第36話 ロベルックダンジョン攻略④




 最深部、ダンジョンボス前の小さな空間で休みを取るのは探索者にとっては慣例である。ゼルもセリアも焚き火をおこし、軽く食事を取った胃袋を宥めている最中だ。女騎士の血色は良くなっている。過度に白かった肌は今はピンク色が差していた。


「もう体調は大丈夫そうですね」


「あぁ、すまない。迷惑をかけた………」


 物憂いげな表情のセリアはジッと焚き火を眺めている。もみあげから垂れた長い髪を耳にかき上げ、横顔がより鮮明に窺えた。何を考えているんだろう、ゼルはセリアに惹きつけられる何かを感じた。


「………珍しく苦戦していたな」


「そうですね、あの巨大スライム達、防御が堅くて突破するのに一苦労しました」


「遠目で見ていたが、あの炎は何だったんだ?新しい力か?」


「口から火を吐いた応用ですね。単純な炎ブレスでも勝てそうでしたけど、何だか、こう、パッと閃いたんです」


「そうか、まあ、君が強くなることは良いことだ」


炎爪撃エクスハティオって名前を付けました」


「え?………何だって?」


「名前ですよ、技の名前。セリアさんも光魔術使う時に叫んでいるでしょ?」


「いや、そうだが、あれらは私が考えたわけではないぞ。スキル『光魔術』と同じ魔術が使えるから、それらを使っているに過ぎん」


 てっきりセリアが考えたと思っていたゼルは少し残念がった。カッコいいな、と思っていただけに、つれない態度の女騎士にも少しがっかりだ。スキル『光の戦士』は技系のスキル『光魔術』と同じ魔術が使える。『光魔術』に『戦士』の要素もある『光の戦士』はそれらの上位互換と言えよう。だから、強力で希少性が高い。技名云々はそれらから引用しているに過ぎない。


「君の場合は前例がないから、まあ、好きな名前を付ければいい。あまり恥ずかしい名前は勘弁願いたいが………」


「えー!じゃ、炎爪撃エクスハティオはダサいですか?」


「い、良いんじゃないかな………私の剣よりマシだろう」


「えっ?何ですか?」


 声が上擦って、尻すぼみな語尾でどういう意味が判らず、訊き直したが、セリアはあやふやに誤魔化すだけで、それ以上この話題には触れなかった。沈黙が広がる。魔物が出る階層とは違って、セーフティーゾーンは何もなく、静寂さだけが取り残されていた。


「不思議ですね。ダンジョン内にこんな静かな空間が広がっているなんて………」


「あぁ、まるで探索者の為だけにあるような場所だ。知っているか?ゼル。ダンジョンは人間が作ったと言う説がある」


「えっ?!そうなんですか?それってダンジョン教会的にどうなんですか?」


 教会の教典にはダンジョンは神が齎した人間に対する試練と恩恵と記載されている。ゼルが驚くのも当然である。


「ふむ、そうだな。君は知らないようだが、教会には二つの考え方がある。神を盲信的に信じる敬虔な信徒と、その神の考えに少しでも近づこうと論理的に研究する信徒。大きく分ければ、司祭、つまり位の高い聖職者には二通りの人がいる。どちらが良い悪いではないが、互いにあまり仲は良くない」


 そもそも敬虔な信徒でもないゼルは知る由もなかった。所謂穏健派と過激派のバトゥース会とギメス会。それだけでもゼルにとってはややこしいと感じていたが、それに加えて更に別の考え方で対立している派閥があると考えると頭が痛くなってくる。


「とはいえ、研究肌の司祭様の数の方が圧倒的に少ない。大半は神を心から信奉する司祭様ばかりだ」


 聞いていると派閥と言うほどのモノではないらしく、少し安心したが、それでも複雑であることには変わりなかった。


「セリアさんはどっち何ですか?」


「私か?私は別にどちらでもない。神はある程度信仰しているが、盲信的でもない。そもそも聖騎士は聖職者ではないから、神の言葉を信徒に伝える司祭様とは立場が根本的に違う」


 ダンジョン教会が保有する聖騎士団も大聖堂で演説する司祭のような聖職者だと思っていたゼルは混乱を極めた。そもそもあまり深く考えたことがなく、聖騎士が聖職者と同じ、違うという認識すらなかった。冷静に考えれば役割からしてやっていることが違うからその違いに気付きそうなものだが、あまり興味のない部外者の認識とはこの程度のものだ。


「神の教えを論理的に研究する者が現れることは理解できる。黎明期や過渡期なら文民は神の教えを盲信的に信仰していただろうが、ダンジョン教会の教えがほとんど国中に広がった現在では、教典に矛盾が生じる事柄が幾つか発見されている。それをどう解釈すればいいか頭を悩ませることは至極当然だ。私も謎を謎のままにしておくのは良くないことだと思う」


 そこまで聞いてゼルの思考は完全に止まった。これ以上理解できそうにない。難しい言葉も相まって、眠気すら感じてきた。ただ、世界にはまだ謎に包まれている部分があり、立派な人たちが頭を悩ませても解決できない問題があるっと熱を持った頭に必死に刻んだ。


「フフッ、君にはまだこの話は早かったかな。いずれ理解できる日が来よう。それよりも今は目の前のことに集中しよう!」


 勢い良く立ち上がった女騎士は火が微かに燻っている薪に河で汲んで置いた水をかけて完全に消火した。ゼルも手早く後片付けをし、ダンジョンボスの大扉の前に立った。これで三度目で、慣れたものだ。


 大扉に手をかけ、押し込む。真ん中に線が入ったように開いた大扉はある程度の開くと独りでに動いて、完全開放された。少しヒンヤリとした空気を感じる。河が流れていると思っていた部屋内には河はなく、所々に水たまりがあるだけだった。


 部屋の中央が光出し、周りの水が収束していく。ナントの黄銅ダンジョンで退治した岩の泥人形ロックゴーレムと同じ大きさの水の塊、雫の泥人形ティアゴーレムが出来上がった。見た目と性質が水になっただけで、大した差は感じられない。


 いつもと同じ、女騎士は後ろに下がり、少年は一歩前にでる。雫の泥人形は指先から大量の水鉄砲を射出してきた。すでに大げさな動作での回避も不要だった。歩くようにその水鉄砲の弾幕を躱すゼルは右腕を下段に構えて、大きく上段へ振り抜いた。


炎爪撃エクスハティオォ!!!」


 巨大な炎の斬撃が雫の泥人形を穿つ。すでに水色の巨大スライムを斃したゼルは同じ方法でダンジョンボスも一撃で葬った。戦利品のオートエレメントと宝箱の中身を回収して、セリアの元へ戻った。


「威力が可怪しくないか?一撃でダンジョンボスを斃すかね………」


「でも、セリアさんも一撃で斃せますよね?」


「いや、そうだが………まあ、いい。それよりも早く地上に帰ろう」


 妙に急ぐ女騎士に急かされてダンジョン入口に帰還した。受付でスキル書を鑑定してもらったが、目立ったスキル書はなく、オートエレメントと共に買い取ってもらった。それと、受付にてゼルのギルドカードを更新してもらい、晴れて黄銅等級に昇級した。


 ナントのギルルヤのように知り合いもいないロベルックの街ではゼルのことを気に留める者はおらず、すでに黄銅ダンジョンは踏破済みなので、昇級するのが自然な流れだ。探索者組合での用事を全て済ませたゼルとセリアは建物を後にした。しかし、外に出たら、街には雨が降っていた。


「雨ですか………」


「………雨だな」


 曇天から降り注ぐ雨はいつまでも止みそうになかった。


 

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