第39話 次の町へ





 泥濘みを進む馬車の足取りは重い。馬もいななきを上げそうなほど苦しそうだ。大丈夫、大丈夫、ゆっくり進めばいいから、気休めにしかならないが、それでもゼルは荷車を引く二頭の馬に声を掛け続けた。


 ロベルックの街での大雨は約一ヶ月続いた。その間ずっと街に缶詰状態。何も出来なかったし、どこへも行けなかった。いや、正確には多少のダンジョン探索もしたが、それもすぐに飽きた。歯ごたえのない魔物との戦いを続けても張り合いがなく、得れるモノもなかった。セリアはたまに聖騎士団の詰所に通っていたが、それでも彼女も暇そうではあった。


 そうして、やっと雨が上がったと思ったら、次の町、ペーシに続く街道が大雨の影響で一部破壊され、修復作業が必要とのことだった。当然その間も、街道は封鎖されて、動けなかった。合計すると、約二ヶ月もロベルックに滞在していたことになる。かなりの足止めだ。王都へ急いでいるゼルとセリアにとっては、痛手であった。


 しかし、少年にそこまで焦りの色は窺えない。その反面、女騎士一人が焦燥に駆られているように見えた。


「次の町ってどんなところ何ですか?」


 御者をしている女騎士に話しかけた。その隣に座るゼルはもはや定位置になっている。


「次の町、ペーシは宿場町として栄えている町だ。町の規模自体は大きくないが、王都の東側から来る旅人は必ずペーシを通る。だから、町の規模に対して結構な人々が行き来しているんだ。王国にとって重要な町だ。後、先に言っておくが、ペーシではダンジョン探索はしないぞ」


 色々な情報の最後にさらっと重要なことを言われた気がした。いや、気の所為じゃない。ゼルは遠慮気味に異を唱えた。


「何でですか?ダンジョン探索が僕たちの目的じゃなかったんですか?」


「何を言っている?ダンジョン探索が目的じゃないだろう、魔物化阻止が目的であって、ダンジョン探索はその手段だ。君はそこら辺の認識が甘いな」


 確かに、と思う反面、少年にとってはダンジョン探索も目的の一つである。探索者としてダンジョンを踏破し、等級を上げ、最終目標である黄金ダンジョンの踏破を目指すのが探索者の夢だ。現在ではそんな探索者は少なっているらしいが、それは少年の不忘の日からの夢だ。


 しかし、魔物化を阻止する手段を見つけるのも忘れてはならない。ゼルは最優先はそっちであることを改めて認識し直したが、多少の不満が顔に出てしまったのだろうか、セリアは子供をなだめるような口調で続けた。


「何も意地悪で言っているわけではない。ペーシの町には黒鉄ダンジョンしか存在していない。黄銅等級まで上がった君にとってはつまらないものだよ。それよりも、王都へ早く向かって、白金ダンジョンの探索に精を出した方がよっぽど有意義だ」


「そうですか、それなら仕方ないですね」


「それに、他にもペーシには長居したくない理由がある。宿場町として栄えているが、黒鉄ダンジョンしかないから探索者も少ない。だが、ダンジョン教会の支部があり、勿論、聖騎士団の詰所もある」


 それが何故、町に長居したくない理由に繋がるのだろうと考えるが、教会や聖騎士団の事情に疎い、というか、あまり興味のないゼルは小首を傾げたが、その理由は少年もよく知るところだった。


「ペーシ町のダンジョン教会はギメス会だ。君も流石にもう覚えただろう?所謂過激派の連中だ。ペーシ支部の聖騎士団の現団長はその急先鋒なんだよ………正直、あまり会いたい人物ではない」


 女騎士がここまで言うのだから、バトゥース会とギメス会の仲の悪さは相当なものだろう。ゼルが出会った教会関係者はセリアの父でもある、ジャンドゥ・バルムスタ枢機卿、ロベルック支部の聖騎士団のクワイガン・メルギヌス団長、とその従卒オットー、と良い印象の人物ばかりだったから、セリアが嫌悪するギメス会の人々の姿が想像しづらかった。例外としてセリア・バルムスタ団長付副官のマリエナがいたが、頭の片隅に追いやった。


「逗留期間はなるべく短くする。詰所に寄って、団長に挨拶するが、長居するつもりはない。今までの設定通り、君は私の従卒として付いてきてほしい。くれぐれも余計なことはするなよ。今までは同じバトゥース会だったから良かったものの、一歩間違えれば君の正体が疑われる事態になっていたのだぞ!」


 それは先日のロベルック河の増水騒ぎのことを言っているのだろうか、あの後、宿屋に帰ってから、案の定、尋問に近い質問攻めを受け、きつく叱られた。ゼルも軽率な行動を取ったとは思うが、そこまでの事態になるとは宿屋でオットーを見かけた時には思わず、不慮の事故とも言える。少年の心には納得できる部分とそうでない部分が入り混じっていた。


「君の行動原理は理解できる。困っている人を助けたいと思うことは立派だし、実際に行動に移せる人はそうそういない。それは私も認めるし、誇って良いところだ。しかし、ちょっと目を離している内に軽率な行動を取るかもしれないと考える私の身にもなってくれ。心臓が幾つあっても足りないぞ」


「………すいません、気を付けます」


「………判ってくれたなら、それでいい。私は君のその純粋で真っ直ぐな心は素晴らしいモノだと思っている。だから、どうしても、君のことが心配なんだ。可愛い妹くんと再会する為にも無茶はしないでくれ………」


 物憂げな女騎士を横目に妹のソフィを思い出した。ナントの街を離れて約二ヶ月。もうそんなに会っていないのか、寂しくしているかもな、故郷と家族を思うと自然と寂しが胸に去来した、と同時に、今一度明確に目標を見定めた。魔物化を阻止して、家に帰る。大好きな妹の笑顔を再び見る為にも、少年はペーシ町に入る前に決意を新たにした。


 馬車は泥濘んだ地面をゆっくりだが、確実に前へ進んでいる。鼻息の荒い馬には休息が必要で、予定より時間がかかりそうだ。早めに休もう、女騎士の提案で日が暮れるよりも随分早く、野営の準備に取り掛かった。そして、夜が更け、朝が来る。暫くはそれの繰り返し。次の町はまだ遠い。

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