第23話 バグ




「ごめんね、ゼル君。リオンが勝手なこと言って………」


 濃紺の長衣に身を包んだ女―――メビィナが少年の隣を歩く。魔術師らしくとんがり帽子を被り、濃紺で統一している。木製の杖を携えて、正にイメージ通りの魔術師だ。


「いえ、気にしてませんから」


「いや、少しは気にしろよ。ふっ、お前面白い奴だな。俺からも謝るぜ。あいつは悪い奴じゃないんだが、少々我が強くてな………」


 少し前を歩く男―――レックはゼルとメビィナの話を聞いていたみたいで、少し後ろを振り向き、話に参加してきた。革製の動きやすそうな軽装に腰には矢筒を携えている。腰には短刀も差しており、近中距離に長けていそうだ。


「おい!そんな奴と仲良くするなッ!」


 一番前を歩く青年―――リオンは顔だけ振り向き、語気の荒い言葉をぶつけてきた。女騎士と同じく急所だけを重点的に守れる部分鎧を着ているが、型が違うのかデザインが違うのか同じものではなかった。背中には円盾、腰には直剣を差している。どこからどう見ても戦士だ。


「別に仲良くしているわけじゃない。仮にも一時的にパーティーを組んでいるんだ。多少互いのことを知らないと連携が取れないだろ?」


「ふんッ!勝手にしろ!」


 大股で歩くリオンは不貞腐れているのが手に取るように判った。何だか楽しそうなパーティーだな、今はゼルがイレギュラーではあるが、本来なら仲の良さそうな三人に微笑ましい気持ちが湧いてきた。探索者としては彼らの方が先輩だが。


 リオンのパーティーは半年前に三人共砲金等級に昇級している。しかし、それから黒鉄ダンジョンの最深部の泥人形がどうしても斃せなくて足踏みしている状態だった。黄銅ダンジョンのブラックシープも最近安定して斃せるようになったみたいで、金策しながら、どうにか強くなろうともがいている最中だ。


 そんな中、年下で等級も下だった少年に急に抜かれたとあっては心中穏やかではない。どんな姑息な手を使ったと探りを入れれば、聖騎士団の団長とパーティーを組んでいるという話ではないか、少年に対する嫉妬もそうだが、聖騎士団に対する失望の念も禁じ得なかった。


「リオンは最近のわたし達の探索の行き詰まりに頭を悩ましていたの。こっちの勝手な都合だけど、ゼル君に嫉妬していたのは事実だから。でも実際話してみるとゼル君は嘘ついたり、ズルするよな人じゃないって思うわ。単純に私たちの力不足ね………」


 声に張りを感じられないメビィナは少し目を伏せた。話を引き継ぐようにレックが口を開いた。


「ゼルのスキルは『拳闘士』でいいんだよな?じゃ、リオンと一緒で前衛を頼むぜ」


 彼らの中でもレックは他の二人に比べて悲壮感が少なく、落ち着いている。見た目も二人より年上っぽいし、まとめ役として立ち回っているのかもしれない。その問いかけに少年は、はい、と短く答えた。


 リオンは前衛、所謂タンクとして敵から後衛の二人を守る役割を担っている。魔術師のメビィナは最後尾に控え、魔術で戦局をサポートする。そして、その二人の間で立ち回り、前衛から逃れた敵の足止めをして、後方のメビィナに行かせないようにしたり、隙を突いて、リオンが抑えている敵を射抜いたりする。三者三様に役割があり、バランスが取れたパーティーだ。


 今回はそこにゼルが前衛に加わる。タンクとしての役割などやったことはないが、普段は三人で探索しているのだ、よっぽどのことがない限り切羽詰まった状況にはならないだろう。


 黄銅ダンジョン地下十三階層の草原中央、リオンが少し前を歩くパーティーの前に黒い点が現れた。


「前方にブラックシープが来ます。数は三体ですね」


「はぁ?どこだよ?全然見えねぇが………」


「いや、来ているぞ、リオン。確かに三体だ、暫くすると接敵する。みんな準備しろ」


 遠眼鏡を片手に握りしめたレックは背中の弓に手をかけた。リオンもメビィナもそれぞれの武器を手に取る。一気に緊張感が高まってくる。この場で武器を持っていないのはゼルだけだ。それが何だか少年にはもどかしかった。やっぱり、探索者ってカッコいいな、三人を見る目はキラキラと輝いている。


「いつものように俺が魔物を引き付ける。メビィナは魔術の準備を!レックは隙があれば矢を射ってくれ。おい!お前!後ろにいてないで、俺の隣に来いッ!お前も前衛だろが!」


 そうだった、そうだった、イマイチ緊張感に欠けるゼルを見て、リオンの額には青筋が脈打っていた。チッっと舌打ちが聞こえた気がしたが、気づかないふりをする。


 三体のブラックシープが一斉に飛びかかってくる。リオンは盾を構えて、それらを受け止める。


「シールドバッシュ!」


 盾で受け止めたと同時にスキルを発動させる。これは技系に分類されるスキルで、戦士が盾で普通に押し込むのとは圧倒的に威力に違いがある。技に特化したスキルだ。珍しいスキルでもないが、真新しいスキルを目の前で見た少年の瞳は更にキラキラと輝いた。


 盾で弾き飛ばされたブラックシープだが、地面に数回跳ねただけで、すぐに起き上がり、再び向かってくる。多少知恵が回るのか、リオンの脇をすり抜けようとする一体がいた。


「おい!お前!ブラックシープが後ろの二人に行かないように足止めしろ!一体ぐらいいけるだろ?それともやっぱりズルする嘘つき野郎か?」


 ここぞとばかりに挑発してくるリオンだが、ゼルはあまり意に介していない。ズルもしてないし、嘘つきでもない。一体ぐらい余裕だが、ブラックシープが目の前まで迫った時、女騎士の別の言葉を思い出した。


 ―――いいか、ゼル。決して君のスキルを人前で見せるんじゃないぞ。殴るや蹴るなどは別に構わないが、火を吹いたり、爪で斬撃を発生させたりするのは絶対に駄目だ。判ったか?


 セリアの忠告を無視して、勢いで臨時のパーティーに加入したが、細かい戦い方まで決めていなかった。セリアの言ったことはもっともで、火を吹いたり、爪で斬撃を発生させる気はなかった。ただ、殴るにしてもどの程度ならいいのか判らない。あまり威力が高すぎると怪しまれるだろうけど、まだ力の加減が上手くできる気がしなかった。


 そういえば、少年は女騎士のある言葉を思い出した。目の前にはブラックシープの蹄が迫っている。身体を反転させ、それを避ける。攻撃を避けられ、少し体勢を崩したブラックシープだが、すぐに立て直し、追撃を加えてくる。それも足を使ってステップを踏み、躱す。三撃、四撃と手数を増す猛攻は少年に当たる気配がなかった。


「流石、『拳闘士』か。避けるのは一人前みたいだな!」


 二体のブラックシープを引き付けているリオンは意外に余裕があるみたいで、少年の動きを大雑把に横目で捉えていた。化けの皮を剥がすって言ってたし、直接戦っているところを見ないと意味ないからか、ゼルはそんなリオンを横目で捉えていた。


「いや、『拳闘士』ってもっと腕を使って攻撃を捌いたりするもんだが………」


「私に言われても………他のスキルのことはあまり判りません」


 前衛が二人もいるとあって、後方のレックとメビィナは余裕がありそうだった。とはいえ、ボーッと見ているわけではない。


「準備完了です!スローバインド!!」


 メビィナの掛け声と共に持っていた杖の先が紫色に光った。ブラックシープに向けられた杖先の光は程なくして消えて、魔物の動きが遅くなった。


 重力魔術の一種で、相手の動きに制限をかける魔術だ。完全に止めることはできないが、素早い魔物に対して有効だ。メビィナから事前に聞いていたゼルは本物を目の当たりにして興奮した。


 『重力魔術』のスキル書は希少性があり、そこそこ値の張るスキル書だ。縁故が偶然手に入れた物を安く譲って貰わなければ、魔術師なんてなりたいとは思わなかっただろう。何故なら、スキル『魔術師』には重大な欠陥があり、ハズレスキルと呼ばれている。組み合わせて使える魔術がなければ、誰も習得したいと思わない。


 スキル『魔術師』と何かしらの魔術のスキル、二つのスキル書を読むことが推奨されているが為に、習得できるスキルの枠が一つしかない少年にとっては端から『魔術師』は選択肢になかった。だから、『光の戦士』に憧れたし、実際の他人の魔術を間近に見れて満足している。


 初めて見る魔術の類に興奮しているゼルの横を三つの矢がすり抜けた。それらはそれぞれのブラックシープの眉間に吸い込まれるように突き刺さった。倒れた三体のブラックシープに起き上がる気配はない。戦闘は終了だ。


 レックが使用したスキルは『強射』だ。矢を強く射るだけの単純なスキルだが、ブラックシープの外皮に易々と突き刺さるほどの威力を誇っている。これを普通の『レンジャー』がやろうと思えば、もっと重たい剛弓を使わなければならない。その為の筋力も要求される。スキルで多少強化されるが、『強射』ほどの威力を出そうとすれば、かなりの努力がいる。見た目は地味だが、堅実で確実性の高いスキルだ。


 前衛のリオンがメビィナの魔術行使までの時間を稼ぎ、魔術で動きが遅くなった魔物をレックの強力な矢で仕留める。本当に三者三様で、役割分担ができている良いパーティーだ。


「とりあえず、地下十四階層まで降りるか」

 

 傷一つつかなかった羊毛を刈り取り、四人は下層へ繋がる階段を降りた。ゼルは二回目だが、他の三人は何回も来た道だ。特に緊張することもない。地下十四階層に辿り着いても、景色は変わらなかった。


 しかし、少し肌寒い気がする。可怪しい、この階層は草原に似合った温暖で過ごし易い気候のはず。少年の直感は嫌な予感を知らせた。


 青空は一気に灰色の曇天に変わり、緑豊かな草原に白い粉が敷き積もった。一瞬の出来事に四人は混乱を極める。


「どうなってるんだ?レック。ここは黄銅の地下十四階層のはずだろ?」


「そのはずだ、間違いない。さっきまでブラックシープと戦っていたんだからな。これはもしかして………」


「………バグ」


 最後尾にいたメビィナの呟きに皆がハッとする。バグとはどのダンジョンのどの階層でも稀に起こる現象で、探索者の死因上位である。この現象に遭遇した探索者は不運としか言いようがない。いつ、どこで、どの位の期間発生するか判っていない。全てが謎に包まれた現象で、唯一判っていることは、バグに遭遇したら即座にその階層から逃げろっということだけだ。


 あまりの急激な状況の変化に皆が困惑する。そして、ゼルが一つの気配に気づいた時には一手遅れていた。その遅れは致命的な結果を招いた。


「きゃああああぁぁぁぁ!!!」


 メビィナの悲鳴。三人は全身総毛立った。少年より遅れて気配を察知したリオンとレックも後ろを振り向く。白い雪景色に二つの鋭い眼光が光っている。その双眸に射抜かれたリオンとレックの身体は震えだしていた。


 人間の背丈ほどあるそれは白い狼だった。背景に溶け込むその毛並みは限りなく白く、大きな口からむき出している白亜色の牙には鮮血が滲んでいる。ぐったりとしているメビィナの腕は白狼の口の中にある。滴る赤は白を残酷に染め上げていた。


 

 

 

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