第18話 衝突





「………『戦士』、『戦士』、『レンジャー』………まあ、普通だね」


 最深部から転送装置で一気に地上まで戻ってきたゼルとセリアは探索者組合シーカーズギルドの受付に来ている。ついさっき、ダンジョンボスを斃して手に入れたスキル書を鑑定が終わった。


 内容は素っ気ない態度のギルルヤを見れば一目瞭然で、珍しいスキル書もなければ、魔物化を防ぐ、もしくはスキルリセット書も当然ない。そこまで都合良くはいかない。


「一つ五十ゴールドで買い取るけどどうする?これらの基本のスキル書は市場に多く出回っているからどこの商店に売りに行っても大差ないよ」


「構いません、買い取ってください」


 ギルルヤは笑顔の少年の顔を見て、小さなため息をつき、お金の入った革袋を差し出した。


「次はこれだ、これの鑑定も頼む」


 ゴトッと受付のカウンターの上にオートエレメントを置いたセリアを一瞥したギルルヤは拳大の石を手に取る。


「オートエレメントね………どれどれ、これは最低品質だね。光量がなさすぎる」


 虫眼鏡のような鑑定機をカウンターに置く受付の女の言葉にはトゲがあるように感じる。穏便に事を済ませたいゼルは内心ソワソワしていた。


「とはいえ、オートエレメントは価値のあるものだ。人々の生活に欠かせない。百ゴールドで買い取るよ」


 オートエレメントは無機物を自動で動かすことができるエネルギー源で、これがないと人々は不便な生活を余儀なくされる。街に溢れる多くの物にオートエレメントが応用されている。当然、ゼルも知っている。


 百ゴールドか、相場の知らない少年はそれで良かった。半年間かけて七百ゴールド貯めていた頃に比べれば破格の報酬だ。何も不満はない。あるとすれば、隣にいる女騎士の方かもしれない。


「百ゴールドか、まあ、妥当だろう。黒鉄の泥人形のオートエレメントだ。品質が高いわけがないからな」


 少年の予想に反して、セリアの態度は柔らかいものだった。なんだ、早とちりか、誰にも気づかないほどの小さな息を漏らした。


「セリア………この前は悪かったね。アンタが団長云々は関係のない話だった………」


「いや、私こそすまなかった。ついカッとなって………」


 ほら、いい大人なんだから反省するべき点は反省して、謝ることができる。少年は微笑ましい気持ちで二人のやり取りを見守った。


「とりあえず、鑑定はこれで終わりだよ。ゼルはギルドカードを出しな。更新してやるよ」


 少年は受付の女にギルドカードを手渡すと、すぐに返却された。更新ってどうやってるんだろう、いつも呆気ないやり取りに疑問が残る。


「どこまで更新されたんですか?」


「等級は砲金に上げたよ。それと、この街の黄銅ダンジョンの二十階層までの許可を出しといた」


 等級が一つ上がり、一つ上の等級のダンジョンの中層まで行けるようになった。十分な評価だ。何も不満はない。


「待ってくれ!それは可怪しくないか?」


 ここだったか、このままスムーズにやり取りが終わると思っていた矢先のことだ。セリアはすでにカウンターに詰め寄っている。


「黒鉄を踏破したんだ。探索者等級も黒鉄に上げるべきだ」


 黒鉄等級になれる基準は黒鉄ダンジョンを踏破することであり、これは探索者にとっては常識だ。黄銅ダンジョンを踏破できれば黄銅等級へ、白金ダンジョンを踏破できれば白金等級へ。セリアの言い分は真っ当なものだ。


「セリア、アンタの言い分は判るし、間違ってもいない。ゼルが嘘をついたり、ズルするような子じゃないってのは私も判っているつもりだ。半年間見守ってきたんだからね。けどね、異常なんだよ、アンタたちは………主流のダンジョン浅層階の渡りもやらずにストレートで黒鉄ダンジョンを踏破するなんて前代未聞なんだからね。それをこの間まで地下一階層にしか潜ってなかった奴がやったってだけでも大騒ぎなのに、それに加えて聖騎士団団長で白金等級のセリアが同行しているとあっては、何かを勘ぐられるのは当たり前の話さ。こっちの事情も考えておくれよ」


 大騒ぎって………目立っているのはてっきり女騎士だけだと思っていたけど、どうやら違ったようだ。『光の戦士』のスキル書を手に入れれると思っていた時はみんなを驚かせたいと思っていたが、想像していたものと違う。セリアとの出会いで色々あって、実感する余裕がなかったのだろうが、期待外れなことは世の中往々にしてあることだ。


 ゼルが呆けた表情を作るとギルルヤは大きく嘆息した。呆れられるのも無理ない。そんな受付に更に噛みつくかと思われた女騎士だったが、口調は落ち着きを取り戻していた。


「………そうか、なら良い。黄銅ダンジョンの地下二十階層まで攻略してからまたこよう」


 それだけ告げるとセリアは背を向け、入口に向かった。ゼルはギルルヤにお礼を述べ、その後に続いた。


「やけに大人しかったですね。もっと噛みつくかと思いましたけど………」


「噛みつくって、君は私を何だと思っているんだ?私にだって大人の分別ぐらい弁えているつもりだ………と、言うのは建前だ。バルムスタ枢機卿猊下、父上に叱られたんだ。あまり目立つ行動をするなとな」


 なるほど、それが理由か、少年は女騎士に追いつくと、顔を覗き込んだ。少し顔が赤い気がする。気の所為ということにしておこう。


 入口の扉の前まで辿り着き、黄銅色のドアノブに手をかけようとした時、扉が勢い良く開いた。誰か入ってくるタイミングと重なったか、少年と女騎士は扉の開いた先にを見た。


「お姉様!こんな所にいらっしゃったんですね!探しましたよ!」


 元気な女の子が飛び出してきたと思えば、セリアに向かって叫ぶように話している。知り合いだろうか?


「マリエナ?!どうしてここに?」


「お姉様を特別任務から解放する為です。わたしとお姉様の邪魔をする者は排除します」


 セリアに向けていた笑顔が打って変わって憎悪に満ちている。マリエナの目線はセリアの隣に立っているゼルに向けられていた。これには嫌な予感しかせず、少年は少し身震いした。


 




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