第24話 そういうものだ、と諦めて立ち上がる

 妹たちは普段どう過ごしているのか。

 マロンに聞いたら、そこはカーネリアと変わらなかった。

 大部屋の中で好きに過ごし、食べて、寝る。

 勉強の時間はやはりない。

 ただ、分別が付く年齢になると、少しずつ侍女――この中にも異母姉はいる――が、将来的に侍女として働くための躾けをおこなってくれるそうだ。

 マロンとコロンの口調が違うのも、このためだった。

 

 部屋の外へはあまりでない、という回答は少し意外だった。

 一日中部屋の中にいて、陽の光が恋しくならないのだろうか。

 カーネリアもわたしから見れば軟禁生活を送っていたが、カーネリアの部屋には石造りの露台バルコニーがある。

 奥宮の外へ出なくとも、日光浴はできた。

 

 ……これは、本当にセラフィナがおかしな姫だった説が濃厚に……?

 

 奥宮から出て王城へと忍び込んでいたというセラフィナは、本当に女児としては異端だったのだろう。

 

 ちなみに、妹たちが部屋から出ない理由は、一応あった。

 彼女たちに言わせると、「日に焼けると、美しくない」とのことだった。

 日に焼けると聞いて私が思い浮かべたのは、健康美溢れる小麦色の肌の水着美女だ。

 美しくない、ということはない。

 

 不思議に思う私に、大部屋の侍女が説明してくれた。

 日に焼けるということは、労働者の証拠だ。

 逆に、色が白いと働く必要のない裕福な家柄の娘と見られて、嫁ぎ先がみつかりやすい。

 

 ……そんなこと、考えたこともなかった。

 

 しかし、言われてみれば前世でも『色の白いは七難隠す』などと、色白の肌には価値が見出されていたので、似たような話があったのだろう。

 

 ……じゃあ、室内遊びでも提案してみるかな。

 

 私の提案は、イコールでそのまま彼女たちには命令になる。

 そんな奥宮ここでの常識が、私にはまだ身についていなかった。

 

 ……まあ、結果的に大興奮でぶっ倒れた子もいるようなので、よし?

 

 基本的に部屋でおとなしく過ごす妹たちに、室内でとはいえ、走り回るという行為は新鮮だったようだ。

 だるまさんが転んだや椅子取りゲームは、意外に受け入れられた。







 ……ん?

 

 私が妹たちに混ざって遊んだのは、ルールを教える最初だけだ。

 カーネリアの巨体では、本気で妹たちに混ざって遊ぶのは危険である。

 主に、踏み潰したり、跳ね飛ばしたりとしそうで。

 

 そんな理由で、アコモを抱いたまま椅子に座って妹たちを見守る。

 知らない人間に抱かれた乳児など、警戒して泣き出しそうなものだが、アコモは静かなままだ。

 スヤスヤと眠っているというよりも、虫の息と表現した方がピッタリくる気がして切ない。

 

 ……どなたに祈るのが正解かは判らないけど。

 

 赤子の健やかな成長を願い、漠然とではあったが神に祈りを捧げる。

 時折髪が輝くので、祈りは届いているはずだ。

 最初に触った時よりはアコモの体温も感じられる気がするので、なんらかの神がアコモを助けてくれているのだと思いたい。

 

 ……あと、微妙に気まずい。

 

 マロンやコロンのように、積極的に話しかけてきてくれる子は、話しやすいのだが。

 こちらから話しかけても返事をせず、名前を付けようかと提案しても首を振った、非常に無口な妹が一人、私の背中に張り付いている。

 背中といっても、本当に背中にくっついているわけではない。

 背後の壁を背に立ち、何か言いたげにこちらを見つめてくるのだ。

 

 ……そのくせ、話しかけると無言なんだよね。

 

 答えが出てくるまでに時間がかかるタイプか、とも思って返事を待ってみたが。

 根競べには私が負けた。

 彼女の返事を待っているうちに、コロンが間に入って私の気がそれる。

 間違いなく、コロンは甘え上手だ。

 可愛い。

 

 ……? なにか……?

 

 ムワッと急に腹の辺りが暖かくなり、違和感に眉をひそめる。

 これまでに感じたことのない異変に、いったい何が、と抱いていたアコモの体を離せば、異変の正体はすぐに判った。

 

 ……やられた……。

 

 いや、これは仕方がない。

 相手は乳児で、まだ何もしゃべれないのだ。

 むしろ、お漏らしをしたというのに、未だに泣き出しもしないアコモの体力を心配すべきだろう。

 

 ……まあ、どうせこの後はお風呂だったし。

 

 衣は濡れたが、まあ気にしない。

 赤ん坊というものは、そういうものだ、と諦めて立ち上がる。

 そうすると、私の異変に気が付いた妹と侍女の視線が集まり、アコモのやらかしが知れ渡ることとなった。

 

「姫様っ!? 申し訳ございません! すぐにお着替えを……」


「ああ、玩具風情が、なんということを……っ」


 これで玩具アコモの運命は決まった。

 カーネリアの気を引き、延命に成功したのは一瞬だけだったな、と大部屋の侍女が口々に嘆く。

 一応、嘆いているところを見るに、アコモについては見捨ててはいたが、気にかけてもいたのだろう。

 人間というものは、そう簡単に割り切った行動ができるわけではない。

 

「ネリねーさま、かえっちゃうの?」


「アコモに漏らされたからね。姉様はお風呂に入って、着替えなきゃ」


 風呂からあがって少しすると、ほぼ毎日のように父がおやつを持ってカーネリアを訪ねてくる。

 さすがに、おしっこ塗れの格好で父を出迎えるわけにはいかない。

 

 アコモを抱いたまま――置いていったら、なんとなく次に大部屋を覗いた時にはアコモが消えている気がする――大部屋を出ると、コロンが付いて来た。

 私を帰すまいとしているのか、ひしっと足に抱きついてきて可愛い。

 なぜここまで懐かれたのかは判らなかったが、可愛いのでマロンを呼んだ。

 姉妹セットで呼べば、コロンを大部屋へ返すのも簡単だ。

 

 ……?

 

 ふと視線を感じて振り返ると、王族カーネリアの居住区画と王の妻子の居住区画の境界に、あの無口な妹が立っていた。

 話しかけても返事をしない妹は、なぜか私の後を追いかけてきたらしい。

 

「ついて来たければ、好きにしなさい」


 少し言葉が冷たくなったが、待っていても答えが返ってくる子ではないとすでに知っているので、構っていられない。

 濡れたアコモは着替えさせたいし、私も風呂に入らなければならないのだ。

 

 ……意外に度胸はあるよね? この子。

 

 ジッと境界と私を見比べていた無口な妹は、私が背を向けるよりも早く境界を飛び越えた。

 言葉はすぐに返ってこないが、態度には意外に早く出るらしい。

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