その7 

 安田に駅まで送ってもらい、俺たちはその日のうちに帰る為に新幹線に乗った。

 朝イチで来たおかげで、今から乗れば、夕方までには東京に戻れる。


「もしかしたら、死んだのは川藤明宏かもしれませんね」


 相澤が駅弁を口に頬張りながら言った。


「だとしたら、柴崎に合わす顔がねぇな」

「でも、それ以外考えられなくないですか?」


 川藤勝司の言っていた事を全て事実だと仮定すると、確かに死んだのは川藤明宏という事がしっくりくる。


 家元泰宏と川藤明宏が一卵性双生児の双子だったとする。


 関西ヤクザに追われていた川藤は家元を当てにして東京にやって来た。

 しかし、川藤と繋がりがあると言うのは、家元には公表したくない事実。川藤の脅迫に渋々、家元は受け入れざる得なかった。

 そして、家元泰宏は川藤明宏を匿うために『クローンを一体増やす』と他の社員に言い、川藤明宏を自分のクローンとして会社の中へ入れた。


 それで頃合いを見計らい、家元泰宏は邪魔な川藤明宏を殺す。その時、川藤の遺体に金歯があると、その遺体が家元泰宏ではないと疑われ、川藤明宏と家元泰宏の関係が明るみになる恐れがあるので金歯は抜いた。だから遺体には奥歯がなかった。


 全てのピースを定石通りに並べてみると、こうなる。

 

 家元泰宏のクローン達が、事件の秘密を隠そうとしていた理由も説明できる。

 殺されたのが家元泰宏ではなく、川藤明宏だった場合、これはれっきとした殺人事件になるからだ。


 だが、少し引っ掛かることがある。


「遺体の殺されていた部屋、荒らされた形跡もなく綺麗だったよな?」

「ん? まぁ、酔ってる所をアームで殺されてますからね。抵抗はしなかったんじゃ無いですか?」

「もし、川藤明宏が家元泰宏を脅迫してたとしたら、脅迫する為の証拠の品を警察が来る前に処分しないとおかしい。だが、防犯カメラに映っていた家元泰宏は、そんな物持ってなかった」

「でも、証拠が実物とは限らないじゃ無いですか。パソコンのデータなのか……」


 そこまで言って相澤も気付いたようだ。


「パソコンにあったんだとしたら、遺伝子アカウントが同じ家元泰宏でもアクセス出来たはずだ。つまり、いつでも消そうと思えば消せる。だから、脅迫材料は実物で持っていたはずだ」

「つまり、警察が来る前に、脅迫材料がどこかに無いか探されていないのが不自然って事ですか? それはちょっと考えすぎじゃ無いですか?」

「だが、殺されたのが家元泰宏だった場合なら、現場の状況は不自然じゃない」

「川藤明宏が家元泰宏を殺したって事ですか?」

「会社を乗っ取る為に、家元のオリジナルが邪魔だったとしたら動機はある」


 そうなれば防犯カメラに写っていた、あのクローンは川藤明宏という事になる。

 ただ、それだと奥歯を抜いた理由が不明だが。


「でも、それって一つ不自然な点が出て来ませんか?」

「ん? なんだ?」

「クローン達が川藤明宏の殺人を隠そうとするのは不自然ですよ。脅迫され、家元泰宏が殺されたとなれば、世間も川藤を糾弾するはずです」


 確かに相澤の言う通り、川藤が殺人をしていた場合、家元側には絶好の世間に公表するチャンスだ。

 唯一、川藤明宏の被害者として公の場に出ていけるタイミングなのだから、そこで「双子の兄弟だった」と公表すれば、世間はむしろ同情の目で見てもらえる。

 だとしたら、確かに川藤が殺していた場合、家元のクローン達がこの事件の秘密を隠そうとするのは不自然だ。


「それに川藤犯人説の場合、山城さんが言っていた一番の問題にまたぶち当たりますよ」

「そうなんだ」


 殺した川藤明宏は『どうやって、殺すべき家元泰宏を特定できたのか?』という最大の問題。

 川藤は、なぜ、その家元泰宏を殺さざる得なかったのか? 殺されたのがオリジナルだったとして、どうやって特定した?


 どっちが殺していたとしても、不自然な点が出てくる。


「また、ふりだしに戻るんですか?」


 相澤がため息をついた。


「だが、家元泰宏が殺されていたとした場合、犯人は川藤明宏である可能性も出てくる。そうなれば、川藤明宏を炙り出す為、クローン達の協力を得られるかもしれない」

「確かに、クローンの中に川藤が紛れているなら、そうか……そっちの方がこっちには都合が良いですね」


 こちらの線で情報を手に入れるのが得策だろう。

 まずは川藤明宏がクローンの中に紛れている証拠を探す。これはクローンごとの会社での実績を調べれば、何か掴めるやもしれん。

 一卵性双生児だと言っても、川藤明宏は家元泰宏とは別の環境で育った人間だ。

 あれだけナンバリングを避けようとしていても、他の家元泰宏のクローンとは、どうしても仕事の成果で違いは生まれているはずだ。


 鉄は熱いうちに打てと言うが、クローンの記憶がすぐに同期されるのを考えると、時間が経てば経つほど、川藤明宏に有利な記憶が奴らの頭の中に入っていくかもしれない。


「俺は先に降りる」

「え?」

「ケラススに寄って行く。俺の荷物、署に持ってってくれ」

「え! ちょっと一人で手柄を取る気ですか!」

「お前は資料を本部に持って行って、みんなに拍手してもらえ。そっちはお前に譲ってやる」

「いや、俺の方、子供のお使いじゃないですか!」

「頑張れよ」


 相澤に荷物は任せ、俺は一人で終点の一個前の駅で新幹線を降りた。ここからの方が家元の会社には近い。

 クローンたちに話を聞く前に、秘書たちに最近の家元泰宏の異変について聞いてみようと考えた。


 家元泰宏のクローンは全てが家元泰宏として仕事をこなしている。そして秘書はそれぞれに一人づつが付いている。

 つまり、クローンが一人いなくなったと言うことは、今、仕事に溢れている秘書が必ず一人はいる。

 当然、事後処理などがあるにしても、他の秘書に比べれば暇な奴がいるはずだ。


 案の定、受付に誰でもいいから家元の秘書を呼んでもらったら、スグに通してもらえた。

 通された会議室に暫くして女性の秘書が一人、俺の為のコーヒーを持ってやってきた。


「突然、訪問して申し訳ない」

「いえ、捜査に何か進展がありましたか?」

「実は今日、大阪に行ってきたんです」

「大阪?」


 秘書はピンと来ていない様子で目を細めた。


「川藤明宏、と言う男をご存知ですか?」


 秘書の肩がビクッとなるのを見逃さなかった。

 刑事がいる場所に一人で来たこと、表情が丸見えになる俺の向かいに座ったのは、この秘書の落ち度だ。


「ご存知なんですね?」

「あ、いえ……にゅ、ニュースで何度か聞いた事があるような気がして」


 咄嗟に苦笑いで言い訳を出してきたが、流石に無理がある。


 川藤明宏には確かに逮捕歴はある。

 だがテレビのニュースなどで、そこまで大きく取り上げられた事は一度もない。

 しかし、『ニュースで……』と、動揺して川藤が暴力団の大物だってことも知っていると漏らしてくれた。

 事前連絡を入れずにやってきて正解だった。


「川藤が暴力団の大物だって知ってるようだが、川藤明宏の事をどこで知った?」


 秘書の顔が明らかに「しまった」という表情になった。


「その……テレビで」

「ここに来たんじゃ無いのか、川藤本人が? そこで知ったんじゃ無いのか?」


 秘書は無言で俯いてしまった。


 俺はそこで安田から貰った、幼少期の家元と川藤が並んで写っている写真を机に出した。


「右がおたくの社長だ」

「あ、確かに面影があります」


 秘書はその写真を見てまたミスを犯した。今度は写真を見たにも関わらず、全く驚かなかったのだ。


「驚かないのか?」

「え?」

「おたくの社長の左にいるガキ、ソックリだろ? この二人が双子だって知ってる様子だな?」


 秘書は「あっ」と声にならない表情を出し、また無言になってしまった。ここまでミスを指摘されたら、当然、もう何も行動できなくなっても仕方がない。


 獲物を自分の仕掛けた罠に嵌めた最高の気分だ。完全に落ちた。


「ここに来たんだな、川藤明宏は?」

「違います!」


 秘書が最後の足掻きと吠えるように声を出してきた。


「じゃあ、どうして知ってる? オタクの社長が絶対に誰にも知られたくない人間の名前を、どこで知った?」


 秘書はまた俯いた。

 しかし、次の瞬間、俺の予想に反して、何かを決意したような強い顔で頭を上げてきた。


「あの……ちょっとお待ち下さい」


 秘書はそう言って、椅子から立ち上がり、ガラス張りになっている廊下側の壁に、遮光用のスクロールを下ろして戻って来た。


「あの……この話は絶対に私が話したとは言わないでいただきたいんです」

「守秘義務は守る」


 秘書は大きく深呼吸をしてから、俺の方を向き直した。随分と大袈裟な態度をとるな。


「私、見たんです。社長とその川藤って人が、二人で会っている所を」


 秘書がそう言った瞬間、俺はデスクの下で柄にもなくガッツポーズを作った。


 やはり、川藤と家元は繋がっていた。


 あとはどっちが、どっちを殺したのか?

 それを突き止めるだけだ。




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