第23話 科学的根拠などなにもなさそうな話だが

「およ? 男児おとうとだ」


 てっきり奥宮には女児いもうとしかいないと思っていたのだが。

 大部屋を見学しがてら大きな籠を覗き込んだら、一人だけ男児がいた。

 一目で男児だとわかったのは、弟が丸裸だったからだ。

 見るからに乳児だが、オムツをしていない。

 

「マロン、この子は?」


「えっと、その子は……」


 どう答えたらいいのだろうか、とマロンが視線を泳がせてジェリーを見た。

 マロンの視線を受けたジェリーは、目配せをされている、ということには気付かずに首を傾げる。

 この場に他の侍女がいれば、マロンの視線に気付けたのかもしれない。

 が、今は侍女を連れていない。

 口へ入れる食べものを運ぶ、という意味では下女ジェリーよりも侍女を使うべきらしいのだが、私が大部屋に持ち込んだのは大皿に載せたオーチルだ。

 大皿運びが力仕事と判断されて、侍女たちはこの後の風呂の支度のため自室に残してきた。

 これすなわち、マロンを助けられる人物は、この場にいないということである。

 

「その子は、すごく体が弱いみたいで……」


 どうせ育たない、と判断されて、他の男児と同じ扱いにはならなかったらしい。

 男児は病気になれば薬も用意される、とイスラは言っていたが、さすがに乳幼児、それも体が元から弱いと判っている場合は、これに該当しないようだ。

 手間隙かけても育ちそうにないから、と女児の部屋へと運び――捨て――置かれたのだとか。

 

「……なら、わたくしが好きに扱ってもいいわね?」


「え? えっと、はい。この奥宮で、カーネリア姉様の望みが叶わないことはありません」


 ……なんだか、すっごく微妙な言い方されたな。

 

 カーネリアの望みはなんでも叶えられる。

 それは確かにそんな気がするが。

 聞こえの悪すぎる言い方だ。

 どんな我がままも叶えられる、なんて言葉は。

 

 ……赤ん坊って、絶対こんなに体温低くないよね……?

 

 前世で子どもを持った記憶はないが。

 なんとなく、小さな生き物は体温が高い、という思い込みがある。

 赤ん坊のお腹に触れて、体温らしい体温を感じない、というのは少し変だ。

 カーネリアの太った指先が赤ん坊の体温ほど温かいのか、逆に冷たいのか。

 どちらにせよ、違和感があった。

 

 ……ああ、そうか。

 

 男児は世話が雑な女児の部屋へと移された。

 そして、現在は籠の中に裸で放置されている。

 つまりは、この育つ見込みのない弱い男児は、衰弱死するのを待たれているのだ。

 

 子どもが無事に育つ可能性が低い世界なら、子どもは宝物のように大切に扱うのかと思ってしまうが。

 すぐに死ぬから、多く産もう。

 そんな発想をする世界で、今にも死にそうな子どもを手間隙かけて育てるはずがない。

 次の子が健康であることを願い、先の子は見捨てる選択をするのだろう。

 

 ……それに、ここに居るのは王の子。

 

 妻が十人どころか、三十人以上いるのが父アゲートだ。

 妹だけでこの場に十二人いて、男女の生まれる確率が半々だとするのなら、弟も十二人いると仮定していいだろう。

 弱い男児が一人死ぬぐらい、ここではなんということもないのかもしれない。

 これが銀髪の男児であれば、また話は変わっただろうが。

 

 ……なんていうか。

 

 世情、文化、風潮。

 いろいろな言葉に変えることができるが、根幹の問題は同じだ。

 王に溺愛される愛娘の我がままだけでは、変えることのできないものが、確かにある。







 ……よし、一年だ。一年頑張れ、弟くん。

 

 乳児の弟に『カーネリアの玩具アコモ』という役割なまえをつけて、大部屋の侍女に命じる。

 弟は今日よりカーネリアの玩具だから、死なせることは許さない、と。

 赤ん坊の世話等、なにも私が直接する必要はない。

 ただ、もう少し気にかけてほしい、と大部屋の侍女や下女へと声をかける。

 故意による衰弱死は許さない。

 カーネリアの我がままで、最大限生かす努力をしてほしい、と。

 

 ……まあ、私が見ることができるのは、最短で一年かもしれないけど。

 

 だから、一年間は頑張ってほしい。

 成人で奥宮の外へ出されたら、その後は手の出しようがないかもしれないので。

 この一年で、できれば健康な幼児に成長してくれることを祈るしかない。

 

 アコモの体温の低さが気になったので、抱き上げようとしたらマロンに止められた。

 そうしているうちに大部屋の侍女が布を持ってやってきて、アコモの下半身に巻きつける。

 つまりは、布オムツだ。

 今の今までは、オムツを穿かせたそばからすぐに漏らす、という赤ん坊なのだから仕方がないだろう、という理由で裸のまま放置されていたらしい。

 

 この対応が普通かどうかは、少し判らない。

 

 前世でも、他所の国では子どものズボンの股座には布がないことがある、というような話を聞いたことがあるのだ。

 ギリギリ、故意に腹を冷やそうとしたのではなく、これが普通の子育てである可能性はあった。

 

 ……一年は、私も考え付くこと全部試すよ。

 

 前世で育児書など読んだことはないが、欠片程度には保育の授業を受けている。

 オムツをつけて改めて手渡されたアコモを抱きながら、前世の知識を漁った。

 

 ……変なこと思いだしちゃった。

 

 前世の、何時代かは覚えていないが。

 体の弱い男児を、女児として育てる、という『おまじない』があったと聞いたことがある。

 科学的根拠などなにもなさそうな話だが。

 

 ……よし、やろう。

 

 そう即決してしまった私は、良くも悪くも大和魂が残っていた。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



 『おまじない』は漢字にすると『お呪い』。

 ちょっと字面がよろしくない。

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