人間の夫婦

「もぉ、ズボンがベチャベチャ…。」

 へたり込んだまま愚痴りだす女性。

 男性は無口のまま、女性の傍に立っている。


 ミカが私の傍にやって来た。

「何?あいつら。」

 不機嫌そうなミカ。


「自殺志願者…ですよ。」

「ああ…それで、死神さんが…。」

 私が答えると、合点がいったのかミカも半目になる。


 軽自動車をバックに、動く気配のない人間が二人と、それを眺めるわんこが二匹。

 さて、いつまでもこのシュールな画面をご視聴頂いてもしょうがない。

 しょうがないので…。


 人間の視界に入るところで、私はゆっくりと後ろ足だけで立ち上がり、忘年会のかくし芸では十八番にしていたドジョウ掬いを踊り始める。


 ミカはかぶりを振る。

 二人の人間は呆然と私の踊りを見ていたが、お互いの顔を確かめると大笑いを始めた。

 頃合いを見計らい、私は踊りながら人間たちに近づいていく。

 やがて男性がスマホを取り出し、こちらにレンズを向ける。

(しめしめ、狙い通りですよ。)


 動画を撮り終えた男性はSNSへ画像をアップ。

 二人は男性のスマホを眺めてニコニコしている。


(チャンスですよ!)

 一吠えして、男性のスマホをぶんどる私。

 男性はなすがままに私にスマホを奪われ、女性共々後方に倒れ尻もちをついてしまう。


 二人の前で颯爽とスマホをいじくるゴールデンレトリバー。

 手早く文章を書き上げ、音声読み上げアプリで人間へ問いかける。

『お前たちは、何者だ?

 どうして、ここに居る?』

「わん!」

 最後に、文章が私の意思であることを示すために一声鳴く。


 人間二人は目を丸くする。

 ミカも目を丸くしている。


 さらに、スマホをいじくるゴールデンレトリバー。

『繰り返す。

 お前たちは、何者だ?

 どうして、ここに居る?』

「わん!」

 最後に、文章が私の意思であることを示すために再び一声鳴く。


 二人の男女ニンゲンが顔を見合わせたのち、おずおずと僕に話しかけてくる。

「おまえ、俺たちの言葉が分かるのか?」

「わん!」

「賢いワンチャンなの?」

「わん!」


 困惑の色を深める二人の男女ニンゲン


 スマホをいじくるゴールデンレトリバー。

『繰り返す。

 お前たちは、何者だ?

 どうして、ここに居る?』

「わん!」

 最後に、一声鳴く。


 男性が困ったような顔をしながら、腕組みをして答える。

「俺は、木之本 武。

 隣にいるのは、妻の香澄。」

 ここに来た…と、夫が語りかけたところで、妻が夫の腕をつかみ、首を横に振った。


「わん!」

 私は一声かけて、二人の注意を引く。

『私は、タツロー。

 隣のフカフカは、ミカだ。』


 再び目を丸くする夫婦。

 ミカはいつの間にか箱座りをして、こちらの様子を窺っている。


 夫が質問してくる。

「お前は、どうしてここに居る?

 なぜ、俺たちの所に来た?」


「わん!」

 私がスマホで返答するよりも早く、ミカが立ち上がり、一声吠える。

 妻がミカの方に歩み寄りかがみ込むと、ミカの首に腕を回し、抱き着いて来る。

 女性同士思い当たる事があるのだろう。

 ミカも妻の顔に頬をよせていた。


 夫の方も思い当たる事があったらしい、私の前に胡座をかいて座り込む。

「もう少し、話をしようか。」


「わん!」

 私も腰を下ろし、彼の相談に乗る事にした。

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