第17話 ダンジョンボス
街の一区角がすっぽり収まりそうな空間が広がっている。部屋は埃っぽく、床に撒かれた砂が風に運ばれ小さな砂塵を作っている。その砂塵は天井を支える柱にぶつかり、すぐに霧散した。独特の雰囲気にゼルは息を飲む。
遅れて入ってきたセリアは涼し気な顔をしている。いつもこんな調子で変わらないな、時々感情を
部屋の奥から鈍い光が漏れ出した。光を中心に砂塵が舞う。宙を舞う砂は渦を描き、中心へ収束していく。塵も積もれば山となる、砂は一つの大きな塊を生んだ。
「これが
「うむ、ダンジョン攻略はこいつを斃すことが全てと言っても過言ではないだろう。種類によって強さにバラつきはあるが、土塊がどう背伸びしても勝てる相手ではない」
泥人形はあまりにも有名で、探索者でなくとも知っている人は多い。その所以は斃すと手に入る戦利品が非常に価値あるものだからだ。
二人が喋っている間に大きな塊はずんぐりとした人の形を形成した。人間に当たる目の部分に光が宿ると、無機物が有機物であるかのように動き出した。大きく開けた口からは、食事を摂取するのかは不明だが、腹の底に響き渡る咆哮が放たれる。
すでに数歩前に出ていた少年は泥人形と対峙する。見上げる少年を敵と認識したようで、泥人形は腕を緩慢に振り上げた。
まずは力比べといこうか、ゼルは振り下ろされる腕に合わせて、自身の腕を合わせた。鈍い音が部屋全体に響く。小柄な少年は
「ふっ、泥人形相手に真正面から殴り返すなど、馬鹿げている。その細腕のどこにそんな力が隠されているのか………」
しかし、これもスキルの影響か、腕組みをするセリアはスポーツ観戦する客が如く、目の前の状況を実況解説していた。魔物系のスキル書が裏で出回っているのはこの所為なのか。女騎士の解説は止まらない。
魔物のそのほとんどが人間より遥かに強い。生命力も力もスタミナも身体の頑丈さも、何もかもが人間より優れている。スキルがなければ到底太刀打ちできない相手だ。
遥か昔に禁忌と指定された魔物系のスキル書の禁止された理由の一因にそれがあるのではないだろうか。
魔物系のスキル書を読めば今の少年みたいに魔物の力が宿り、今までとは比べものにならないぐらいのパワーアップが見込める。種類にも依るだろうが、パワーダウンすることはないだろう。
そうなれば、自身を顧みない悪人などが力を求めて魔物に成りたがったのかも知れない。そこには変身願望も含まれるだろうが、失うものがない者にすればどうってことない。
そして、それは今なお闇の世界で横行しているのではないのだろうか、そこまで呟き終えると、セリアは虚空を見るように少年を見た。
少年はまだ泥人形と戦っていたが、戦況は優勢だった。泥人形の体躯には所々ヒビが入っており、最初より動きが鈍くなっている。しかし、ダンジョンボスの意地がそうさせているのだろう。一向に怯む気配がない。寧ろ、咆哮に力強さが増している。
泥人形は腰ほどの高さの少年を踏み潰そうと、足を持ち上げて地面へ踏みつけを何度も繰り返す。ゼルは攻撃をしっかり見極めて、無駄のない動きでそれらを躱す。泥人形の猛攻を見ても、いざとなれば助太刀するつもりだった女騎士は腕組みを解く素振りを見せない。危なげなさなど微塵もなかった。
無機物の泥人形は疲れを知らない。どれだけ激しい動きを続けていても止まる気配がない。躱してばかりでは勝てないので、少年は一瞬の隙間を縫って、泥人形の足元へ潜り込んで、片足立ちだった泥人形の軸足を思いっきり蹴る。すると、支えを失った泥人形は大きく後方へ倒れた。
素早く倒れた泥人形の胴体に飛び乗った少年は少し腰を落とし、拳を力いっぱい心の臓、胸の真ん中に打ち付けた。先程よりも大きな音、会心の一撃を確信させる響きは戦いの終わりを告げた。
戦闘不能に陥った泥人形は小さく砂塵を巻き上げ、消えてなくなった。ゼルの足元には拳大ぐらいの石が落ちている。それは鈍い光を放ち、特別感を漂わせていた。
「これが噂に聞くオートエレメントか………あんまり綺麗じゃないな」
輝きは弱く、石自体も暗い紫色をしていて綺麗とは言い難かった。宝石の類ではないのでそれでいいのだが。それを拾い上げ、後方のセリアの元へ向かった。近づく少年に気づいている様子がない女騎士をゼルは怪訝に思った。
「セリアさん、これがオートエレメントですよね?セリアさん?聞いてます?」
「蛇の道は蛇か………えっ?あぁ、すまない、少し考え事をしていてな。む?もう泥人形を斃したのか?」
「斃しましたよ?見てませんでした?」
「あぁ、見てい………、いや、考え事に夢中になって見ていなかった。すまないな、戦闘中にボーッとするなどあってはならないことだ」
「いえ、別に構いませんよ。大して強くなかったですから」
「土塊等級の言葉とは思えんな」
二人同時に口から息が漏れる。可笑しなことを言ったつもりはないが、何だが可笑しかった。ゼルは改めて手の上の石をセリアに見せた。
「オートエレメントです。これでこの黒鉄ダンジョンはクリアですよね?」
「そうだ。宝箱はチャックしたか?」
いけない!忘れてた、少年は慌てて部屋の奥に戻り、台座の上に大事そうに置かれている宝箱を開いた。中にはスキル書が数冊入っている。
ダンジョンのお宝は総じて宝箱に入っていることが多い。浅層階、深層階問わず宝箱は稀にあるが、最深部には必ず宝箱がある。中身はランダムでボスを斃したからといって、必ずしも価値のあるものが出るとは限らない。その代わり道中の階層とは違い、ボスを斃せば必ず宝箱が出現し、お宝を手に入れることができる。道中で宝箱を拾える者は豪運な者だけだ。何故なら、ボスを斃さなくてもお宝が手に入るからだ。
「スキル書は地上に戻って鑑定してもらおう。そのオートエレメントも組合の受付で買い取ってくれる。とりあえず、お疲れ様。地上に戻ろう」
女騎士に頷き返し、地上への転送装置を使う。ダンジョンを踏破した者だけの特権で一瞬にして地上に戻ることができる。ゼルにとって初のダンジョン踏破だが、余裕を持って攻略できた。とはいえ、疲れなかったわけではない。ふぅ、と息を吐き、一息ついた。
「ふふふ、受付でゼルが持って返ってきたこのオートエレメントにまたケチをつけるようであれば今度こそ容赦せんぞ」
一息ついたのもつかの間、何やら不穏な声が聞こえてきた。地上に帰れば先程の泥人形戦以上の修羅場が待っているのかと考えると少年は気が休まらなかった。
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