第22話 まあ、姉の威厳は示せたので、よし?

 栗色の髪の少女には、仮に『マロン』と名前を付けた。

 十二人も妹がいると、髪や瞳の色だけで見分けることが困難なのだ。

 だったら仮の名前をつけてしまった方が判りやすい。

 成人を迎えれば父が、父が忘れても生母か生母のそふが名前を付けてくれるだろうから、あくまで仮名だ。

 幼名みたいなものである。

 

 マロンはやはり大部屋の中で最年長の妹だったようで、他の妹たちの面倒をみることが多いようだ。

 他の妹たちも、マロンの指示を素直に聞いた。

 

 今日まで顔を合わせることのなかったマロンが一目ひとめで私を姉のカーネリアと見抜いたのは、簡単な話だ。

 銀髪の姫は、現在カーネリア一人しかいない。

 私が姿を現した時点で、即『カーネリアである』と誰でも判る。

 

「きょうは、あのおじちゃんじゃないの?」


「おじ……え? イスラって、コロンには『おじちゃん』に見える……の……?」


 たしかイスラは十九歳と聞いているが。

 三歳のコロン――と名付けたマロンの同母の妹――から見れば、イスラも『おじちゃん』なのだろう。

 どうにも納得がいかなくて首を傾げていると、コロンの言う『おじちゃん』はマタイのことだとマロンが訂正してくれた。

 

 ……あ、マタイもオーチル届けに来てたんだ。

 

 マタイ本人は『イスラが食べものを運んでいる』と言っていたが。

 自分の善行を主張しなかっただけで、マタイもこの話に噛んでいたらしい。

 どうりで、私に『もっと弟妹したを気にかけろ』と忠言をしてくるわけである。

 マタイは外国人だと聞いているので、この姉妹間格差に思うものがあったのかもしれない。


「ネリねーたま、あーん」


「いや、わたくしはいいから。コロンが食べなさい」


 人懐っこい性格をしているのか、幼いからか、はたまた食事前に妹たちの尊敬を得ることに成功したからか、コロンが私を好いてくれて可愛い。

 おデブで、少しお礼を言った程度で未だ侍女に驚愕されることがあるカーネリアなのに、自分から膝の上に乗ってきたかと思ったら、「あーん」と自分の分のオーチルを私へと差し出してくれていた。

 ありがたくオーチルを受け取り、コロンの口へとそのまま運ぶ。

 私は十分な量を食べているので、ここでさらに食べる必要はない。

 不思議そうに「?」とした顔をしつつも素直にオーチルを齧り始めるコロンの愛らしさは、筆舌に尽くし難かった。

 

 ……それにしても?

 

 食事の前にお祈りの習慣があるとは知らなかった。

 白雪 姫子の習慣で「いただきます」は一人でこっそりしていたが、カーネリアがこれをしたことはない。

 カーネリアにとって食事とは、ただ生きているだけで時間になれば目の前へと用意されるものだった。

 そのため、糧を得られることに感謝を捧げる、という発想がなかったのだ。

 

 これはおそらく父アゲートも同じだろう。

 

 カーネリアが一緒に食事をするほぼ唯一の人物が、父アゲートだ。

 その父が食前に祈りを捧げる習慣がないため、カーネリアもそんな習慣があると知らずに今日まできてしまった。

 

 マロンの手配でオーチルを配られた妹たちが、揃って食前の祈りを捧げ始めたことには驚いた。

 そして、そこは意識が日本人な白雪 姫子の私である。

 空気を読んで周囲いもうとの真似をし、いつものように髪を輝かせたのだ。

 

 ……まあ、姉の威厳は示せたので、よし?

 

 ただの太った我がままモンスターではない、と妹たちに示せたことはよかったと思う。

 おかげで、純粋な尊敬の眼差しを向けられている。

 

 コロンは幼すぎて分別が付いていないだけだが。

 物の道理というか、王族とそうでないものの区別は、大体五歳ぐらいで教えられるそうだ。

 

 七歳からは将来的に侍女として働くための躾けが始まる。

 イスラから聞いた話では女児に学は授けない、とのことだったが、マロンの一人称が『わたくし』であったり、姉である私への言葉遣いが丁寧すぎるのは、この将来に向けた躾けの影響だ。

 

 十歳になると、ある程度躾けが終わった、と判断され、奥宮から自由に出られるようになる。

 そこで王城で働く文官や武官と出会い、見初められ、さまざまな手順を踏んだうえで、将来が決まることもあるのだとか。

 

 ……可愛いと思うんだけどなぁ?

 

 マロンは可愛らしい顔つきをしていると思うのだが、本人曰く、不美人で嫁の貰い手がないらしい。

 成人しても姫としては奥宮に残れず、侍女になるだろう、と言って背筋を伸ばした。

 もしかしたら、マロンにとって今日の私の訪問は、就職のための面談のようなものと思われているのかもしれない。

 マロン曰く、銀髪の王の子は生まれた時から王族に数えられ、同じ父親を持つ子であっても、同じ立場ではない。

 同じ姉妹だなどと思いあがらず、主人として遇するように、と母親から言い含められているそうだ。

 

 ……そりゃ、『カーネリア姫様』呼びになるわけだ。

 

 姉ではなく、主として接しろ、と母親に言われて育っているのなら。

 そして、これを白雪 姫子としては『おかしい』と思っても、カーネリアにはなんの権力もなく、この姉妹間で格差のある構造を変えることはできない。

 それが判っているからこそ、イスラは最初から「構うな」と言ったのだろう。

 

 ……たぶん、妹たちの扱いを変えるだけなら、簡単なんだよね?

 

 カーネリアが父にねだればいい。

 妹たちにも、いい衣を、いい食事を、と。

 父はこれを否定しないだろう。

 妹たちに対して一切の『興味がない』のだから。

 溺愛する愛娘カーネリアの好きにすればいい、とだけ考えるはずだ。

 

 ……逆に言えば、私にすべての責任を負う覚悟があれば――。

 

 覚悟があれば、妹たちの待遇を改善できる。

 カーネリアが『奥宮にいる間だけ』は。

 

 カーネリアは現在十四歳だ。

 十五歳で成人ということは、そのうちどこかへと嫁ぐ可能性がある。

 カーネリアを溺愛する父が、カーネリアを嫁に出せるか、という別の問題はあるが、そこはあえて無視だ。

 私だって、これだけ女性の立場が弱いと判る世界で、下手なところになど嫁がされたくはないから、縁談はできる限り蹴ってやる――話が逸れた。

 

 最短で一年ないかもしれない奥宮にいられる時間で、最年長でも十二歳のマロンの将来を世話してやることなどできないし、三歳のコロンなど本気で奥宮に君臨するつもりで居座らない限りは不可能だ。

 なにもかもが、中途半端にしか手を出せない。

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