禁忌のスキル書『ドラゴン』
鬼頭星之衛
第1章 流転の別れ
第1話 プロローグ
―――覚悟はどんな困難も打ち破る。
愛読する賢者ウィリアム・A・ドイル著の『聖なる人』からの抜粋だ。幼い頃から好きだった言葉、いつだってこの言葉が勇気を与えてくれた。
希望を喰らう闇夜が空を覆い尽くし、地上には雷鳴が轟いていた。耳を
「―――ッ!………ッ」
静寂を許さない赤黒いドラゴンの咆哮に声が掻き消される。女騎士はすっと立ち上がった。淡く蒼い髪は本来であれば毛先にいくほどに白みがかるが、今は泥と埃で黒ずんでいた。それでも彼女が美しいのは真っ直ぐな瞳に宿る意志の強さのせいなのだろうか。
地面が揺れ、小さな地割れさえ起こった。一見すれば岩と見紛うほどの爪は鋭く地面に食い込んでいる。牙ほど鋭利なものもなかろう、綺麗に並べられた刃物は少し肌に食い込んでいた。
自傷による赤い血ほど痛々しいものはない。女騎士は胸の前で小さな拳を作った。強い意志を宿した瞳は閉じられている。ほんの数瞬先の命さえ判らない状況では無謀を通り越して、馬鹿としか言いようがない。それでも彼女の拳は強く握られていた。
無骨な石、加工も何も施されていない生まれたての石がその首飾りにはあった。女騎士はそれをずっと見詰めている。どんな力を加えても決して壊れないその石は強く、強く、そのドラゴンと共にある。
背後に覗く王都の光は近いようで遠い。思えば随分遠くまで来たものだ。始点は遥か遠く、だが、終点はまだ見えない。長いような
一つまた雷鳴が轟いた。頬が湿っぽく濡れた。さっきまで雷鳴に怯えて竦んでいた風が癇癪を起こしたように荒ぶり始めた。女騎士は静かに剣を抜いた。少年との約束を果たす為に。
「―――ッ、………君は―――」
やはり、声は掻き消された。女騎士が覚悟を決めた時、巨頭から覗く瞳は地面を見下ろしていた。万物を平伏させる威光はこの日、初めて生を得た。風に靡き、乱れた自慢の髪も気にせず、女騎士は正眼に、ただただ真っ直ぐ前を見つめる。
さぁ、終わらせよう、果たされなかった約束と共に。
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