第19話 イスラの『貴女』は、本当の『カーネリア』

 二人で国を出ましょう、と囁くイスラに瞬く。

 イスラの破滅回避の手段として、考える一つの案だ。

 まさか、それをイスラの側から提案されるとは思わなかった。

 

「もっと、この国にこだわりがあるのかと思っていました」


「それなりに忠誠心はあるつもりですが……、カーネリア姫を奪われてまで仕えるほどお人好しではありません」


「でも、姫子わたしの知っているイスラは――」


 ゲームでのイスラは、国と心中をした。

 心中したようなものだ、と思っている。

 あれは、違ったのだろうか。

 

「カーネリア姫の天啓ぜんせの話でしたら……あの話の中には、カーネリア姫はいなかった、と聞いておりますが」


 それが理由ではないのか、とイスラは言う。

 前世で見たゲームのイスラと、目の前にいるイスラを『違う』と感じるのなら、ゲームにはカーネリアが出てこなかったことで差が生まれているのではないか、と。

 

「わたしが出てこなかったのは……モブだからでは? どう考えても、ヒロインって見た目じゃありませんし」


 『ごっど★うぉーず』は年齢制限のあるゲームだった。

 美少女ヒロインはゴロゴロといたが、カーネリアのような太ったヒロインは一人もいない。

 太った女がいい、という性癖も世の中にはあるそうだが、それを年齢制限ゲームのヒロインとして用意することは、なかなかないだろう。

 数多のヒロインを用意する度量があったとしても、わざわざ肥満ヒロインなど用意はしない。

 用意したとしても、せいぜい『ぽっちゃり』レベルまでだ。

 

「モブがなにかは聞きませんが、……カーネリア姫がいないからこそ、国に縛られていた可能性があるかと」


 例えば『自分の留守を守れ』とカーネリアに命じられれば、その命を果たす、もしくは次の命が出るまでは愚直に留守を守り続けるだろう。

 そんな自分なら想像できるし、前世の話にカーネリアの姿がなかったことにも説明が付く。

 可能性は他にも考えられるが、カーネリアのいる、いないで自分の行動が変わることになんの不思議もない、とイスラは言い切った。


「その言い方だと、なんだか……イスラにとって、カーネリアはすごく価値がある、みたいに聞こえるような……?」


 カーネリアがいる、いないで、イスラの国への忠誠心が変わるように聞こえる。

 忠誠心が変わるというよりも、忠誠の在り処が、だろうか。

 カーネリアがいると、国を出てもいい。

 カーネリアがいないと、国と心中をする。

 

 ……あれ? それだと、イスラが仲間になるシナリオだと、カーネリアが実は一緒にいたとか?

 

 白い飛竜を失い、視力を奪われたイスラには、特にそれらしい台詞はなかったと記憶している。

 せいぜいが、死の間際に残す台詞に『貴女』という女性の影が見える程度だ。


「『聞こえる』のではなく、そう伝えてきたつもりですが……私の言葉が足りなかったようですね」


 自分の主はカーネリアである、とイスラは言葉を重ねる。

 自分の忠誠は、カーネリアのものである、と。

 

「カーネリア姫に命を救われた時に、私の命はカーネリア姫のために使うと決めました」


「……そのカーネリアって、わたしじゃありませんよね」


 イスラの真っ直ぐな眼差しに、怖くなって視線を逸らす。

 この真っ直ぐな眼差しを向けられるべき『カーネリア』は、私ではない。

 その自覚があるからこそ、視線が痛かった。

 

「どう……でしょう。少なくとも、私の『カーネリア姫』は、私に伽を命じてきたカーネリア様ではありません」


 イスラの言う『カーネリア姫』は、以前の『カーネリア』ではないらしい。

 つまりは、雪妖精だるまになる前の、幼馴染の『カーネリア』だ。

 白雪 姫子の記憶にはない、カーネリアの記憶でも遡れない、本当に幼い頃のカーネリアである。

 

「リンクォを『リンゴ』と呼び、『お揃い』だと言って笑い、『ヒメ』と名乗った『カーネリア姫』です」


「……? 全部身に覚えはありますが……」


「下女に『ジェリー』と名付けた、も追加しましょうか」


「ますます覚えがありますが」


 すべてのおこないに覚えはあるが、それはここ最近の出来事だ。

 イスラが言う『命を救った』という話も、白雪 姫子になった日の可能性も否定はしきれないが、イスラがカーネリアに仕えるようになったというのは十年前だ。

 さすがに十年前のカーネリアは、今の私ではない。

 

「……やはり、覚えていませんか」


 それとも、カーネリアと姫子になったように、あの小さな姫もまた違う『姫』なのだろうか。

 

 ふとイスラの瞳の力が緩み、揺れる。

 今、何か、イスラの中で失意が生まれた。

 

 小さな溜息に気が付いて、逸らしていた目をイスラに戻す。

 イスラはまだ私を見つめたままだったが、一瞬前までの強い眼差しではない。

 

「……王が」


 気落ちしていると判るイスラに、なんと声をかけたらいいのかと悩む。

 イスラの瞳が、私の中にいるかもしれない『カーネリア姫』を探していることは判ったが、私にもカーネリアにも、イスラが言うような記憶はないのだ。

 

「アゲート王が、私を『罪人』と呼ぶのは、カーネリア様が『カーネリア姫』になった日からではありません」


 もっとずっと以前から、自分は『罪人』と呼ばれていた。

 なので、いざとなったら王の意向に逆らい、カーネリアを攫って逃げることぐらいは躊躇わない――そう続けたイスラは、もういつものイスラだった。

 怖いくらいの渇望も失望も瞳の奥に隠し、揺らさないし、揺らがない。

 自分の主は中身はどうあれ『カーネリア姫』なのだ、と決めている顔だ。

 

 ……イスラの『貴女』は、本当の『カーネリア』なんだ。

 

 親しそうだったし、幼馴染のようだったから、ジェリーがそうかとも少しだけ考えたが。

 さすがに解った。

 イスラの『貴女』は、ジェリーではない。

 カーネリアだ。

 私でも、以前のカーネリアでもない、『雪妖精だるま』と呼ばれる前のカーネリアが、イスラの『貴女』だ。

 

 ……なんだ、これ?

 

 イスラは『本当のカーネリア』を求めている。

 私は『ゲームで憧れたイスラ』に焦がれている。

 そして、そのイスラはカーネリアがいない状態でしか成立しない。

 

 私たちはお互いに焦がれ、しかし、お互いに別の人物を見ていた。

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