第17話 父の溺愛のほどが、改めて恐ろしい
自室に戻ってから乳母に話を聞いたら、侍女の一人、深紅の髪をしたザクロが異母姉だと判明した。
まさかの事実である。
姉と妹で、侍女と姫という扱いの差が発生していた。
しかも、父アゲートがザクロを娘として気にかけている様子など、一度も見たことがない。
さらに付け加えるのなら、ザクロに名前をつけたのは私だ。
父は本当に、銀髪を持って生まれた子どもしか、実子として扱っていないのだ。
……どこから手を付けたらいいのか、わからない。
異母姉と判明したザクロに、自分の扱いについてどう思っているのかと聞いてみた。
そうしたら、ザクロは不思議そうに首を傾げただけだったのだ。
なにを問題にされているのか解らない。
姉妹での扱いの差に、思うことなどなにもない、と。
仕事があって、屋根と食事と衣が与えられている。
それだけで幸せなのだ、と。
あまりによどみない答えと瞳に、私の方が衝撃だった。
価値観と文化が違いすぎて、寄り添うことが難しい。
白雪 姫子の価値観がこの世界では普遍的正義ではないと、嫌というほどに思い知らされる。
知らないことが『幸せ』だと思うのは、白雪 姫子の独善だ。
知らないことを『不幸』だと思うのも、白雪 姫子の独善だ
この世界は本当に異なる場なのだと、冷水を浴びせかけられた気分だった。
銀髪ではなかった王子については、イスラが授業の後で教えてくれた。
十五歳になって成人と認められると、本人の性格にもよるが、奥宮を守る
……奥宮でちょくちょく見かける護衛の兵士さん、まさかの全員異母兄ってこと……?
驚きのままにそう聞き返したら、さすがに全員『兄』ではない、とのことだった。
ただ、奥宮は王の家族が住む場所として、その警備に当てられる兵士も血筋が近い場合が多い。
すべてが『兄』ではないが、
……そして、イスラも『御役御免』については教えてくれない、と。
マタイの言った『御役御免』についても聞いたつもりなのだが、イスラはそこには触れなかった。
ただ、成人した銀髪に生まれなかった男児のその後についてを教えてくれただけだ。
「……銀髪じゃないだけで、そんなに扱いに差があるだんなんて、知りませんでした」
カーネリアの食事は、減らしてほしいと伝えてもなかなか減らず、逆に増やしてほしいという要望はすぐに叶えられるぐらいなのだが。
まさか、イスラがこっそり食事を運ぶほどに、銀髪ではないというだけの理由で弟妹の扱いが雑だとは。
弟妹は、意図的に軟禁されていたカーネリアとは違う。
弟妹には近くにそれぞれの母親がいるはずなのだ。
だからこそ、私も気にかける必要があるとは欠片も思わなかった。
「カーネリア姫は、銀の髪を持つ王の子の中でも特別です。さすがに弟妹ほどではありませんが、異母兄であるコイズ王子も、毎食のように白い小麦粉は出されていません」
「そういえば、白い小麦粉は贅沢品だって、言っていました……ね」
白い小麦粉が贅沢品だとは聞いていたが、前世の知識があるせいで、そこまでの贅沢品だとはいまいち思えていなかった。
まさか、王子に出すことも躊躇うほどの贅沢品だったとは。
そして、そんな贅沢な品を、父アゲートはカーネリアに許している。
父の溺愛のほどが、改めて恐ろしい。
少しずつ学んでいるこの世界の常識としては、男尊女卑が考え方として根付いている。
そんな世界で、王子よりも
「……
銀髪か、そうでないか。
それだけの差で食事量にも差がある。
それならば、学はどうだろうか。
これはただの確認だった。
さすがにそこまではしないだろう、という、私が安心を得るための確認だ。
けれど、イスラはこの質問に対し、わずかに逡巡した。
つまりは――
「男児でも、何も教えないんですか……?」
男尊女卑という空気は、嫌と言うほど感じているが。
まさか、王族の男児に生まれても、学から遠ざけられるとは思わなかった。
「いくらなんでも、それって変じゃ……」
「ヒメ」
男児にも学を授けない。
それは本当におかしい、と続けようとしたら、イスラに遮られた。
ご丁寧に姫子の名を使っているので、これは『私に』意識を促すためのものだ。
「……カーネリア姫の、『ヒメの中の常識』に当てはめ、弟妹を構おうとするのはおやめください」
誰も幸せにならない。
むしろ不幸を呼び込むことになる。
そう続いたイスラの言葉に、やはりイスラは何か隠しているのだな、と判った。
銀髪に生まれなかった王子は、十五歳まで生きれば衛士になる。
ただ、十五歳になるまでの期間については、イスラもマタイも私に教えてくれない。
そして、この十五年という期間は、親元で養育されているはずの時間だ。
「……マタイは、何不自由なく育てられる、って言っていたわ?」
「……その通りです」
どんな嘘も見逃すものか、とジッとイスラの凍った湖のような青い瞳を見つめているのだが、イスラに顔に表情はない。
完璧な無表情で、何かを私から隠していた。
……その通りです、って
納得できずにイスラを見つめていると、イスラは少しだけ困ったような顔をする。
頑固ですね、と呆れられてしまったので、私としても拗ねたくなってきた。
「何かを隠している、ってぐらいは判ります。どうせ騙したり、隠したりするのなら、私が気付かないよう完璧にやってください」
チラホラと何かが見え隠れしているから、気になるのだ、と指摘する。
イスラは私に聞かせたくない
言えなくても知ってほしい、察してほしい、知っておくべきだ、という内容をマタイはチラ見せしてくるのだ。
チラチラと見せられると、隠されたものは余計に暴きたくなるのが人情だろう。
「私はカーネリア姫に嘘をつきません」
「知っています。だから、言わないのでしょう?」
嘘をつかないと、何も言わないは、同じようでいて違う。
そこには必要な情報も隠されているはずなのだから。
「……」
「ほら、また!」
嘘をつかない、という発言自体が嘘である、とイスラが認識している証拠だ。
嘘をつかないから、『言えない』という態度になる。
だから『言わないのだろう』と指摘すると、答えに窮するのだ。
「……カーネリア姫が弟妹の境遇を気にかけるのは、気にかける必要がある……不幸だと判断しているからでしょうか」
「名前も付けられず、何も教えられず、
「雨風に悩まされない寝床、毎日必ず出てくる食事、成長とともに整えられる衣……これに加え、男児であれば病になっても薬が与えられます」
弟妹は決して不幸ではないのだ、と説明してくれるイスラと私の間に、どうしようもないズレがあることに気が付いた。
イスラもこれに気が付いていたからこそ、最初に言ったのだろう。
『ヒメの中の常識』とは、つまり私の前世の記憶のことだ。
白雪 姫子の感覚で言うと、名前も付けられず、学も授けられず、兄弟間で扱いに格差があるということは不幸でしかない。
が、イスラの感覚は違う。
生きるための環境が用意されているだけでも幸せなのだ、と。
男児であれば薬を与えられるということは、女児には薬すら与えられない、ということだ。
「カーネリア姫の仰る『学を与えられない』ということは、むしろ幸せなことでもあります」
「……幸せを知らなければ、不幸も判らない、っていうのは、なにか変じゃない……?」
少し自分の主張に自信がなくなってきてしまった。
異世界とはいえ、本当に常識が違いすぎて、衝撃が多すぎる。
「知った結果が、カーネリア姫の妹姫です」
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