その4 

 一度、俺たちは署に戻り、それぞれの家元泰宏から聞き出した情報を開示した。

 だが他の奴らから、より深い情報は得られなかった。


 家元泰宏達は事前の打ち合わせで口裏を合わせていた。なかなか難攻不落な理論武装をしている。


 とりあえず、俺の考えはまだ誰にも言わないでおこう。今言っても馬鹿げた発想として、誰にも相手にされなくなってしまう。

 しかし、今の捜査は『家元泰宏はクローン殺人』と言う前提で行われている裏付け捜査。そんなに猶予がある訳じゃない。

 

 早く証拠を見つけないと下手をしたら明日にでも捜査そのものが終わってしまう。


 その後、俺と相澤は家元のクローンを作った遺伝子研究所に向かい、家元泰宏の接ぎ木作業に携わった人々から話を聞くことに。


「その、記憶の同期をするチップというのは手術で埋め込むんですか?」

「いえ、ナノマシンを錠剤の様に何度かに分けて飲み、脳の特定の場所に定着させてやればいいだけなので簡単です」


 相澤が話を聞いている間、俺の頭は自分の考えでいっぱいで、家元のクローンを作った研究者達への聞き込みは相澤に任せっきりになった。


「実は……接ぎ木のクローンは最初は八体の予定だったんです」


 考え込んでいた時、相澤が相手をしていた研究員の言葉にフッと顔を上げた。


「八体? 九体じゃなかったのか?」


 横の相澤が質問を横取りされて、明らかにムッとした。


「最初、ケラスス様から来た依頼内容は家元泰宏社長のクローン八体でした。ですが、家元社長が急遽、九体に増やしたいと言い出したんです」

「それで、家元以外の会社の奴らの反応は?」


 横から仕事を奪われた相澤の冷たい視線を無視をして、俺は続けて質問した。

 研究員の女性は少し考えながら左上を向いて答えた。


「正直……困っている様子でした。予算の関係などもあったのだと思います」

「それでどうなったんですか?」


 相澤が俺から話を奪おうと早口で尋ねた。


「家元社長が「最後の一体の費用は自分が出す」と仰って、それで他の方々は渋々納得した様子でした」

「家元以外は良い気分じゃ無かったと言う事ですか?」

「内輪の事までは詳しくは……」


 研究員の女性はこれ以上は勘弁してほしいと苦笑いを浮かべた。


「なぜ、家元社長は一体増やそうと言い出したと思いますか?」


 相澤が質問権を無理やり取り返して来た。


「その場では確か、『今後、事業の拡大を予定しているから、今の内にクローンを多めに作っておきたい』と。ですが……」


 研究員は言いづらそうな表情になって話を止めた。


「家元以外は、その理由に納得していなかったんだな?」


 俺が図星を付くと、研究員の女は驚いた顔をして首を縦に振った。

 確かに、突然、一人が死んだ今日でも、全員揃って十五分くらいの時間を取れたと言うことは、九人でも仕事を回そうと思えば可能だと言う事だ。


「そ、そうですね……家元社長が一度部屋を抜けた時、『そんな予定聞いたこともない』と腹を立てている方もおられました」

「つまり、一体は無駄だったって事か?」


 ハッキリ言いすぎたか、研究員はギョッとした顔をした。


「それは、私の口からは何とも……」


 それだけ聞ければ十分だ。

 さっきまで馬鹿げた発想だと思っていた自分の考えが、あながち間違いではないと、背中を押された気がした。


 やはり、あのクローン達には俺たちには言えない秘密がある。




 帰りの車中、相澤はずっとムスッとした顔をしていた。

 自分が気持ちよく仕事をしていたら、横から美味しいところを掻っ攫われたんだから仕方ない。


「なぁ」

「なんすか?」


 清々しいくらいに反抗的な態度で返事が飛んできた。まぁ、自分の仕事にプライドを持ち始めたってことは良いことだ。


「家元に兄弟っていると思うか?」

「はぁ?」


 相澤がバカを見る目で俺を見て来た。いくら怒っている時でも流石に失礼だ。


「家元泰宏の経歴、見てないんすか?」

「見たよ。隅から隅まで」


 相澤は返事を窮して、車内は無言になった。


「絶対に捕まる事はない筈なのに、なぜ、家元泰宏は奥歯の話を避けようとしたと思う?」

「これ以上、事件を長引かせたく無かったか……それが発覚すると、不利な情報だったから?」

「じゃあ、アイツらの不利ってなんだ?」

「逮捕される可能性が出てくる事……あとは世間にバレると会社のイメージが悪化する事」


 相澤は少し考えた。「待てよ、八体が急に九体に……」とブツブツ言っている。


「つまり、家元泰宏じゃない人間が紛れていて、その男が殺人を犯したって事ですか?」


 相澤の口調は、さっきまでの不貞腐れた子供から、いつもの刑事のものに自然と変わっていた。


「だが、ロボットアームの遺伝子アカウントは家元泰宏だった。そして殺した凶器は確実にあのロボットアームだ……じゃあ、どうやった」


 そこまで言うと、相澤もやっと気付いた様子だった。


「一卵性双生児」


 俺は相澤の返答と同時にバックミラーをチラッと見た。


「確か、家元泰宏の母親の婚歴は一度きりでした。でも、それは家元泰宏が15歳の時になった時。その前の結婚の記録は存在しない。確かに変だとは思いましたけど」

「金持ちの妾か何かだった可能性はあるな。そこは良くわかんねぇ。父親がヤクザのだらしないヤツだったって事もある。どっちにしろ、その父親側にも連れ子がいた可能性はゼロではない」

「その男が家元泰宏のクローンの中に紛れ込んだ……」

「クローンが急遽、一人増えたってのも、そいつを紛れ込ませる為って考えると辻褄が合うだろ」

「確かに、でも……」


 相澤はまた無言になった。

 だが、機嫌は戻っている様子だった。


「もしそれが事実だったとしても、かなり見つけられる可能性は低いですよ。そもそも時間がありません」

「だな」


 警察というのは同じ組織に見えて、それぞれの部署ごとに全く別な国のようになっている。

 どこかの部署が家元泰宏の情報を握っていたとしても、それをこっちに流してくれるお人好しはそうそういない。


「でも、これでビンゴだったら、大手柄ですよ」


 相澤が不気味な笑みを浮かべながら言った。

 配属されて来た時は「公務員なんだから手柄とかどうでもいい」みたいな腑抜けた若造だったが、結構、物騒な目つきをするようになった。


 平日のこの時間、都内の道路は次第に混み始めて来た。深夜に家元のマンションから署に戻る時は、この道もガラガラだった。

 早く捜査に向かいたい気持ちを削ぐように、俺たちの車は渋滞にハマってしまった。


 俺はもう一度、バックミラーを見た。


「相澤、署に戻らないで、どこか流して走れ」

「え? でも、やるなら早く調べないと」

「さっきからずっと尾行されてる」


 相澤は「え?」と後ろを振り返ろうとした。

 俺は咄嗟に相澤の両頬を右手でつまんで、無理やり前を向かせた。


「振り返るな、馬鹿」

「どれですか?」

「二台後ろ。さっきからキッチリ、二台後ろをキープしてる」

「でも、行く方向が一緒なだけじゃないですか?」

「家元の会社を出た時から、ずっとでもか?」


 それを聞いて、相沢に緊張が走るのが分かった。


「家元の会社の奴らですかね?」

「分からんな」

「山城さんは、家元のこと、ズカズカ聞いたからじゃないですか?」

「取り敢えず、人気の無い場所に車を移動させろ」

「うす」


 相澤は渋滞する車の列から外れ、郊外の人気の少ない倉庫外に車を停めた。


「警棒は?」

「お前の懐に入れておけ」


 後ろの車から降りて来たのは、人相の悪い風貌のスーツ姿の男たち。

 警戒していない素振りだが、周りの状況を効率良く見回して確認している。善悪はともかくとして、素人ではない。


「ヤクザですか?」

「可能性はあるな」


 そのうちの一人が車に近寄って来て、俺が乗っている方の窓ガラスを叩いた。


 俺は発砲を警戒し、数センチだけガラスを下ろした。


「山城昌也巡査部長ですね? 少しお話良いでしょうか?」

「何の様だ?」

「家元泰宏についてです」


 そう言った相手は俺にしか見えないように懐から警察手帳を見せてきた。


 同業者?


「お前ら、何者だ?」

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は警視庁の捜査四課の柴崎と言います」


 捜査四課?


 四課と言えば、暴力団や反社会組織を相手にする武闘派の奴らだ。

 四課が、家元に何の用があるんだ?


「取り敢えず、このままでは深いお話ができません。一度、外に出ていただけますか?」


 俺と相澤は促され、車の外に出た。

 警察なら命を取られることはないだろうが、水面下で家元を追っていた四課が、俺達に捜査を邪魔され、釘を刺しに来た可能性もある。


 とりあえず、まだ警戒を解くことはできない。





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