第5話 違和感




 違和感には良い違和感と、悪い違和感がある。ゼルは今、心地良い違和感を感じていた。何でもできそうな気がする万能感で期待に胸が膨らんでいた。


 歩き慣れた細い通路を松明を頼りに歩いていく。スケルトンかマッドラッテでも出ればいいのだけど。


 スキル書を読んだ後の強烈な違和感は今は感じない。あの時は急に動悸が激しくなり、息も苦しく、朧気ながら胸を掻きむしったと記憶している。


 しかし、朝起きてみると、掻きむしったはずの胸には傷一つなく、寝間着がボロボロになっていただけだった。呼吸も正常で身体中がいたって正常だった。


 ボロボロになった寝間着を買い直さなければならない。今なら地下二階層も余裕を持って攻略できるだろう。そうなれば、今まで以上の稼ぎになる。寝間着代など朝飯前だ。


 思考が横道に逸れた少年は、改めて自身の内なる力を感じた。これが『光の戦士』の力か。マグマのように煮え滾っている力が今にも爆発しそうだ。


 今すぐにでも魔物と戦いたい気分だ。ゼルはいつもより早足で通路を歩いている。今のゼルを見たら、魔物の方が逃げ出すかもしれない。


 それとは別の違和感も感じていた。どうも『光の戦士』の光の部分がよく判らない。スキルとは感覚的なものなので、習得すると自然にそのスキルが使えるようになる。しかし、さっきから光の玉みたいなものを出せるか試しているが、一向に出る気配がない。出せると言うイメージすら湧かない。


 もしかして、『光の戦士』は思っていたものと違うのかもしれない。少しがっかりした気分だが、決めつけるにはまだ早い。ゼルは只管ひたすらに魔物を探した。


 松明の明かりに影が映った。大型犬ほどのネズミの魔物―――マッドラッテだ。げっ歯類らしく、その歯で噛みついてくるが、いかんせん、リーチがない。故に、攻撃を喰らうことは稀だ。スケルトンと同じく不意打ちや油断がなければ負けることはない。


 スケルトンと唯一違う所は複数体で行動することがある点だ。常と言うわけではないが、稀に二、三体で群れている。それでも負けることはない。ゼルは腰に差していた棍棒に手を伸ばした。簡素な木の棍棒だけでこの地下一階層は事足りた。


 棍棒を手に取った瞬間、少年は今までにない違和感を感じた。半年間手に馴染んだはずの棍棒の持ち手がどうもしっくりこない。何だろう、スキルを習得した影響かな。


 職業系スキルにおいて、習得前にそれに対応した武器種を使うのは常識だった。戦士なら近接武器、レンジーなら弓。魔術師はスキルを習得しないと魔術が使えないが、棒術がそれに当たる。


 とりあえず、安価な棍棒で戦っていたゼルも、スキル習得後を考えて棍棒を選んでいた。武器の扱いや、強さとは必ずしもスキルに依存するわけではない。事前に近接武器の扱いを磨いていれば、戦士のスキルを習得してから、スキルの熟練度の伸びが早い。


 同じスキルが溢れているこの世界で、スキルが一緒だからといって、同じ強さとは限らない。スキルで潜在的な才能は同じになっても、本人の努力次第でいくらでも差がつく。


 故に戦士希望は近接武器を、レンジー希望は遠距離武器を事前に練習しておく。だから、戦士希望でずっと棍棒を使っていたゼルが、持ち手を掴む手のひらに違和感を感じるのは可怪しなことだった。ましてや、今は『光の戦士」のスキルを習得しているはず。尚更、可怪しい。


 この場合考えられることは一つだ。スキルに相応しい武器種を使っていない可能性がある。戦士は近接武器の扱いは得意になるが、遠距離武器、弓などの才能はなくなる。今まで上手い弓さばきの者でも、戦士のスキルを習得すれば、途端に下手になる。スキルとは恩恵も大きいが、少なからずデメリットもある。


 いや、そんなはずない。それを認めることは昨日読んだスキル書が『光の戦士』じゃなかったことになる。いや、『光の戦士』とは近接武器を扱わないのか、低い可能性に縋る思いだが、頭の片隅では見たくない膿が燻っている。


 とりあえず、違和感を無視して、棍棒を強く握り締めた。徐々に距離を詰めてくるマッドラッテの頭に向けて棍棒を振り下ろした。


「あれ?」


 思った以上にマッドラッテの頭が潰れた。半年間、毎日のように狩っていたから間合いの把握も完璧に近く、今までも一撃で仕留めてきた。しかし、今はいつも以上に脳漿が飛び散っている。力加減を間違えたかな。いや、手加減できるほど強くなかった。


 ますます違和感を感じるゼルはマッドラッテの短い尻尾を切り取った。スケルトンのショートソードと一緒で戦利品だ。粉末状に加工して薬に混ぜると薬品の効果が上がるそうだが、少年はそこの所はよく知らなかった。ただ、受付で買い取ってくれるので持ち帰っている。


 地下一階層を程なく探索し、地下二階層へ降りることにした。違和感はあるものの、昨日の自分より強いのは確かだった。なら、もう少し強い敵と戦えば今の現状がもっと把握できるかもしれない。


 色々言い訳がましいが、単純に新しい力を使いたい無邪気な子供のようであった。新しい力、新しい敵。わくわくしない方が可笑しかった。


 ゼルは地下二階層へ続く扉にギルドカードを翳した。


 


 

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