第26話 岩の泥人形




 無機質な大扉は代わり映えしなく、つまらないものだった。違うところと言えば、材質が岩石でできていることぐらいか。黄銅ダンジョンの地下三十四階層から下へ降る階段を進めば、見たことのある狭い空間が広がっていた。


 おこした火を囲うように少年と女騎士は座っていた。各階層間のセーフティーゾーン。最深部のボス前にもそれはあった。駆け足でここまで辿り着いたゼルとセリアでなくとも、多くの探索者がここで休息を取る。


 焚き火に小枝を放り投げた少年はジッと炎を見つめている。火はパチっと小さく弾けた。


「ここを踏破すればこの街の全てのダンジョンは踏破したことになりますね………」


「そうだな、こんなに早い攻略は稀であろうな」


 休息日もあるが、実質の攻略日数は一週間ほどだった。黒鉄に黄銅ダンジョン。街に依って同じ等級でも難易度に多少の違いがあり、このナントの街は比較的易しい部類に入る。それでも他の探索者が年単位で攻略する内容だ。少年の異様さが窺える。


「ここを踏破したら、やっぱり………」


「あぁ、この街を出る。そして、王都を目指す」


 初めから判っていたことだ。未発見である魔物系に効くスキルリセット書を探すとなると、より広範囲で探す必要がある。仮にスキルリセット書がなく、他の方法を探すにしても、王都のような人が大勢いる所の方が情報が集まりやすく、行かない理由がない。この街を離れることは初めから判っていた。


「王都に行けば白金ダンジョンがある。他にも白金ダンジョンのある街は存在するが、ここからは遠い。何としても君には白金ダンジョンを踏破してもらい、白金等級になってもらう。私たちの目標はその先なのだからな」


 大陸に幾つとない白金ダンジョン。その下層は深く、今までの黒鉄や黄銅とは一線を画す難易度を誇っている。黄銅ダンジョンを踏破したからと言って、すぐに白金ダンジョンの下層に潜ることは難しい。しかし、白金ダンジョンのその全てが踏破済みであり、事前情報が幾らかある。決して攻略できないわけじゃない。


「さあ、王都でのことは王都についてから考えれば良い。私に考えがあるから心配するな。君は目の前のことを全力でやればいい。あまり気を抜き過ぎて、足元をすくわれても知らんぞ」


 女騎士の責めるような視線を感じ、慌てて立ち上がった。その通りだ、もう踏破した気になってちゃ駄目だ、少年は岩石の大扉に手をかけ、押し込んだ。


 黒鉄ダンジョンの最深部と同じ構造の部屋には、地面や壁に岩が所々に埋まっている。背後の大扉が閉まる。静寂に包まれた一瞬、部屋の中心が強く光出す。見たことある光景。光に吸い寄せられ、部屋の岩が一直線に光の元へ集まった。


 岩の泥人形ロックゴーレム、ただの泥人形に比べて一回り以上デカい。様々な鉱物を含んだ外殻は叩いて割った岩の断面をしている。瞳に無機質な光が灯ると、両手を大きく広げ、動き出した。


「油断するんじゃないぞ!」


 女騎士のげきが飛ぶ。そうだ、油断できるほど強いわけじゃない。少年は岩の泥人形へ接近する為に一歩踏み出した。


 近づく少年を認めて、岩の泥人形は指先をゼルへ向けた。石礫の嵐。指先から大量の石が射出された。見た目に似合わない遠距離攻撃に戸惑う。こういうのを慢心と言うのだろう。


 迫り来る石礫を躱しながら、接近を試みる。石の弾幕は思ったよりも厚く、たまに叩いて躱す必要があった。一つ一つに対応していたら切りがない。最小限の動きで躱す。


 サッと避け際にある考えが思いつく。魔猿の時みたいに、少年は自身の頭部ぐらいある大きさの飛んでくる石を掴んだ。手のひらに収まりきらないそれを握力だけで握り締める。指が石に食い込んで、少しヒビが入った。


 そのまま大きく振りかぶり、勢いよく岩の泥人形の頭部目がけて投げた。迫り来る石に岩の泥人形は特に反応しなかった。そのまま頭部にヒットし、土煙をまき散らした。手応えを一切感じなかった通り、土煙の中から鈍い光りが漏れ、岩の泥人形は未だ健在だ。


 流石に魔猿の時みたいに簡単にはいかなかった。今の少年には決定的に火力が足りない。拳を何度も振るえばいつかは斃せるかもしれない。けど、それじゃ足りない。白金のその先、女騎士が示す先に行くにはまだ足りない。このスキルを使いこなせれば………魔物化して人の心を失うのは嫌だけど、この力を使いこなせればどれだけいいか。


 ゼルの脳裏には先程の焚き火の炎が過った。それは小さな炎、しかし、大きく世界を変える力がある。濡れた服を乾かし、冷えた身体を温め、飢えた身体にに血肉を与えてくれる。時には街を飲み込み、人々の絶叫すらかき消し、全てを消し炭に変える。結局、活かすも殺すもその人次第。ドラゴンなら………


 身体の内にある何かが弾ける感覚を少年は燃え滾る炎に変えた。身体が熱い、燃えるように熱い。しかし、その熱さは同時に聖母に抱かれる心地よさでもあった。魚が水を得るように、ドラゴンにとって炎は友であり、生きる糧なのだ。


 見る者の視線すら焼き尽くさん炎は一直線に岩の泥人形へ向かった。なおも放たれていた石礫群は轟音の中に音もなく消えた。時間にして一瞬、閃光の如き火線の後には肩が抉れた岩の泥人形だけが残っていた。瓦礫が崩れるように岩の泥人形はその巨躯を崩壊させ。傍らには鈍く光る石が転がっている。


「ハァ、ハァ、何とか斃せましたよ。セリアさん………」


 少年は肩で息をしながら女騎士の返事を待った。しかし、中々返事が返ってこない。この前みたいに考え事でもしているのかな、ゼルはオートエレメントを拾い、後ろを振り向く。そこにはしっかりとこっちを見ているセリアが目に入った。何だ、ちゃんと見てたんだ、そう思ったが、どうも様子が可怪しい。前を見据えていると言うよりは硬直していると表現した方が正しい。小さな淡いピンクの唇を半開きにし、いつもの凛とした相貌とはかけ離れていた。


 ややあって、少年の不思議そうな表情に気づき、女騎士は一度口を閉じ、意を決したように再び開いた。


「………ゼル、私は何度でも君に言おう。決して、決して人前でそのスキルを使うんじゃない。使うなら私と一緒でそれも二人っきりの時だけだ。それが以外は許容しかねる。判ったか、ゼル?約束してくれ」


 怯えを孕んだ真剣な表情の女騎士の迫力に押され、少年は曖昧に返事をした。その返事が気に食わなかったのか、セリアは再三同じことを繰り返した。訳が分からない少年は最終的に力強く返事することで、このやり取りを何とか終息させた。

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