだ。それ故、セリアは最低限の衣類しか持って来ていない。それも戦闘を想定した装備がほとんどだ。辛うじて、今着ている服があったに過ぎない。仕方ない、と諦め、セリアはドアベルを鳴らした。
扉の奥から足音が聞こえ、黒塗りの扉が開いた。中から顔を覗かせるペトロイデス司祭長はニコッと笑顔を作り、セリアを屋敷へ招き入れた。
「本日はお招き頂き、光栄で御座います」
セリアはフレアスカートの裾を指で摘み、淑女として頭を垂れ、感謝の意を示した。
「そんな堅苦しい挨拶はなしにしましょう。我が同志よ!」
セリアはペトロイデス司祭長の言葉に違和感を覚える。広義では同じダンジョン教会で神に仕える身であるから、同志ではあるだろうが、ペーシ町のダンジョン教会はギメス会だ。狭義では同志とは言えないだろう。セリアはなるべく失礼のないように言葉を選んだ。
「どうし………?それは同じダンジョン教会に所属する者同士、と言うことでしょうか?」
「えっ?あぁ、そうとも言えますね。セリアさんはスキル持ちではないのですか………ふむ、少し早とちりをしてしまいましたね」
後半は完全に独り言のように呟くペトロイデス司祭長をセリアは訝しんだ。スキルは習得している、『光の戦士』に『
「まぁ、何にしても、椅子に座り、食事をしながらゆっくり語らいましょう。スキルがないなら、貴女が警戒する理由も判ります」
どうも話の要領を得ない。この司祭長は何を知っているんだ、何の話をする気だ、セリアの警戒心は高まっていった。念の為、帯剣しておいて良かった、万が一に備えて、セリアは細剣の柄に触れて、安心感を得た。
ダイニングルームに案内するペトロイデス司祭長の後に続くセリアは廊下の雰囲気に息を飲んだ。旧時代の燭台が等間隔で並べられている。橙色の仄かな明かりは、石造りの壁の無機質さと、長らく誰も使っていないであろう装飾家具の不気味さを際立たせていた。
「一般的な照明は使用されていないんですね………」
少し気を逸らそうとセリアは何でもない話題を振ってみる。一般的にはダンジョンに出現するある種の昆虫型の魔物から採取される光袋とオートエレメントから抽出されたエネルギーを用いた照明が多い。オートエレメントさえあれば、半永久的に使えて、メンテナス不要なダンジョン産業の代表的な商品だ。
「ええ、この屋敷は先祖代々受け継がれてきたものでして、昔からの習慣と言えばよいのでしょうか、両親もずっとそうでしたから」
没落したが先祖は貴族の出、だったと語るペトロイデス司祭長は、それをあまり誇らしく思ってなさそうだ。そこには、数多の来訪者からの質問に定型文で答える無機質さがあった。
「こんなに広いお屋敷に御一人でお住まいなのですか?」
ペトロイデス司祭長が会話の中で両親のことに少し触れた時、セリアはまた違和感を覚えた。屋敷内にはペトロイデス司祭長とセリア以外の人の気配を感じないのだ。侍女や従者がいる様子もない。広大な敷地面積を誇るこの屋敷を一人で管理している、と言うのだろうか………
「あぁ、そうですね、一人、と言えば一人ですね………やはり、セリアさんはスキル持ちではないようだ。だが、それはそれで実に興味深い………」
やはり、後半は独り言のように呟いていた。何だ、何のスキルのことを言っているんだ、不信感が疑惑を呼び、疑問に変わる。セリアは無意識に帯剣している柄を触っていた。少し心が落ち着いたが、不穏な空気はいつまでも漂い続けていた。
ダイニングルームへ到着したセリアをペトロイデス司祭長は来賓席まで案内した。椅子を引き、着席を促す。促されるままに着席したセリアの正面にペトロイデス司祭長が座った。
グラスに注がれた葡萄酒で静かに乾杯する。上品な肉料理に手を伸ばすセリアだが、味を楽しむ余裕は一切ない。不自然に思われない程度に顔色が覗っていたが、ペトロイデス司祭長は気付いているようだ。
「まだ警戒されているようですね………ふむ、なら、もう少し踏み込んだ話題をしましょうか………」
何を言うつもりだ、セリアは全く味のしない肉料理を食べる手を止め、ペトロイデス司祭長に注目した。スキルについての発言が多かった、もし、ゼルにも話していない第三のスキルについてなら、どうにかして口留めをしなくてはならないが、その際に何か無茶な要求をしてくるかもしれない。そうなれば………セリアは腰に帯剣した細剣に意識がいった。
「あの少年………君の従卒の少年、凄く臭いますね………まるで、魔物だ」
「―――ッ!」
「ハハッ!やはり驚きましたか、しかし、警戒する必要はありません。わたくしは貴女の同志なのですから」
今まで浮かべていた人の良さそうな笑顔とは違って、今のペトロイデス司祭長の笑みはいびつに歪んでいた。何だ、何を言っている、全く予期せぬ発言にセリアの脳は状況を処理できないでいた。少年から魔物の臭い、どこからかバレた、と言うことか………最悪の事態である。
しかし、まだ挽回の余地はあるように思える。ペトロイデス司祭長の態度はギメス会の人間の反応にしては、かなり柔らかい。もし、ゼルの秘密を知ったならもっと攻撃的でも可怪しくない。どうにも腑に落ちない。
「すいません、私には司祭長様が仰っしゃりたいことがよく判らないんですが………」
あくまでとぼける。動揺は隠し切れないが、自分から墓穴を掘るような愚行はしたくなかった。
「ハハッ!まぁ、いいでしょう。今日のわたくしは気分が良いのです。ギメス会でもわたくしの考えについて来れる者はおらず、落胆していたところに、貴女が現れた。バトゥース会所属である貴女がわたくしの同志だとは思いませんでした。はぁ、派閥などと言ったくだらないものに拘るものではありませんね。目が曇ってしまいます」
ここまで聞いても話の要領を得ない。ゼルが魔物系のスキル書を読んでしまったことはバレているようだが、ギメス会が掲げる魔物殲滅のような行動は取ろうとはしない。一体何を考えている………セリアは警戒心を解くことなく、終始、怪訝な表情を浮かべている。
「貴女がわたくしのようなスキルを持っていないのであれば、警戒するのは仕方のないことです。わたくしにはその気持ちが大いに理解できます。わたくし達に賛同できる者は極僅かな選ばれた人だけですから………そこで、提案があります。明日、同じ時間にまたこの屋敷を訪れて下さい。今度は貴女の従卒である少年も連れてね。そこでわたくしのコレクションをお見せしますよ。だから、貴女のも………ね」
ペトロイデス司祭長の同意を促す、親愛の籠もった視線にセリアは身震いした。話の半分も理解できなかったが、ペトロイデス司祭長の言い表せぬ悍ましさと、自分たちが危機的状況にあることは理解した。セリアは早々にペトロイデス司祭長の屋敷を後にして、ペーシ町の中心街へ向かった。一刻も早くゼルと合流しなければならない。
無事でいてくれ、漠然とした不安に押し潰されそうな女騎士はそう願わずにはいられなかった。
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