第16話 いや、絶対これ違うやつじゃん

「もう一ヶ月続くんならよ」


 もう一ヶ月食事を制限するつもりなら、肉が余るだろう、と続いたマタイの言葉に首を傾げる。

 相変わらず出される食事量が減らないため、イスラや侍女と分けてこれを消費している。

 余る、余らないという話でなら、余らせてはいないはずだ。

 

 ……うん?

 

 ふと、少し前にマタイが言っていたことを思いだす。

 あまりにも自然に呟かれたので聞き流してしまったが、マタイは「近頃肉をよく食う」と言っていたはずだ。

 おそらくは、イスラが持ち帰った肉を、マタイに分けているのだろう。

 一人で食べきれる量ではないはずなので、それ自体は不自然でもなんでもない。

 

「えっと……? イスラに持たせる量を増やせ、って話?」


「さすがは姫様! 気前がいいねぇ!!」


 なにやら大きな声で陽気に返されたが、なんとなくこれは違うな、と判った。

 『気前がいい』という言い方に、なにか違和感があるのだ。

 

「……マタイ、わたくし、なにか間違った返事をしたの?」


「いンや? 別に?」


 ……いや、絶対これ違うやつじゃん。

 

 マタイは「別に」と言うが、これは絶対に言葉通りの意味ではない。

 マタイにとって私の返答は気に食わないものであり、それでもその事実を指摘することができないのだ。

 

 ……なんだろう? 何が問題なの?

 

 ふむ、っと考えてみるが、カーネリアの食事量とマタイとが結びついてくれない。

 せいぜい『イスラが持ち帰った肉を、マタイも食べているのだろう』ということぐらいだ。

 マタイも「よく肉を食う」と言っていた。

 イスラに肉を持たせること自体に問題があるようには思えなかった。

 

「なにか、すっごく含みのある『別に?』なことは判る」


「……ってか、姫様。マジで知らないのか?」


「何を?」


 含むものを感じるマタイに、そろそろ私も苛立ってきた。

 言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいいのだ。

 不満があるらしい本人カーネリアが目の前にいるのだから。

 

「……正直、わたくしはこれまでお父さまに囲われて育ってきたから、知るべきことをなにも知らない、と実感しているところよ」


 姫として何か知るべきことがあると思うのなら、聞かせてほしい、と先に折れる。

 睨み合っていても話は進まないし、それで話が進むのなら自分が頭を下げることぐらいなんでもない。

 絶対に頭を下げたくない、だなんて安いプライドは持っていないのだ。

 

 ジッとマタイを見据えていると、本当に折れたのはマタイの方だった。

 気まずげに私から目を逸らし、首の後ろに手を当てた。

 

「あー、……なんつーか? 姫さんの肉包みを、イスラは姫さんの弟妹きょうだいのトコへ運んでる」


「……はい?」


 マタイの探るような視線が妙に突き刺さるのが気になるが、それは瑣末なことだ。

 何を気にされているのかは判らないが、それよりももっと気になることがある。

 

「弟妹ってことは、王子や姫でしょう?」


 イスラが食事を運ぶ必要などあるのか、と驚くと、マタイは本当に知らなかったのか、とこちらも驚いていた。

 すでに成人しているコイズとは違い、十四歳のカーネリアの弟妹は未成年こどもだ。

 同じ奥宮に住んでいるので、知ろうと思えばすぐに様子を調べることができる。

 ただ、カーネリアの興味がなかっただけで。

 カーネリアに引っ張られた私もまた、特に弟妹へと意識を向けることもなかった。

 

「王子、王女と大切にされンのは、銀髪の子どもだけ、つー話は知ってるか?」


 それ以外の子どもの扱いは雑だ、と続いた言葉に衝撃を受ける。

 王の子であれば、すべて王子・王女だと思っていたのだが、この国では違うらしい。

 だが、指摘されてみれば気付くこともある。

 カーネリアの認識として、兄弟はコイズだけだ。

 ゲーム知識を持ち出してくればもう一人兄がいるが、あくまでカーネリア視点では一人である。

 弟妹がいることは知識として知っているが、自分の兄弟という実感はなかった。

 

「特に、小せェうちはまともに育つかどうかも怪しいつーんで、さらに雑だ」


「そこは逆じゃない? 丁寧に扱うのでは……?」


 無事に育つかどうか怪しいというのなら、丁寧に育てて少しでも生存率を上げようとするものではないのだろうか。

 そう指摘してみたところ、マタイからはまったく逆の答えが返ってきた。

 

「手間隙かけてから死んだ方が損だろ」


「あー……? そういう考えになる、の?」


 久しぶりに日本との常識の違いを感じ、驚かされる。

 乳児の死亡率が高いことに、死ぬより多くを産むことで対抗している結果だろうか。

 

 いや、これだと因果関係がおかしい気がする。

 

 そもそもとして、乳児を無事に育てるための努力がされていない。

 努力が惜しまれているのだ。

 

「それ、ある程度育つ見込みがたったら、扱いはよくなるの?」


「いいや?」


 扱いのいい子どもは、あくまで銀髪に生まれた子どもだけらしい。

 無事に乳児から幼児に成長し、少年・少女に成長したとしても、扱いはそれほど変わらないそうだ。

 

「あー、いや? 娘の方は選別されるな」


「選別……?」


 なにやらまた不穏な単語が出てきたな、とは思うが、口を挟まない。

 カーネリアが知らなかった、私が知るべき話をされていると判るからだ。

 

「女はアレが来るだろ。月のモノ? あれが来ると、選別される」


 そのまま姫として育てる娘と、それ以外とに。

 

「姫は、生まれた時から姫、ではないの?」


「使えそうな見目の娘と、そうじゃない娘の扱いが同じわけないだろ」


 たぶん、私が思っている以上に『王女』はいる、いたぞ、と続けるマタイの声が遠い気がする。

 あまりにもあんまりな内容すぎて、頭が理解することを拒否しているようだ。

 

 ……たぶん。

 

 本当に衝撃を受ける内容を、まだマタイは話していない。

 そう気が付いてしまった。

 

 マタイが話しているのは女児むすめの話だ。

 男児むすこの話はしていない。

 

「銀髪じゃなかった王子は、どうなるの……?」


 聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。

 今の私はカーネリアなのだ。

 姫であり、姉である以上は、弟妹たちのことを知っておく必要がある。

 そのはずだ。

 

「……銀髪を持って生まれなかった王子は……十五の成人まで何不自由なく育てられる」


「……そう、なの?」


 本当に? とここまでの話の流れから、なにやら不自然なものを感じてマタイを見上げる。

 なんとなく引っ掛かるものがあるのだが、確信はない。

 表面的には、なんの問題もない言葉なのだ。

 

「……? 十五歳を過ぎたら?」


 成人まで不自由なく育てられる、と聞いて疑問が湧くのだから、成人後の予定を聞けばその疑問は解けるだろう。

 そう続きを促したら、マタイは小さく肩を竦めた。

 

「十五まで生きたら、御役御免だ」


「御役、御免……?」


 やはり奇妙な言い回しをするのだな、とは思うが、マタイはこれ以上を私に聞かせてくれる気はないようだ。

 イスラばかりに構わず、少しは弟妹を気にかけてやってくれ、とマタイは話を結んだ。

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