第16話 最深部
目の前には巨大な土の扉が聳え立っている。階段を降りた先の小さな空間にその扉しかなかった。いよいよ、最深部だ、どんなボスなのかな。少年は少し興奮していた。
「二日で黒鉄ダンジョンの最深部か、受付のギルルヤもまた驚くだろうな」
すでに定位置と化している少年の半歩後ろにいる女騎士が感嘆の息をもらした。そう言えば前に驚いた顔をしていたな、しかし、それはゼルに驚いたわけではなく、寧ろ、セリアの行動に驚いていた。
女騎士と初日で地下五階層を攻略し、戦利品の双頭蛇の毒牙とたまごを持ち帰った時は確かに少年の攻略の速さに驚いていたが、聖騎士団団長で白金等級の探索者が同行していたのだ、受付の女はすぐに攻略の速さに納得していた。少年が全て攻略したわけじゃない、強力な助力があるのだから、そう思われても仕方なかった。
地下五階層を攻略したので、探索者組合の決まりに則って地下十階層までの許可をギルドカードに更新してもらった。ギルルヤは渋る顔は見せたが、ソロで攻略しようが、パーティーを組もうが、それは探索者の自由だ。咎められる謂れはない。
しかし、問題はダンジョン教会で枢機卿との話し合いを経て、ゼルの魔物化を阻止する手段を探すべく、正式に少年と女騎士はパーティーを組むことになった初日の出来事だ。
セリアは受付の女にゼルのギルドカードを黒鉄ダンジョンの最深部である地下二十階層まで潜れるように更新してほしいと申し出た。
これにはギルルヤは大きく反論した。まだ駆け出しの土塊等級にそこまでの許可は出せない。本来なら自分と実力の見合った仲間と徒党を組んで、ゆっくり時間をかけて攻略するものだ。ギルルヤの反論は至極真っ当であった。
しかし、少年には時間がなかった。女騎士の強引さはその焦りからきている。勿論、事情は話せない。少年のスキルを『拳闘士』と偽ってはいるが、ただの『拳闘士』にしては可怪しいと思われる攻略の速さだ。傍目から見れば、高等級の探索者が低等級の探索者のレベリングを行なっていると疑われても仕方ない。
ベテランが初心者に探索の手解きすることは良いことだ。組合も禁じてはいない。しかし、その過程に問題がある。速すぎる攻略は初心者に危機感を損なわせ、慢心を生ませる。それで、ベテランから離れて後に油断して亡くなる探索者が増えた為、探索者組合は警戒を強めた。
死因との因果関係は証明できるものでもないので、禁止項目には追加されなかったが、組合職員は注意事項として探索者に注意を促しているに留めている。
それはセリアも重々承知していたが、それでも強引に押し通した。理由はあれこれ付け加えた。最後まで面倒を見るから大丈夫だとか、攻略のメインは少年が行なっており、油断や慢心を生むものではない、とか。
嘘ではなかった。ゼルの魔物化を防ぐ手段がすぐに見つかればいいが、長丁場になることは覚悟している。攻略に関してもほとんどの魔物はゼルが斃していた。だから、嘘でなかったが、戦闘に関しては少々手伝ったと嘘を付いた。
あまりに強すぎると噂が立ちやすい。そうなれば、ゼルのスキルを疑う者が出てこないとも限らない。探りを入れてくる者もいるかもしれない。ギメス会に知られるわけにはいかない故に、そこは慎重にならざるを得なかった。
手掛かりの為に攻略は早く進めたいが、周りから怪しまれないようにもしないといけない。慎重に立ち回らなければならない状況だが、セリアは色んな意味で目立つ存在だ。僕の為にやってくれているのは判るんだけどな、少年はその時の女騎士の様子を思い出して、苦笑いを浮かべた。
―――聖騎士団の団長だからって偉そうにしてるんじゃないよッ!
―――団長であることは今は関係ないだろう!私は問題ないことを論理的に説明しているだけだ、それが判らないのか!
二人のやり取りは夢にまで出てきそうだった。ゼルは頭を振って、思考を切り替える。
「みんなはどのぐらいのペースで攻略するんですか?」
「この黒鉄ダンジョンの最深部なら半年から一年以内と言ったところかな。十一階層に行く前に黄銅ダンジョンの浅層に潜ることが主流になっているから、多少の時間はかかる」
等級の低いダンジョンを踏破する前に一つ上の等級のダンジョンを潜ることを不思議に思うが、当然、理由がある。
ダンジョンの等級認定の基準は深さと踏破難易度を基に探索者組合が設定している。黒鉄ダンジョンなら黒鉄探索者が踏破できるに相当するっと言った具合だ。
では、一番等級の低い土塊のゼルやその次の等級の
ダンジョンはその性質上、各階層の難易度は一定ではない。浅層から深層にかけて、順々に難易度が上がる。一部を除いてどの等級のダンジョンの地下一階層はそれほど難しくない。
故に、等級が低い深層と等級が高い浅層では難易度が逆転する。だから、土塊と砲金は色んなダンジョンの浅層を潜る方がより安全に探索出来て、程よく経験を積むことができる。
しかし、効率は落ちる。同じダンジョンを潜り続けた方が時間効率は良い。移動やダンジョンによっては特性が異なる為に準備が必要であったり、何かと時間がかかる。
それでも命には替えられない。自分の実力に見合ったダンジョンの階層に潜ることは命の危険も少ないと言うことだ。探索者組合もこの方法を推奨している。
ダンジョンの一番低い等級である黒鉄を踏破すれば、探索者は晴れて黒鉄等級を名乗れる。故に、土塊と砲金は半人前と揶揄されるが、そこまで間違った話でもない。
「半年なら僕も順当ってことですね」
「何を的はずれなことを言っているんだ?君は半年間は黒鉄の地下一階層にしか潜っていなくて、その後、たった三日で最深部まで辿り着いたんだ。一緒なわけないだろ」
確かにその半年間はスキルなしで、只管にスケルトンとマッドラッテを相手にしていて、全く先へは進んでいなかった。他のダンジョンの浅層も渡り歩いていない。一般的な探索者が歩む道と同じであるはずがなかった。
やれやれ、と大きく肩を竦める女騎士の素振りにも慣れたものだが、そこまで可笑しなことを言った覚えはないんだけどな、一歩前に出たセリアの長い髪が目に留まった。
肩全体を覆うほどのその髪は淡く蒼い。毛先の白さは少し埃に塗れている。それでもダンジョン探索をしているにしては綺麗だ。道中の魔物の相手はほとんどゼルがしていたので、それもそのはずだが、各階層ごとに設けられたセーフティーゾーンで野営し、二日かけて最深部に来たにしては綺麗だ。
「さあ、この先がこの黒鉄ダンジョンのボスだ。君なら問題ないとは思うが、くれぐれも油断はするなよ」
後ろ姿しか見えないが、その相貌は自信に満ちているのが容易に想像できた。これから戦うわけでもないのに、少年は女騎士の前に出て、扉に手をかけた。
その自信は信頼に依るものだ。まだ短い付き合いだが、期待され、信頼されることに悪い気はしない。ゼルは手に力を込め、巨大な土の扉を押す。両開きの扉は中央から割れ、来訪者を招き入れた。
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