第28話 言葉だけは、いいお父さんなんだけどなぁ

「ネリや、少しやつれたのではないか?」


 お父さまは心配だ、と言いながら父アゲートが私の頬を撫でる。

 近頃持ち込まれるお菓子の量が増えていた気がするのは、このためだったらしい。

 ついに、父が気のせいと片付けられないぐらいに、減量の効果が外に現れ始めたのだ。

 

 ……ふくがダボッとしてるから、気付かれにくいと思っていたんだけどね!

 

 毎日会っていれば、日々の変化には気付かないだろう。

 そう思っていたのだが、案外早く指摘された気がする。

 少し痩せた、と。

 

 私としては喜びたいのだが、父としてはやはり心配なのだろう。

 溺愛する愛娘が、心労等には心当たりもないのに痩せてきたのだ。

 

「わたくしは元気よ、お父さま」


 やつれたなんて気のせいだ、とすっ呆けてみる。

 減量している、なんて話は父に聞かせない方がいい。

 何かあったのかと邪推されて、めぐりめぐってイスラに飛び火する可能性がある。

 

 ……ワンチャン、「お父さまも健康を意識しましょう!」とダイエットに誘うって手も……無理だろうな。

 

 可能性がゼロとは言わないが、健康のためと銘打って減量を勧めたところで、父が努力をするとは思えない。

 カーネリアが自分に甘かったように、父もまた自分に甘いのだ。

 

「そんなことよりも、近頃は妹たちとよく遊んでいます」


 良い姉でしょう? と盛大な話題転換を試みると、父はムッと眉を寄せた。

 減量に成功しつつあることから話を逸らしたかっただけなのだが、何か父の気に障ることなどあっただろうか。

 不思議に思いながらも、父の不機嫌さには気付かない振りをする。

 以前のカーネリアが意図して父の機嫌をとることなど、ほとんどなかったからだ。

 

「余が働いている間に、娘たちはネリを独占して遊び惚けておるのか……」


 ……え!? そっち?

 

 異性イスラはともかくとして、まさか同性いもうとにまで妬くとは思わなかった。

 関心がないことは知っていたが、カーネリアが関心を向けるだけで嫉妬の対象になるとは。

 

 ……これ、ちょっと、なにか変じゃない?

 

 父のカーネリアに対する執着は、少しおかしい気がしてきた。

 いや、以前からその溺愛っぷりには思う事があったが。

 それにしたって、姉妹に対してまで妬くものだろうか。

 娘を持つ父親として、娘から異性を遠ざけたいと思うことは、なんとなく理解できる。

 が、同性まで遠ざけようとするのは、少し異常だ。

 

「……『ネリ』も、お仕事してないわ」


 故意に『ネリ』と幼い頃の一人称を使い、父の袖を引く。

 父の気を逸らすには、カーネリアの子どもの振りが一番よく効いた。

 

「ネリも、お父さまのお仕事、お手伝いできたらいいのに……」


 女の子だから、難しいお仕事は手伝えません、と残念そうな表情を作って、父に甘える。

 流れで、勉強を許してくれるよう誘導はできないだろうか、とは思うが、これはもう少し計画を練った方がいい。

 私の双子の妹でも、学に手を出しただけで処刑された――まあ、実は生きているが――のだから。

 

 ……顔が好み、ってわけではないよね?

 

 双子なのでそれほど顔立ちの違わないセラフィナに処刑という判断がされているのだから、顔が理由でカーネリアを溺愛しているわけではない。

 これまでは太った子どもは私だけだから、同じ体型の親近感からカーネリアが可愛いのかとも思っていたが、たぶんこれも違う。

 軟禁され始めた頃のカーネリアは、今のような体型ではなかったのだ。

 

 ……カーネリアは、カーネリアだから溺愛されている。

 

 銀髪が理由なら、同じ銀髪のコイズも溺愛されているはずなのだが、そんな話は聞かない。

 イスラから聞いた話だが、コイズの扱いは、あくまで普通の王族男児に対するものらしいのだ。

 

 何が原因なのだろうか、と考える私の頭を父が撫でる。

 撫でる手つきにいやらしさはないので、カーネリアに対して下心を持っているわけでもなさそうだ。

 

「ネリは面倒な仕事などせずともよい。ネリが毎日を健やかに過ごしているだけで、お父様は幸せなのだから」


 ……言葉だけは、いいお父さんなんだけどなぁ。

 

 娘が健康で過ごしていれば幸せ。

 これだけを聞けば、確かにいい父親だ。

 

 しかし、実態は軟禁親父である。

 ある意味で育児放棄ネグレイトも入っているかもしれない。

 ただし、こちらについては文化の違いが大きい。

 妹たちの扱いが普通、もしくは普通よりも良いというのなら、頻繁にカーネリアの元を訪れ、様子を見に来ていることを考えれば、実はイクメンに数えられるかもしれないのだ。

 

「……そういえば」


 ふと、最初の疑問を思いだす。

 イスラが意図して私に教えてくれなかったことだ。

 

「お父さま、わたくしに弟はいませんの?」


 奥宮には妹しかいなかった。

 そう続けると、父は少しだけ考えるような素振りを見せたが、普通に答えた。

 弟は神殿で暮らしている、と。

 

「男児には男児の、大切な役割があるからな」


「神殿って……正妃さまのいらっしゃるところ?」


「いかにも。神殿は祭司長の管轄だ」


 王であっても年に数回しか訪れない神殿は、飛竜に守られた神域とされる高い山の頂上にあるらしい。

 あまりに高い場所だからか、徒歩で向かうことは命がけで、ではどうやって行くのかと言えば、飛竜とかごを使う。

 平時の飛竜騎士の半分は、神殿の警備についているそうだ。

 正妃が神殿に住んでいるという話は知っていたが、その他の話は初めて聞いた。

 

「ネリの弟たちは、神殿で大切に育てられておるよ」


 子どもというものは、成人するまでは『神のもの』だからな、と追加された父の言葉に、ザワリと胸が騒ぐ。

 なんとなく、『分別の付かない子どもは危険に自分から飛び込んでいってしまう』や『大人の世話が必要な弱い子どもはすぐに死ぬ』といった意味とは、違う意味で言われている気がした。

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