第33話 ロベルックダンジョン攻略②
三叉槍が眼前に迫る。三点の鋭利な先端には返しの突起が備わっており、捕らえた獲物を決して逃さない。逃げれたとしても肉が抉られ、見た目以上のダメージを負うことは必須だ。ゼルは迫りくるそれを半身で躱し、柄を掴んだ。グイッと力強く柄を引っ張ると
武器を取られ、為す術をなくした鋭半魚人は呆気に取られ、焦った様子だ。強力な武器は使い手にとっては有用だが、奪われれば逆に不利な状況になる。三叉槍はリーチも長く、それに対抗する術を持たない鋭半魚人には詰みの状況だった。
使い手である鋭半魚人は三叉槍の恐ろしさを誰よりも知っている。だからこそ、迂闊に近寄って来ない。ゼルは三叉槍を何度か握り直した。が、やはり違和感は拭えない。
「うーん、駄目だ。しっくりこない」
言うと同時に脇へとポイッと投げ捨てる。それを見ていた鋭半魚人は再び呆気に取られていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。人型に近い魔物は知性がそれなりにあるのかもしれない、ゼルはいつも通り素手で迎え撃った。
武器の扱いが不得手になった理由を最近ではある程度理解し始めた。ドラゴンが長物などの武器を使っている姿が想像できない。己の肉体のみで生き抜く、雄々しい姿しか想像できなかった。それもあってか、最近では食事の時のスプーンやフォークを持つのさえ、億劫になってきた。まだ辛うじて素手で直に食べてはいないが、良い傾向とは言えない。確実に身体が魔物に近づいている証拠ではないだろうか。
地面に転がっている三叉槍をチラッと見た鋭半魚人は両手を振り上げ、間合いギリギリで振り下ろす。恐らく適当に牽制して、少年を三叉槍から遠ざけて、自らが拾う算段なのだろう。何となく行動が読めたゼルは無理やり間合いを詰め、振り上げ攻撃
「うむ、この辺りの魔物も問題なく片付けられるな。なら、先を急ごう」
セリアに促され次の階層、地下二十五階層への階段を探す。だだっ広い階層だと地図があまり役に立たない。大まかにしか下層への階段が示されていないのだ。まあ、全ての階層を細かくマッピングすることなど不可能だろう。階段ぐらい探索者なら自力で探し当てるさ、ゼルはいつも通り五感を研ぎ澄ませ、周りを探った。
すると、怪しい気配を感じた。とはいえ、魔物ではない。異質な空気の流れを感じる。これはもしかしたら………
「セリアさん!ちょっと来て下さい!」
呼ばれた女騎士は少年が指さす巨岩の前に立った。
「この岩がどうした?」
「この岩の隙間から空気の流れを感じます。奥は空洞になっているはずです。もしかしたら、隠し部屋かも」
隠し部屋とはダンジョン内で稀に起こる現象で、地形に隠れた場所に本来ならダンジョンボスを斃さなければ手に入らない宝箱がある。最深部まで降りる苦労と強大なダンジョンボスを斃す苦労をせずとも価値あるお宝が手に入ることからダンジョンボーナスとも呼ばれている。しかし、場所は定まっておらず、一度宝箱を開けるとその空間は消滅し、再度訪れても隠し部屋はなかったりする。見つけれる者は豪運の持ち主か、極端に探索能力に優れた者だけだ。
今回のゼルは運が良かっただけだろう。隠し部屋を探して周りを探索していたわけではないのだから。何はともあれ、中に入るには岩を何とかしなければならない。少年は一歩前で出た。
「叩き割りますね」
「待て待て!君じゃ力加減が難しい。中の空洞まで壊しかねん。私がやろう」
ゼルは自分がやりたい衝動もあったが、セリアの言い分はもっともだったので、役割を譲った。強くなるだけじゃなくて、力のコントロールも必要だな、次こそは破壊してやるっと少年は拳を握りながら小さな目標を作った。
「はぁぁっ!」
気合一閃、光速で細剣を振るったセリアはすでに細剣を鞘に納めている。巨岩が綺麗にぶつ切りにされ崩壊した。断面は美しく、斬り手の腕前が推し量れる。凄いな、あんな細い剣でよくこんなことが、そこでふと、ゼルはあることが気になった。
「その剣もダンジョンから産出されたマジックアイテムですか?」
ダンジョンから産出されるものはスキル書だけではない。武具の類も産出される。それはダンジョン探索にも役に立つのは勿論のこと、外界での魔物退治にも役に立つ。聖騎士団団長の武器なら普通の剣であるはずがない。何で今まで気にしなかったのだろう、と後悔の念さえ覚えた。
「………この剣にはあまり触れないでくれ………」
しかし、返ってきた答えは意外なものだった。沈んだ声音のセリアの雰囲気はこれ以上の追求を許すものではなかった。何か訳ありなのかな、とゼルは渋々納得するしかなく、すでに空洞内へ足を踏み入れている女騎士を慌てて追いかけた。
空洞の中いたって普通、特筆すべき点は何もなかった。ただひっそりとダンジョンボスと斃した時と同じ宝箱がある。セリアは期待に満ちた少年に宝箱を開けるように促し、中身を検める。フタを開けると数冊のスキル書と金属製の鎚が出てきた。ゼルは鎚を手に取った。
「何かを叩くものですね。宝箱に入ってたってことはマジックアイテムでしょうけど………」
「恐らくダンジョン産出の武具を鍛える為の鍛冶用の鎚ではなかろうか。マジックアイテムの武具は普通の鎚では鍛えることはできないらしいからな」
なるほど、マジックアイテムにはマジックアイテムで対応すると言うことか、でも、と少年は少し首を傾げた。
「ダンジョンから産出された武具類は刃が欠けることもなければ、壊れることもないって聞きましたけど。どうやって鍛えるんですか?」
「知らんよ。私は鍛冶師ではないのだからな。とりあえず、私たちには無用の長物だ。組合に買い取ってもらおう。それよりもスキル書だ。可能性は低いが鑑定せねばならん」
鎚に一切興味を示さない女騎士の決断で、一旦ダンジョンを出ることになった。本来なら一気に最深部まで行くつもりだった。その準備もしていた。しかし、思わぬ幸運と出くわし、予定が狂った。探索をしていて予期せぬことなどザラにある。ゼルはとりあえず、次にダンジョンに潜る前に酒場に行こうと心に決めた。
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