平原よサヨナラ

 木之本家は、小さな喫茶店を経営していた。

 しかし、昨今の流行り病の影響で客足が遠退いた上に、仕入れ品の価格高騰が追い打ちとなり、あえなく廃業。

 借家も店舗も取り上げられ、行くに困り、平原ここに来てしまったらしい。

 ちなみに、夫婦は孤児院出身で身寄りもないらしい。


「家具も差し押さえられ、着のみ着のままでここまで来ました。」

 箱座りのミカの隣では、横座りした香澄が、ため息をついていた。


「貯金も使い果たし、いよいよ…。」

 は口籠り、俯いてしまった。


『ところで…。』

 私は、自宅の事が気になっていたので、に訪ねてみた。


 幸か不幸か、私の自宅は、平原の先に薄っすらと見える山を越えた先に有るらしい。

 お恥ずかしい話しなのだが、生前は自宅と会社の往復ばかりで、ろくに遊びまわる事もない、実に湿っぽい人生を送っていたのだ。

 お陰様で、通勤電車内でのスマホいじりには絶対の自信を持っており、その才能が、現在いまここに花開いているのだ。


 閑話休題

 生前の我が家は、私しか住んでいなかったので、ここ二年程度は空き家になっているはずである。

 父方の親類はほぼ他界している。

 母方の親類などは、もう十年以上面識がない。

 上手くすれば、木之本家共々転がり込めるのではないかと算段してみたのである。


「そんな、上手くいくものかなぁ?」

 が懐疑的な目を向けて来る。

 まぁ、ダメで元々。

 通帳さえ確保できれば、御の字なのだ。


『行くだけ、行ってもらえないだろうか?』

「きゅ~~ん。」

 わざとらしく甘え鳴きをして情に訴えかける努力をする僕に、は苦笑いした。


 僕はスマホをに返す。

 はスマホを受け取ると、僕の頭を撫でた。


「よし、行くとするか。」

 が立ち上がると、香澄も立ち上がる。


 私も立ち上がるが、ミカは立ち上がる気配がない。

「私…ここに残る。」


 ミカの所に歩み寄る。

「どうしてだい?」


 ミカは答える。

「だって、私は呼ばれてない…。」

 不貞腐れ気味に、地べたに伏せるミカ。

 すると、その様子を見かねた香澄が、ミカの前にかがみ込み、話しかけてきた。


「ねぇ、ミカ。

 あなたも、一緒に来なさい。」

 しばらく見つめ合っている香澄とミカだったが、やがてゆっくりとミカが立ち上がった。

 すると、香澄はミカにハグをした。

 困ったような顔をしているミカを眺めながら、僕はある事を思い出した。

(ご飯を取ってこないと!)


「わん!」

 一声鳴いて、ドッグフードを取りに僕は走り出した…よりによって二足歩行で!

 夫婦は、私の後ろ姿に爆笑しているようだ。

 あるいは、スマホで動画を撮っているかも知れず、ミカは半目になっている事だろう。


 とりあえず、私は走るしかないのだ。

 前足を交互に振り、短いスライドで草原を疾駆するゴールデンレトリバーの雄姿。

 はてさて、どこまでバズる事が出来るだろうか?

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