第2話 少年
細い通路の壁には小さな明かりを放つ松明が設置されている。均一の並べられたそれらは探索者を正しい方向へ導くだろう。
火に揺らめきはない、つまり通路は無風状態だ。暑くも寒くもない。そんな静かな空間を松明の明かりは二つの影を映し出していた。
人骨のみの魔物―――スケルトンはその手にショートソードを握りしめている。関節のつなぎなどないはずなのに、スケルトンは少し膝を曲げ、腰を降ろした。
曲げた膝を伸ばし、一歩、二歩と軽快にもう一つの影へと距離を詰める。
スケルトンと対峙していた少年―――ゼルは相手の動きをしっかりと捉えていた。緩慢ではないが決して素早くもない。不意打ちや油断がなければ避けることは造作もない。
振りかぶられた腕が少年に襲いかかるが、余裕を持って飛び退り、難なくスケルトンの攻撃を躱した。すれば、少年は素早くスケルトンの首の頚椎を手にしていた棍棒で破壊し、戦闘不能にした。
完全に動かなくなったスケルトンからゼルはショートソードを拾い上げた。
「やった………やっとこれで目標金額達成だ!」
喜色一杯の声には今までの苦労が滲み出ていた。少年は約半年間このダンジョンの地下一階層のみ通い詰めていた。
鼻歌混じりで帰路に着く少年だが、この地下一階層では多少の油断は許された。それが例え駆け出しの
足取り軽く地上に辿り着いた少年はすぐにダンジョンの入口に併設されている
「ギルルヤさん。いつものこれ、買い取って下さい」
先程拾ったスケルトンのショートソード。カウンターに置かれたそれを見た受付の女は呆れと感心が混じったため息をついた。
「ほんと、飽きずにずっと地下一階層ばかり潜って………はい、一ゴールド。これじゃ、いつになったら目標に達するのかね………」
受付の言葉を聞くと、ゼルは待ってましたと言わんばかりに、ニヤッと笑みを作った。
「なんだい、気持ち悪い笑顔作って………もしかして!目標金額稼いだのかい?!」
「気持ち悪いって失礼だな。でも、へへへっ、ついに地下一階層を卒業できそうです」
「それはめでたいね。それで何のスキルにするつもりだい?アンタは全然そこら辺のこと、教えてくれないからね」
「へへへっ、まだ秘密です。今度ダンジョン潜る時に教えますよ。その時は地下二階層に行くつもりですから」
受付の女は少年に金を渡しながら、ケチな坊やだね、と呟いたが、ゼルは気にせず足早に受付を去った。
だって、みんなに教えたら絶対にあのスキル書なくなっちゃうもん。ゼルはこの半年間に溜め込んだお金を持って、早る気持ちを抑えきれずにいた。目的地までの道中、一秒でも早く行きたく、全力疾走したい気分だ。
少年が誰にもスキルのことを言わないのには理由があった。
登録さえすれば誰でもなれる探索者だが、スキルを持っている、持っていないでは探索の幅が大きく変わる。スキルを持たないものは原則として土塊等級以上にはなれず、一番易しい黒鉄ダンジョンの地下一階層にしか行けない。
故にスキルは探索者には必須と言える。そのスキルだが、言い換えれば才能とも呼べる。ではスキルとはどのようにして人に宿るのか。実は生まれ持った先天的なものではなく、誰でも持つことができる後天的なものだ。
ダンジョンから産出されたスキル書を読むことによってスキルを習得し、探索に役立てることができる。スキルの種類は様々あり、どれもが探索に役立つものばかりだ。
これは人々の常識であり、当然、ゼルも知っている。その上でどのスキル書を習得するかに焦点が絞られる。読めば無条件にその才能を開花させれるスキルだが、個人の好みや、汎用性、希少性などによって人々のスキルには偏りがあった。
職業系に分類される戦士はその典型で、希少性はないに等しいため、どこでも手に入れることができるが、汎用性が高く、その希少性の薄さから安価で手に入る。故に、駆け出し探索者は好んで戦士やこれに似た他の安価な職業系のスキルを習得する。
少年も初めはそうするつもりだった。希少性が高く、強いスキル書は軒並み高く、少年の稼ぎでは到底買うことはできなかった。戦士を習得し、色々経験を積んでから次のステップへ進む。ゼルだけではなく、多くの探索者がそうする。一種のテンプレートと化していた。
しかし、半年前、少年は運命の出会いを果たした。
街の大通りから逸れ、薄暗い路地にそれはあった。大通りに店を構える大手ではなく、個人経営の露天。あまり利用客は多くないが、たまに掘り出し物目当てに目利きの効く者が立ち寄る。後は後ろ暗い者、日の下では生きられぬ者が出入りする。
「おばちゃん、まだ例のスキル書ありますよね?」
「ほほ、まだあるよ。お前さんの為にずっと取って置いたんじゃ」
ヨシッ!っと小さく握り拳を作った。早速代金を払うために半年間貯め込んだゴールドが詰まった革袋を露天商に渡した。
「確かに受け取ったよ。ほれ、これがお前さんが欲しがってたスキル書『光の戦士』だよ」
ニヤニヤするのが抑えきれず、口角をだらしなく上げたゼルはスキル書を露店商から大事に受け取った。早く読んでスキルを習得したい。早る気持ちはもはや爆発寸前だ。
「おっと、ここで読むんじゃないよ。一般的なスキル書なら読めばすぐに習得できるけど、中には読んだ後に深い眠りにつくものもあるらしい。それは珍しいスキル書だから、しっかり家に帰ってから読みな」
なるほど、それは知らなかった。もしそうなら、ここで読めば街中で眠ることになる。それは困る。少年は露天商にお礼を述べ、スキル書を大事に懐にしまい、早る気持ちを何とか抑えて、帰路に着いた。
運がいい、ゼルはもうニヤニヤ笑うのを抑える気もなかった。街ゆく人々もそんな少年一人、気にした様子もない。
半年前、両親に探索者になる許可を得た少年はスキル選びに頭を悩ませていた。テンプレである戦士を選び、経験とお金を稼ぎ、徐々にステップアップしていこうと思っていたが、どうもしっくりこなかった。何か違うと漠然とした不安だけが少年の決断を鈍らせていた。他のスキル書を見てもピンとこない。やはり、戦士にしようか、そう思っていた時だ。
何気なしに立ち寄った路地裏の露天。そこに滅多にお目にかかれない『光の戦士』のスキル書があった。スキル名だけでは何ができるか曖昧だが、光となれば、光魔術と考えるのが常套だろう。つまり、魔法戦士だ。ゼルはそのスキル書に一目惚れした。
しかも、破格の値段だった。勿論、手持ちのお金だけじゃ買えなかったが、交渉の結果、露天商は少年がお金を稼ぐまで待ってくれると言う。露天商も良い人で何もかもが運が良かった。
早く家に帰ってスキル書を読みたい少年は少し早足だった。すると、曲がり角で人とぶつかった。尻もちをついたゼルは一瞬、何が起こったか判らなかった。
「すまない、急いでいて………悪いがもう失礼するよ」
少年がぶつかったのは年若い女性だった。女性は尻もちをついていたゼルを引き起こすと、さっさとその場を立ち去った。その場に立ち尽くす少年の横には一冊のスキル書が落ちていた。
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