第4話 ダンジョン産




 黒鉄ダンジョンの入口は騒がしかった。朝からダンジョンに挑もうとする探索者で溢れていたからだ。粗暴な者が多い探索者が集まれば仕方のないことだ。中には紳士淑女とした礼儀正しい者もいるが、稀である。


 ゼルはそんな人々の隙間をすり抜け、いつもの受付にやって来た。


「おはようございます、ギルルヤさん。約束通り今日から地下二階層に行きたいと思います」


 いつも通りの挨拶に、新しいものが加わっていた。今日から地下二階層。覚えたてのスキルを使いたくてワクワクしていた。


「おはよう、ゼル。まったく、嬉しそうだね。そんなに良いスキル書が手に入ったのかい?」


「そうです!聞いてビックリしないで下さいよ。なんと、『光の戦士』のスキル書をゲットしたんです!」


 受付の女は少年の言葉を聞いて呆気に取られている。驚いている、驚いている。ゼルは今までの苦労が報われたような気がした。


「アンタ『光の戦士』って………どこにそんなお金が………私の聞き間違いか?」


「いえ、『光の戦士』で間違いありませんよ」


「アンタみたいなガキがそんな高価なスキル書を半年で買えるわけないだろ!嘘ばっかりつくんじゃないよ」


「フフフ、それが路地裏の露天に安く売られてたんですよ。誰にも買われたくなかったから秘密にしていたんです」


「路地裏ってアンタ、それ………まあいいわ。これも一つの勉強だと思いな」


 最後によく判らないことを言われ、スキルのことをあまり信じて貰えなかったのは残念だが、活躍すればすぐに認めてくれるだろう。


「何であれ、地下二階層に行く資格があるのはスキルの有無による。逆に言えば、どのスキルを持っていても行くことができるわけだ。じゃ、早速鑑定しようかね」


 受付の女はカウンターの下から手のひらに乗るぐらいの水晶を取り出した。顔を覗き込んでも映ることはなく、中心は澱んでいる。


 ダンジョンから産出されるものは不思議なものが多いが、探索に役立つものも多い。この水晶もその一種だ。見透しの水晶と呼ばれ、対象のスキルの有無を鑑定することができる。しかし、何のスキルかまでは鑑定できない。


 スキルの鑑定は習得する前のスキル書のみ鑑定できる。習得し終えた後は探索者が自己申告で自分のスキルを探索者組合に報告する。それが嘘か本当かは知る術はない。


 しかし、的はずれな嘘をつくとすぐにバレる。『光の戦士』で光魔術が使えなければ、それはもう、一目瞭然だ。


 将来的に習得後のスキルを鑑定できるマジックアイテムがダンジョンから産出されるかもしれないが、今の所はそんなものは存在しない。ゼルはゆっくりと水晶に手のひらを翳した。


「うん、習得不可の文字が一つだけ。まあ、スキル持ちってのは嘘じゃないね」


 『光の戦士』も嘘じゃないんだけどな、ゼルは納得がいっておらず、口をへの字に曲げている。いいやい、今に見てろよ。


 見通しの水晶が示した習得不可の文字はそのままの意味で、すでにスキルを習得済みで、これ以上スキル書を読めないことを意味している。


 逆に習得可と出れば、まだスキル書が読めると言うことだ。そして、この文字の数だけその人の潜在的なスキルの容量を表す。習得可の文字が三つ現れれば、その人は三つまでスキル書を読むことができる。これに関しては完全に先天的な要素だ。


 習得不可の文字が一つだけ。ゼルはすでにスキル持ちだが、これ以上のスキル書は読めない。半年前に知った時は落ち込んだものだが、今はそこまで深刻に捉えていない。


 しかし、普通じゃなく、特別なスキル書に拘ったのは、これが原因だったのかもしれない。


「はい、アンタのギルドカードを更新しておいたわよ。これで地下五階層までは潜れるわ。後はアンタの努力次第ね」


 ヨシッ!やるぞ、意気込む少年にギルルヤは軽く肩を叩いた。


「昨日の今日で、まだスキルの試しをやっていないだろ?とりあえずは慣れ親しんだ地下一階層で色々試してみな。先に進むのはその後からでも遅くないだろ」


 確かに、そうだ。少し浮足立っていた気持ちが収まり、少し緊張の色が浮き出てきた。まずは覚えたてのスキルの把握と身体に馴染ませるのは初歩中の初歩だ。


「ありがとうございます。そういえば、スキル書を読んだ後に強制的に眠りにつかされることがあるって聞いたことありますか?」


「いや、ないね。スキル書なんて読んだだけじゃどうってことないよ。実際に使わないとね」


 そうですよね、相槌を打つ少年は内心で納得していた。長い間、探索者組合の受付をしているギルルヤでも、読んだ後に眠りにつくスキル書の存在は知らなかった。しかし、昨日ゼルが読んだスキル書は確かに少年を深い眠りに追いやった。


 その際、激しい痛みが伴ったが、今は何ともない。寧ろ、内側から力が溢れてくるようだ。


 だから、ギルルヤがゼルの言っている『光の戦士』を疑っているのも納得がいった。ギルルヤが全てのことを知っているわけではない。少し考えたら判ることだった。


 ゼルは不敵な笑みを残してダンジョンの入口に向かった。


 



 

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