第14話 枢機卿
大聖堂を脇に逸れて、側廊を歩く女騎士を追いかけ、少年はダンジョン教会ナント支部に来ている。
中央の大聖堂に比べて、脇の廊下の穹窿の天井は驚くほど低い。それだけ大聖堂が広いのだろう。珍しい景色に目移りしながらセリアの後を歩く。
ゼルは敬虔な信徒と言うわけではないが、探索者になった半年前に旅立ちの洗礼を受けている。それは人々の間では非常にポピュラーなもので、大概の探索者志望の新人はこの洗礼を受ける。内容も特別な魔術を行使して加護を与えるといったこともない。ただの願掛けだ。しかし、精神的な支えは時にして重要だ。
少年はその洗礼以降、教会を訪れたことはなかった。宗教を強く否定もしなければ、肯定もしない。どっち付かずであるが、珍しいことでもない。信仰する自由は当然あるのだから。
そんな少年が旅立ちの洗礼を受けたのは一重に両親の為だ。ゼルの両親も敬虔な信徒ではないが、大切な息子が探索者になるので、直接何もできない代わりに、多少の金銭的援助と願掛けに頼ったのだ。
探索者本人は自分で道を切り開くと考え、信仰に頼らなくても良いかも知れないが、見送る方、残された人は何もできない。代わりのものに縋りたくなるものだ。故に、少年少女が探索者になる際は、そのほとんどの親が洗礼のお布施を払っている。子供を心配しない親などいないからだ。
「セリアさんもここで働いているんですか?」
「働いているとは言わない。神に仕え、奉仕している………とはいえ、言葉の綾で働いているのと然程も変わらない。私たち団員はこの教会とは別の建物で公務に当たっている。機会があれば案内しよう」
女騎士と曖昧な約束を交わし、廊下を進んでいると、目的の部屋の前に着いた。古い木製の扉は何度か塗装した跡がある。見映えを気にする聖職者の部屋とは思えないが、それだけ大事に扱っているのだろう。女騎士は数回ノックした。
「セリア・バルムスタです。枢機卿猊下いらっしゃいますか?」
呼びかけに応じて部屋の中から声が聞こえた。籠っていて聞き取りづらいが、男性であることははっきり判った。付け加えるなら、初老の男性といったところか。少年にはその声質から様々な情報が読み取れた。
二人して部屋の中に入った。そこには司祭服に身を包んだ初老の男性がいた。窓際に立つその様は厳かな雰囲気を醸し出しているが、どこか優しい雰囲気も感じられた。偉い人なんだよね、少年は女騎士もそうだが、立て続けに身分の高い人物に会い、多少緊張している。
「よく来たバルムスタ団長、それに君はゼル君だね。話は彼女から聞いているよ」
「ゼル、こちらはバルムスタ枢機卿猊下。このナント支部で一番偉い方だ」
やっぱり偉い人なんだ、何の説明もないまま連れてこられたゼルは女騎士を意地が悪いと思った。若干予想していたが、意地が悪いと言わざるを得ない。
「肩書はそうだが、私など大したことないよ。ゼル君よ。肩肘張らずとも良い」
そう言われて、はいそうですか、とは中々ならないが、少年は言葉通り、少し肩の力を抜いた。
「あれ?バルムスタってことは………」
「あぁ、察しの通り、バルムスタ枢機卿猊下は私の父だ」
そう言われれば二人の間に親密さを感じる。見た目は似ていないが、雰囲気は少し似ているのかな。少年はバルムスタ枢機卿がセリアの父と判ると、急に親近感が湧いて、肩の力が自然と軽くなった。
「さて、落ち着いて話せる雰囲気にもなったし、そちらのソファーに座ろうか」
バルムスタ枢機卿に促され、赤いソファーに腰を下ろす少年の前に枢機卿と女騎士も座った。と同時に深々と頭を下げた。
「この度はうちのセリアがご迷惑をかけた。謝って許されることではないが、親として謝罪させてほしい。本当に申し訳ない」
隣のセリアも枢機卿に倣って、頭を下げている。
「大丈夫ですよ、頭を上げてください。僕のうっかりもありますから」
「そう言ってもらえるといくらか救われるが、謝らないわけにはいかない。謝罪だけでは何も解決しないが、心というものは大事なものなんだ」
それだと謝罪が意味あるような意味ないような、うーん、偉い人の話は難しくてよく判らないや、小首を傾げる少年にバルムスタ枢機卿は笑顔で返した。
「では、言葉だけでは物事は解決できない。今後の君について具体的な話がしたい」
「心配しなくてもいい。ここの支部はバトゥース会に属している。所謂穏健派だ。だから安心して構わない」
セリアの横槍にまたもや小首を傾げるゼルはバルムスタ枢機卿と目が合った。
「セリア、説明なしに外部の者にその話通じないよ。ごめんね、ゼル君、早とちりな娘で」
いえ、と答える少年の前には赤面している女騎士が目に入った。聖騎士団団長で白金探索者であろうと、親の前では頭が上がらないらしい。可愛らしい一面もあるだな、ゼルはその一連のやり取りに妹のソフィを連想させた。
ソフィはまだ甘えたい盛りで、忙しい両親に代わり、少年がよく面倒を見ていた。探索者になってからは忙しくてあまり構ってやれてないが、ゼルの探索者活動を応援してくれている。だから、頑張らないと。
「ゼル君も知っての通り、外界の魔物の祖は元人間なんだよ。ダンジョン内の魔物はダンジョンに潜らなければ人に害を為すことはない。極端に言えば、放置していたとしても人類には何ら影響を及ぼさないんだ。それらとは違い、外界の魔物は時に人を襲う。過去には村や町単位で襲撃を受けたこともある。さっき言っていた穏健派
穏健派のバトゥース会、過激派のギメス会。この両者は外界の魔物に対する考え方の違いで対立しているとバルムスタ枢機卿は語る。
穏健派はその名の通り、魔物を積極的に狩ろうとはしない。勿論、人に害を為すようであったり、人里を襲うようであれば話は変わってくる。その場合は聖騎士団が出動する。
「私たち聖騎士団はこの街や周辺の村々の哨戒が主な任務だ。周辺を警戒し、迅速に対応する。言葉の通じぬ魔物と仲良くとはいかないが、互いの領域を侵さぬように努める。やむを得ず武力を行使することもあるが、それは最終手段だ」
聖騎士団の活動は少年も当然知っていた。ナントの街で生きる者として街を守る聖騎士団はなくてはならない存在だ。しかし、その細かい思想までは知らなかった。難しい話に知恵熱が出そうな頭で必死に話を聞く。
「それに対してギメス会、所謂過激派は魔物の領域にまで積極的に遠征し、魔物の根絶を掲げている。その際の味方の犠牲もやむなしとしている派閥だ。正直、相容れん」
不満気に締めくくった女騎士は両腕を胸の前で組んでいる。どうやらダンジョン教会は一枚岩ではないらしい。
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