第32話 ロベルックダンジョン攻略①





 水都と呼ばれるだけあって、ロベルックのダンジョン内もそれに相応しい様相を呈していた。黒鉄も黄銅も地下一階層は地平線まで広がる平原に、小さな清流があり、そこに相応しい魔物が出現する。


 スライムに代表されるジェル状の粘液生物、川辺りをピョンピョン飛び回る蛙型の魔物。階を降る毎に景色は変わり、渓谷など入り組んだ地形になると現れる半魚人フィッシャーマン


 今まで見たことない魔物に興奮しつつ、歩を進めるゼルはロベルックの黄銅ダンジョン地下十一階層にいた。地下一階層と同じく平野が広がっていたが、流れる河幅が広くなっていた。そうなると、水深も深いと予想できる。身体の大きな魔物が潜むにはもってこいだ。


 とはいえ、目につくのはスライム系の魔物しかいかない。上層階にいた水色のスライムではなく、黄色や緑色など色の種類が増えている。何かしら特性があるのだろうが、ゼルはよく知らなかった。


「セリアさん、あのスライムって上層のスライムと何が違うんですか?」


「………知らん」


 突き放すような口調の女騎士はゼルの方を見向きもせずに答えた。もっと時間があればな、少し不満気な少年はセリアの聖騎士団での任務を経てダンジョン探索に挑んでいる為、準備期間があまりなかった。


 踏破済みのダンジョンの強みは事前情報があることだ。情報は時に全てにおいて最優先される。ダンジョンの階層数、地形、気候、温度、自生する植物、出現する魔物、それらの情報があるとないとでは攻略の難易度は雲泥の差だ。故に、探索者は探索者組合シーカーズギルドから情報を仕入れ、リスクを最小限に抑え、リターンを最大にする。自分の命に関わることもある、怠る方が馬鹿と言えよう。


 しかし、セリアの判断で二人は最小限の情報だけでダンジョンに潜っている。過剰戦力とも言える白金探索者のセリアと未だ力の底が見えない黒鉄探索者のゼル、戦力的には黄銅ダンジョンで躓くことはない。それに加え、ゼルの身体の頑強さ、セリアのスキル『超回復ヒール』、これらも相まって、慎重に細かく準備して挑むより、ドンドン階層を降りて、さっさと攻略しようと言うことになった。


 ゼルはそれが多少不満だった。探索者なら探索者らしく、情報を集め、一階層ずつじっくり攻略したかった。すでに強くなり過ぎている為、スライムなど指を弾くだけで斃せそうだが、それとこれとは話が違う。ダンジョン探索の醍醐味はそんなことじゃない。


「………」


 素っ気ない返事に沈黙で答えるゼルはやっぱり納得し難かった。昨日のメルギヌス団長との任務から無事帰還し、食事を取りながら今後のことについて話し合った。ダンジョン攻略の方針には一応、反対意見を出したが、却下された。説明を受けて、その場では納得したが、時間が経つに連れて、納得した頭より自分の欲求の方が大きくなってくる。こういう感情は如何ともし難い。


「そう不貞腐れるな………君には申し訳ないと思っている。私の所為でこんなことになったんだからな。しかし、君の魔物化を防ぐ手段を一刻も早く見つけなくてはならない。残された時間が判らない以上、事は急を要する。全てを為すことは難しい、だから、その中から優先順位を決めなくてはならないだ。それは君も判っているはずだ」


「………判ってますよ」


 最優先は魔物化を防ぐ手段を見つけること、それは決して揺らぐことのない目標だ。でも、折角だからその道中を楽しみたいと思うことはそんなに悪いことだろうか、矛盾を抱える頭をスッキリさせるには少年はまだ若すぎた。


 大きなため息が聞こえた。何かを観念したような女騎士はゼルに歩み寄った。


「仕方ない、昨日話し合って決めたこと以外なら、君の好きなことをしよう。何でも言うがいい」


 何でも好きなこと、この場でやりたいことは一先ず置いておいて、別のことなら良いと言う。そうだな、ゼルはいつもセリアにされている悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「じゃ、酒場に行ってエールって言うお酒を飲みたいです。成人してからはダンジョン探索ばっかりでしたから、行ったことないんですよ。お酒って大人な感じするでしょ?」


「お酒?それなら勝手に一人で行って、呑めるだろう」


「一人で呑むより、大勢で呑んだ方が楽しいって父が言ってましたから、セリアさんも行きましょう」


「お酒か、私は嗜む程度にしか呑まないが、本当にそんなことでいいのか?」


「全然構いません。ついでに酒場で何か魔物化についての情報も調べましょう」


「フッ、そうだな。君はまったく、逞しいな………」


 いつもの柔らかい表情に戻った女騎士を見て、少年も頬が緩んだ。道程を楽しむとは決して自分だけじゃない。ゼルはセリアにも楽しんでほしいと思っている。そうなれば、少年も心から旅を楽しむことが出来ると知っているからだ。


 気持ちを切り替えた少年は黄色と緑色のスライムへ向かった。指で弾くと簡単に弾け飛ぶスライム達のコアを破壊する。戦利品の粘液は地面に散らばって、集めるのが面倒なので諦めた。ダンジョン攻略自体は順調、しかし、まだスタートラインにすら立っていない準備段階。本番はまだまだ先だ。


「君にはなるべく色んな経験をして欲しい。後悔がないように………」


 そう口にするセリアの表情は儚げであり、苦しそうでもあった。無邪気にはしゃぐ少年の背に語りかけるその言葉は本人には届いていないが、想いは届いているかもしれない。遠くを眺める女騎士は少年の行く末を朧気に見据えていた。

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