帰宅

 ここは、移動中の車内。

 前席には木之本夫妻、後席には私とミカが並んで箱座りしている。


 先程から木之本夫妻の会話が賑やか過ぎるほどに盛り上がっていた。

 まぁ、話しの大半は、私のお作法がTikTokで馬鹿受けし、YouTubeでも順調にPVを稼ぎまくっているようだ。

 寄せられるコメントも増加の一途を辿り、それが話題の加熱を助長しているようだ。

 ミカは車には慣れていないようで、少々不調のようである。

 そっと体を寄せると、彼女は私にもたれかかってきた。

 幸い、道程は平坦そのもので、カーブなども至って緩やかなモノだった。

 午前中に平原を出発したが、今は窓から差し込む夕焼けに目を開けるのが少々辛いところである。


 さて、夕陽も顔を隠す頃、目的地タツロー宅に到着した。

 久々に見る我が家は…草木に包まれた魔境と化していた。


 足元を覆うのは群生したタイムたち。

 門柱として植え付けたチェリーセージとローズマリーも、玄関を覆い隠している。

 オリーブや月桂樹は隣家にかかる部分は、ちゃっかり伐採されていたが、それ以外は伸び放題。

 庭の大半を占めるラベンダーも我が世の春と言わんばかりに、どっしりとのさばっている。


 全員からの冷たい視線を満喫した後、玄関に向かいキーロックを開錠する私。

 ガラス製の観音扉を開くと…湿気が溜まった嫌な臭いが漏れてくる。


「わん!わん!」

 ミカが幾度か吠えると、幾分臭いは改善した気がする。

 ふと後ろを振り返れば、ボロ布を纏った白髪の老人が慌てて出ていくさまが見えた。


「ミカ、あれって?」

「疫病神さん。

 ここって、だいぶん放置してたでしょ?

 居座っていたから、ご退場頂いたのよ♪」

 ミカは牧羊犬ぱんぴーよりも、陰陽犬くろうとのほうが似合っているようだ。


 私たちが話しているなか、木之本夫妻も家探しそうさくを始めた。

かわったリビングね…。

 なんだか喫茶店みたいよ。」

 香澄が私の方に振り返り、スマホを差し出してくる。

 キッチンとリビングの間に設置されたカウンターに座り直し、スマホを操作するゴールデンレトリバー。


『私は知らないが、母がここで喫茶店を営んでいたらしい。』

「なるほどね…。」

 も相づちをうってくれる。


「ところで、台所は綺麗なのね。

 生活感が無いわ…。」

 香澄がキッチンを覗きながら僕に話しかける。


『私は、家でご飯は食べていませんでしたから。』

 夫婦はびっくりして私の顔を見る。

 隣に座っていたミカまで、私の顔をのぞき込んできた。


 そして、私の身の上話をする羽目になるのだが、それはか・つ・あ・い♪


 なお、私の万年床は、キノコとカビが蔓延はびこる、『真万年床』になっていた。

 木之本夫妻からの突き刺さるような冷たい視線と、ミカのお叱り+噛みつきが骨身に染みた。


 ◇ ◇ ◇


 さて、通帳も無事見つかり、翌朝残高を確認すると、想定外の事態が起こっていた。

 私が何処で死んでしまったのかは、判然としないのであるが、死亡保険は振り込まれていた。

 水道を始め各種光熱費はきっちり引き落とされ続けており、ちゃっかり税金まで引き落とされていた。


(いい加減な仕事をするよなぁ…役所ってところは。)

 まぁ、身寄りのいないボッチオッサンが死んだところで『世間は事も無し』という事なのだろう。

 付き添いで来てくれたは、私の頭を優しく撫でてくれた。


 役所で住民票の手続きを済ませる。

 多少の手違いはあったが、まぁ、私の機転で何とか治まり、我が家は木之本家になった。

 …まぁ、気付いた事と言えば、は人当たりが良いが、少々卑屈なところがある。

(これは、もったいない…。)

 ダメな部下を何とかしてきた、優秀な上司再生工場の腕が吠えだしている…犬だけに♪


 帰宅すると、香澄が部屋の掃除をしている。

 ミカも香澄を手伝っている。

 こちらは、何だか姉妹のように終始にこやかである…言葉は通じないが、心は通じているようで、所作が見事にシンクロしている。


 ちなみに、私の『真万年床』は早々に撤去され、私とミカの寝室に模様替えされ、父の書斎も、木之本夫妻の愛の巣にリメイクされ、家財もだいぶん入れ替わった。

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