第29話 男尊女卑って、突き詰めると、そう進むんだ!?

「神殿で何不自由なく育てられる、男児おとうとの大切な役割ってなんですか?」


 いつもは授業の後に少しの雑談をするのだが。

 今夜に限っては、部屋に来て早々イスラへと詰め寄る。

 これはイスラが故意に私へと聞かせなかった内容だからだ。

 授業の後にしたら、退室を理由に誤魔化されてしまう気がした。

 

 逃がしませんよ、とイスラのチュニックの脇を掴み、ジッと青い瞳を見据える。

 イスラは少し困ったように瞳を揺らしたが、逡巡したのは少し間だった。

 私に対して『嘘はつかない』と前に言ってくれたので、こうして退路を塞げばイスラは答えざるを得ないのだ。

 

「……聞いてしまわれましたか」


 そう深いため息を吐きながら、イスラは認めた。

 今日まで故意に隠してきた弟たちの存在を。

 

「カーネリア姫の弟王子たちは、……災禍の折に神事で捧げられる高貴な生贄として、神殿で育てられます」


「……生贄、ですか」


 なんとなく、父の口調から察することはできたが。

 改めてイスラに断言されてしまうと、衝撃が大きい。

 

 女児に学を授けないのは、判らなくもない。

 日本だって、少し前まではそれが常識としてまかり通っていた。

 

 女児の扱いが雑なのも、男尊女卑の傾向を見れば、受け入れたくはないが、そういうものだろうと判る。解りたくはないが。

 

 だが、男児が。

 男に生まれたというだけで、有事に備えた生贄として育てられるとは思わなかった。

 

 ……男尊女卑って、突き詰めると、そう進むんだ!? びっくりだよ!

 

 イスラはただの『生贄』ではなく、『高貴な生贄』と言った。

 つまり、本気で『尊ぶべき男児だからこそ、神への供物として相応しい』という発想なのだ。

 口減らしだとか、孤児や旅人を都合よく使うのではない。

 本当に、心から素晴らしいものを神に捧げるつもりで、王族男児を生贄として育てている。

 

 そっと重ねられたイスラの手に、遅れて気が付く。

 温かな手には意外と強い力が込められていて、自分の手が小刻みに震えていることに気が付いた。

 私の震えを止めるために、力が込められているのだ。

 

「数年続く大干ばつや、飛竜をも落すほどの暴風雨といった天変地異でもない限り、使われない生贄です」


 実際に生贄として捧げられることはほとんどなく、成人して御役御免となる男児の方が多い。

 御役御免となった男児の例としては、奥宮を守る衛士えじだ。

 彼らは一般の兵士とは違い、扱いが一段も二段もいいのだと、イスラが教えてくれた。

 

「……いつか神様に捧げるかもしれないから、男児には病気になったら薬も与えて、何不自由ないよう大切に育てるんですね」


「本当に育つ見込みがないと判断されると、神殿ではなく奥宮で育てられますが」


「それがアコモ……」


 妹たちの大部屋で見つけた裸の男児おとうとは、死を待たれていた。

 どうせ育たないのなら、手間隙をかける前に早く死んでくれ、ということだろう。

 私が『玩具』という役割を与えたことで、手厚く世話をされるようになり、近頃は少しだけ元気が出てきた気がする。

 まだ大声で泣いてはくれないが。

 

「……生贄って」


 やめさせられないだろうか、とつい口から漏らしてしまう。

 前世ひめこの感覚であれこれと手や口を出さないように、とは時々釘を刺されているが、どうしても胸の内だけにおさめてはおけなかった。

 文化や考え方の違いといった『壁』はこれまでも感じてきたが、『生贄』という言葉の衝撃はこれまでの比ではない。

 

 学を与えられなくても、人間ひとは生きていける。

 しかし、生贄として命を捧げられてしまっては、生きていけるはずもない。

 

 女児の扱いが圧倒的に悪すぎると思っていたが、尊いとされて行き着く先が生贄だとするのなら、女児の方が扱いはいい。

 ただし、日本人の感覚としては。

 

「こちらに関しては、たとえカーネリア姫が我がままを申されましても……」


 生贄については神と神殿の領域である。

 いくら父王アゲートがカーネリアを溺愛していようとも、慣例を曲げることはできない。

 姫と王なら王の権力が強いが、王と神であれば当然神の方が強い。

 この国では、王権は神が与えるものなのだから。

 

 ……それでも。

 

 なんとかできないものだろうか。

 弟たちが生贄として育てられていると知って、何も考えずにはいられない。

 カーネリアであれば割り切れたのかもしれないが、私はほぼ白雪 姫子だ。

 日本人の感覚が、どうしても『生贄』という言葉に抵抗をする。

 

「弟王子の置かれている環境にご不満があるようでしたら……こう考えてください」


 生贄用に育てる男児がいなくなったら、代わりはどこから調達されてくるのか、と。

 私としては王族男児おとうとの扱いが気になったのだが、生贄の矛先を王族男児から逸らしたとしても、生贄を使った神事そのものはなくならない。

 この国は、王権を神が授けるぐらいには、神と密接に繋がった国なのだ。

 神の庇護から抜ける覚悟がなければ、王と民のすべてにその覚悟がなければ、神事を廃止することはできない。

 

 ……無理、だな。

 

 白雪姫子わたしとしては、それでもいい。

 問題ない。

 もともと『カーネリア』という意識が薄いのだ。

 王制が無くなろうとも、白雪 姫子自身は困らない。

 

 けれど、私を除いたこの国に住むすべての人間にとっては、国を土台からひっくり返すような決断になるはずだ。

 実際にはほとんど使われないまま御役御免を迎えるという生贄一人のために、下す決断ではない。

 

「……高貴な身分に生まれた者の務め、ということですか」


 認めたくはないが。

 理解もしたくはないが。

 

 ある意味で、これも高貴な者の義務ノブレス・オブリージュなのかもしれない。

 王の次に高貴な者として扱われるのは、この国では銀髪をもった王子・王女だ。

 これは王位を継ぐ可能性があるため、生贄にはできない。

 その次が正妃で、正妃は王の代わりに神殿に籠って祭祀を行う側だ。

 そして、その次に銀髪を持たなかった王の子が高貴な者として扱われ、女児よりも男児の方が尊ばれる。

 

 生贄として用意できる、最高の存在が王族男児だった。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


力関係的に

1、神

2、王

3、銀髪の王子・王女

4、摂政(宰相)・正妃

5、銀髪じゃない王子・王女

6、側室・妾

ぐらいの順番。

とはいえ、個人の才覚で前後するので、絶対ではない。

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