その5

 柴崎という男に促され、俺と相澤は車の外に出された。

 それを合図に柴崎が乗っていた車で待機していた二人の刑事もこちらに近づいて来た。


 こちらに数的有利を作っている様に見える。

 物腰は柔らかいが、油断はできない。

 コイツらが普段相手にしているのは、一筋縄じゃ行かない犯罪のプロ達だ。駆け引きの能力は俺たちより上と見た方が良い。


 柴崎の外見から察するに俺より少し下、相澤より上くらいの歳だろう。だが、身に纏ってる貫禄は俺以上だ。そして何より、その鎧の様に鍛え上げられた肉体のせいで背広までもが戦闘服に見えてくる。


「四課が張ってたって事は、ケラススはマル暴と関係があったのか?」


 俺はまず因縁かどうかの確認をするジャブを入れた。


「いえ、我々が追っていたのは家元泰宏ではありません」

「なに?」


 俺と相澤は顔を見合わせた。


「じゃあ、誰を追ってんだ?」


 柴崎が他の二人にアイコンタクトで確認をしている。二人が頷き、柴崎が俺と相澤側へ、数歩近づいて来た。


「これからお話しする事は、まだ内密でお願いしたいのですが」


 そう言って、柴崎が俺たちに顔を近付けた。


「お二人は、川藤明宏をご存知ですか?」


 その名を聞き、俺は少し驚いた。


「川藤明宏って、あの川口組の幹部のか?」

「そうです」


 川口組は関西を拠点に全国に強い影響力を持つ巨大暴力団組織だ。そして、川藤明宏と言えば、次期組長候補とも囁かれていた新鋭の幹部だ。


「だが川藤は確か、一年半くらい前に自宅の火事で死んだんじゃ無かったか?」

「ええ、表向きはその様になっています。ですが、ある筋からの垂れ込みで……実は川藤は生きていて、こっちに来ていると言う情報が入ったんです」

「なんだって!」


 相澤はスマホを取り出して、咄嗟に川藤を調べている様子だった。四課の連中の前で堂々とスマホをいじれる神経は俺には流石にない。


「それで我々は大阪府警のマル暴と合同で水面下で川藤の捜査を進めていました。そこで川藤には兄弟がいたんじゃないか? と言う疑惑が出て来ました」

「まさか、その兄弟ってのは……」


 相澤が後ろから「二人の顔、そっくりですよ!」と大声を出した。


「家元泰宏です。二人は幼少期を同じ地区で生活をしており、二人の姿を目撃したという証言も取れ、証拠も入手できました」

「本当か?」


 俺は身を乗り出したと同時に「なぜ、兄弟がいる」なんて結論に四課が達したのかを不思議に思った。


「自宅の火事で死んだ川藤明宏の遺体は偽物だと主張する人間から、川藤が生前に『兄弟』の存在を仄めかしていた事と聞きました」


 つまり、火災現場の遺体は別人で、川藤は死んだと見せかけて逃げ延びたという事か。

 この火事に事件は一年半前。

 家元の接ぎ木が行われる時期もその辺りだ。二つの時期は偶然か重なっている。


「川藤の自宅の火事は、家元泰宏のクローンができた一週間後です」


 相澤がタイミングよく合いの手を入れてきた。


 相澤が川藤明宏と家元泰宏の写真が出ているスマホを俺に出してくれた。

 確かに似ている。髪型や風体が少し違うが、そこを統一したらそっくりかもしれない。


 川藤明宏は家元泰宏を頼り、関西から東京へ逃げてきた。

 そして、家元泰宏としてクローンの中に紛れることで、追っ手から逃れる事にした。


 だとしたら、関西の川藤の自宅で見つかった焼死体は……


「ですが、我々の捜査はそこで行き詰まっています。家元泰宏側が捜査に全く協力的ではないからです」


 確かに、もしこれが事実だとしたら、家元泰宏側からしたら隠したい事実だ。まさか大企業の敏腕社長が日本社会の裏側の有力者と双子の兄弟だったなんて、イメージダウンも甚だしい。


「それで、こっちに何の用だ?」

「家元泰宏のクローン殺人の情報は、こっちにも入って来ています。捜査しているあなた達なら、ケラススの内部に入って話を聞く事ができる。それに……」

「このクローン殺人に川藤が関わっている可能性が高い」


 柴崎は無言で頷いた。


「我々の捜査を引き継いでいただけないかと思い、このような形で伺った次第です」


 タイミングとしては絶妙だった。

 俺たちも、欲しかった情報が向こうからやって来てくれた。これはツイてる。


「ですか、我々の中でも意見が割れています。捜査一課に事件を任すことをよく思っていない連中もいます」

「だろうな」


 プロ意識といえば聞こえはいいが、『俺がこの事件を解決する』という気持ちは獲物を狙う感覚に似ている。

 それが強すぎると、次第に拗れて『事件を解決する』という本来の目的から外れていく連中も多い。


 俺らが情報提供者に選ばれたのは本庁の捜査一課より、所轄の刑事のほうが反対派の目に届きにくいと判断されたのかも知れない。


「それでケラススから俺達を尾行して来たって事か」

「このような形でしか接触できなかった事は申し訳ありません」


 四課はあくまで川藤明宏の身柄を欲しがっている。

 俺たちが家元泰宏の中に川藤明宏が紛れている事を突き止めたら、向こうの捜査も進展する。

 利害は一致している。

 上手くいけば、家元泰宏の殺害と川藤明宏の自宅で死んでいた遺体の殺害で川藤明宏を逮捕できる。


「わかった。で、その情報はどうやってくれるんだ?」

「そちらが必要な情報は知っている限り提供しますが、こっち側の資料は反対派の目がある為に持ち出せません」

「じゃあ、どうするんだ?」

「一度、大阪に行っていただけませんか? そちらに川藤の遺体は偽物だと主張した人物もいます。資料はそちらで手渡しという事に」


 確かに、そんな人物がいるなら直接会って話が聞きたい。

 その為なら、大阪に行くくらい安いものだ。


「わかった。その条件を飲む」

「向こうで待っているのは安田という男です。これが連絡先です」


 そう言って、柴崎は安田という男と自分らの連絡先が書かれた紙を俺に渡してくれた。


「それではよろしくお願いします」


 柴崎達は用が済むと、すぐに去って行った。


「山城さんの読み、当たりそうですね」

「まだ決まったわけじゃねぇよ。取り敢えず、こっちでも調べないと何とも言えねぇよ」


 口ではそう言ったが、四課からの情報だ。相当、信頼できるものであるに違いない。


 家元のクローン達が隠したかったのは、これの可能性が高い。


 川藤明宏。


 だが、柴崎にも念を押されたが、これを全員に公表するわけには行かない。

 こんな劇薬レベルの情報をいきなり発表したら、むしろ捜査が混乱する恐れすらある。


 取り敢えず、捜査本部に戻り、課長にだけ話す事にした。

 課長はそれを聞き目玉を丸くした。わかりやすいが、誰でもそうなるだろう。もし本当だったら、世間が騒然となるビッグニュースだ。


「そ、それで、どうするんだ?」

「とりあえず、明日、大阪に行って来ます。そこで資料を受け取る予定です」

「よ、よし! 署長たちには俺から言っておく。と、とりあえず、今日はもう休め!」


 課長は緊張した面持ちでキャリア連中が集まる机の方に駆けて行った。


 これで数日は捜査は終わらないだろう。なんとか時間を稼ぐ手段を得た。そういう意味でも柴崎達には感謝をしなければならない。



 翌日。

 俺と相澤は始発の新幹線で大阪に向かった。


「柴崎さんからお話は伺っています」


 府警で待ち合わせた刑事は安田と言った。

 歳は俺より10は若いがガタイが良い上に、関西の暴力団相手に揉まれているだけあって、柴崎ほどではないが研ぎ澄まされた殺気と貫禄がった。

 その貫禄のせいで、安田と歳の近い相澤が配属した手の新人のように見えてしまった。相澤だって青瓢箪って訳じゃない、最近では貫禄みたいなものが出てきている。


 安田の車に乗せられ俺たちが向かった場所は刑務所。

 面会室で待っていると、強化ガラスの向こうの部屋から囚人服を着た若い男がやってきた。


 視線でわかる。カタギじゃない。

 だが……


「川藤勝司と言います」

「川藤? 川藤明宏の」

「息子です」


 安田がそう説明すると、ガラスの向こうの川藤勝司はペコっと俺達にお辞儀をした。

 俺は後ろに立っている安田の顔を見た。

 安田は「何でも聞いてください」と言わんばかりに頷いた。


 だが、この男……川藤明宏の息子というにはあまりにも頼りなさそうな風貌をしている。


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