第19話 邪魔者
少年と同じ歳ぐらいのその女の子は燃えるような情熱を思わせる真っ赤な髪をサイドで一つずつ纏められている。前髪を押さえる髪留めは淡い蒼色をしていた。
「任務を終わらせるってどういうことだ?それに邪魔者だと………」
「ええ、そうです。お姉様と枢機卿猊下も今回の任務については一切何も喋ってくれないじゃないですか。だから、お姉様の最近の行動を調べれたんです。すると、そこのちんちくりんと一緒にダンジョンに潜っているじゃないですか!」
ちんちくりんとは少年のことだろうか、可愛い少女の相貌はゼルを見る時だけは醜い皺が寄っている。ゼルはコインの裏表のように表情を変えるマリエナに困惑した。
「だから、その邪魔者を片付ければお姉様が解放されるはずです。どんな任務か知りませんが、そのちんちくりんが関係していることは明らかです。そのお命頂戴ッ!」
なんて極端な物の考え方をする女の子なんだ、少年は困惑を通り越して、呆れ気味になった。少年の事情など気にする様子のないマリエナは黒い
直感的に怖くないと思ったゼルは何もしなかったが、二人の間にセリアが割って入る。それを見て、マリエナは黒い靄を霧散させた。
「お姉様!邪魔をしないで下さい!」
「はぁ、父上はこういうことも含めて目立つな、と仰られたのか………」
それは大いに同意するところだ。会って数分だけだが、その女の子が厄介な存在であることは火を見るよりも明らかだ。ははは、少年は苦笑いを浮かべた。
「マリエナ!少し落ち着けッ!公務はどうした?今の君は私の代わりの団長代理なんだぞ」
「判っていますよ。でも、お姉様が居ない聖騎士団なんて意味ないですッ!」
「私を慕ってくれているのは嬉しいが、公私混同はいただけないな。私を失望させる気か?」
「うぅ、そんなこと言わないで下さいよ。お姉様に捨てられたら生きていけません………」
マリエナは捨てられた子犬のように瞳を涙で濡らしている。可愛らしい女の子にそんな瞳で見つめられれば何でも許してしまいそうな威力がある。金持ちの中年なんていくらでもお金を出しそうな勢いだ。
人に依って態度を変えることをしないゼルにとってマリエナは理解し難い人種だが、そんな彼女にも同じ態度で接するのがこの少年だ。相容れるかは別問題だが。
「私は団長として後進育成にも務めねばならない。ギメス会の要請で街を離れなければならない時の指揮系統の強化が必要だ。今回の団長代理にマリエナを指名したのは君ならできると思ったからだ。私のことを想うなら、任務を全うしろ」
しかし、その会心の可愛気もセリアには通じないようだ。セリアはいつもよりもクールに淡々と正論をぶつけている。それでもマリエナの表情は納得したものとは程遠かった。
「判っています。お姉様に指名してもらった時は天にも昇る気持ちで、凄く嬉しかったです。ですが、お姉様が団長の公務から離れて、別の任務に就くなんて聞いてませんッ!」
二人のやり取りに完全に蚊帳の外の少年は少し眠気を感じてきた。黒鉄ダンジョンを一泊二日で踏破した帰りなのだ。眠くもなるだろう。隣の女騎士が疲れを全く感じさせないのが不思議だ。
「当然だ、言っていないんだからな。これは極秘任務だ。団長付き副官のマリエナとて教えることはできない」
「………」
マリエナは完全に話を一刀両断したセリアに返す言葉を失っている。ちょっと可哀想な気がしてきた。この女の子は相当慕っているんだな、眠気から少し覚め、口を真一文字に結ぶマリエナを見つめる。
「因みに、マリエナ。この少年を傷つけることがあれば私は君を決して許さない。それは肝に銘じておけ」
この言葉に一番ショックを受けたのか、驚愕で可愛らしい顔が台無しになっている。そういえばこの女の子、僕のこと殺そうとしていたっけ、ゼルは相変わらず暢気で、少し他人事ように感じていた。寧ろ、少し絆されそうになっていた。
「お、お、お姉様の馬鹿ッ!!!」
これが劇であれば最優秀助演女優賞を獲得しそうなほどの激情を顕にしてその場を立ち去ったマリエナはまた少年の前に再び現れそうな予感がする。嵐が去った後の静けさは徐々に日常の喧騒に消えた。
「すまないな、ゼル。彼女は私が所属する聖騎士団で団長である私の副官だ。私を慕ってくれるのはいいのだが、少し思い込みが激しくて、頑固な所がある。君に危害を加えさせるつもりはないが、少し警戒しておいてくれ」
はい、と返す少年は、少しかな、と疑問に思った。少しと片付けるには思い込みが激しすぎる気がする。こっちの話や事情などお構いなしに、自分の中での結論を元に行動している。あれで副官など務まるのだろうか。
「普段は聖騎士団でしっかり公務を全うしているのだが、基本私にべったりで、他の者が間に入るとさっきみたいな癇癪を起こす。君の問題で精一杯で彼女のことを忘れていたよ。と言うか、しっかり釘を刺したつもりだったのだが………」
団長の仕事がどんなものかは知らないけど、色々やることがあるんだろうな、最近成人し、探索者しか経験していないゼルにとっては組織に属し、団体で行動する難しいさや、しなければいけないことの多さなど知る由もない。その点、探索者とは自由気ままなもので、自分の好きなタイミングでダンジョンに潜るし、休みも自分で設定できる。収入が安定しない要素はあるが、リターンが多いダンジョン探索ではそこまで問題ではない。パーティーを組むとそこまで自由ではなくなるが、嫌になれば抜けるか、解散すればいい話だ。
聖騎士団には向いてないな、女騎士を好意的に思っているゼルだが、自分自身が聖騎士団で活躍できる姿が想像できなかった。セリアに悪いとは思いつつ、聖騎士団の印象が少し悪くなった。マリエナとセリアのやり取りを見ればそう思うのも無理ない話だ。
「今日はもう解散しよう。次の探索は君のギルドカードへ連絡するから、それまでしっかり身体を休めておくんだ」
再び眠気に襲われた少年は曖昧に返事をした。去りゆく女騎士の背中を見ながら、ソフィへ何かお土産でも買おうかな、と朧気な頭で考える。ブラックシープの人形なんて良いんじゃないかな、少し間抜けな面構えの黒っぽい羊の人形が併設されている売店の天井から吊るされているのが目についた。
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