第15話 5キロは誤差じゃないから

 思いつきで何か行動を起こす前に、一度自分に相談してほしい。

 そうすれば、ジェリーに『やり方』というものを仕込むこともできた。

 

 積極的にイスラを褒めよう、と普段の感謝を思いつくままに伝えたら、ダークブラウンの髪をボサボサにされたイスラにこう釘を刺された。

 照れ隠しもあった、と思いたい。

 

 ……イスラがイケメンすぎて怖い。

 

 もちろん、白雪 姫子が惚れた――魅せられた――イスラは、顔だけではないが。

 むしろ、イケメンなどただの入り口だ。

 二次元には顔のいい男キャラなど、それこそ掃いて捨てるほどにいるのだから。

 その中で群を抜いてイスラというキャラクターが心に住みついたのは、やはり彼の行動なかみだ。

 

 主人公プレイヤーとしての第一印象は、敵キャラだった。

 けれど、単純な適役と違って、イスラは仇というわけではない。

 舞台装置としての軍を手に入れるため、異世界転移してきた主人公が国主になるための設定せつめいとして叛乱が起こり、国が滅びる。

 ぽっと出の、軍を動かしたことなどなかったであろう普通の日本人青年しゅじんこうがシナリオの都合とはいえ叛乱を成功させられたことには、理由わけがある。

 

 シナリオの都合と言ってしまえばその通りなのだが、この国の内情がすでにボロボロだったからだ。

 イスラはすぐにも瓦解しそうな国を、一人で支え、守っていた。

 理由としては、民のためだ。

 主無き国は、国という形を保てない。

 国という大きな塊であることで、守られる民の生活がある、とゲームのイスラは考えていたのだ。

 

 そうしてイスラが必死で守っていた国を、コイズ王子とアゲート王が圧制を敷いて台無しにする。

 ゲームのイスラにとっては、足を引っ張る味方がすぎた。

 結局最後は――

 

 ……あれ?

 

 叛乱の終わりに表示されたテキストを思いだしながら、ふと違和感を覚えた。

 叛乱の終わりに王は叛乱軍に捕らえられ、即日斬首される。

 それまで国を牛耳ってきた宰相も捕らえられるはずだったのだが、宰相はイスラが殺した。

 国を主人公に明け渡すため、後顧の憂いは立つ、というような台詞を言っていたはずだ。

 

 ……宰相? 摂政じゃないの?

 

 ずっと『宰相』という役職だけを知っていたキャラが、今の私には『摂政ブロン』という名前のついた人物として認識されている。

 宰相と摂政では微妙に意味が違うが、今のこの国に『宰相』はいないので、摂政ブロンがゲーム内での『宰相』と考えていいはずだ。

 少なくとも、カーネリアの雑な理解では宰相と摂政は同じような意味になっている。

 

 ……イスラが、叛乱の決着がもうつくって場面で、文官さいしょうを殺すって変じゃない?

 

 なんとなく、イスラなら行き着く先が斬首とわかっていようとも、奸臣は捕らえて主人公に渡すか、民衆の裁きに任せるような気がするのだ。

 自分の手で裁くような真似をよしとするぐらいなら、最初から暗君であるアゲートの首を刎ねていても不思議はない。

 アゲートが王でなければ、そもそも叛乱は起こらないのだ。

 

 ……とりあえず、摂政が宰相に変わるところも、ゲーム開始時間の目安にはなるな。

 

 そういえば、と思いだす。

 私がカーネリアになってから、まだ一度もコイズの様子を確認していない。

 コイズは腹違いのカーネリアの兄にあたるが、カーネリアの興味が薄いせいで、私も彼に対する関心が薄かった。

 

 ……奥宮には住んでないよね? コイズ。

 

 カーネリアの記憶が、コイズは奥宮に住んでいない、と教えてくれる。

 ではどこにいるのか、と記憶を探るが、こちらは答えが出てこなかった。







 誤差の範囲と言われれば、たしかにその通りなのだが。

 はっきりと深く沈んだマタイの籠に、ここ二週間の成果をみた。

 

 レコーディングダイエットは毎日体重を記録するものだったと思うのだが。

 前世のように手軽な体重計はないので、私ができる体重測定は週単位で行う。

 幼竜用の秤とはいえ、準備がそこそこ大変だからだ。

 

「やりました! マタイより軽くなりました!」


「いやいや、姫さんが軽くなったってより、俺が重くなったのでは?」


 近頃よく肉を食うし、と続けるマタイを無視して、ジェリーをかす。

 前回ほぼ同じ重さだったマタイと雑に体重を量ってみたが、差が出ているのだから、今度はもう少し丁寧に体重を量りたい。


「……5キロ、ですか」


 丁寧に量りなおした結果、私の現在の体重は110キロだと判明した。

 前回は115キロだったので、5キロ減っている。


「やっぱ誤差の範囲じゃねーか」


「いやいや、5キロは誤差じゃないから」


 そもそもとして、運動のできないカーネリアの体で食事制限とストレッチ、風呂場でのバタ足等で5キロも減らせたこと自体がすごい。

 しかも期間はたったの二週間だ。

 これまでがいかに動かず、そして食べていたか、の証拠でもあった。

 

「二桁になったら運動も始めたいから、このまま順調にいけば、一ヵ月後には運動が始められる……?」


「一ヶ月も続くのか……?」


「すでに三週間ぐらい続いてますー」


 私がカーネリアになって、すでに三週間近く経つ。

 最初の時点では体重を量っていないが、二週間前は115キロだったので、その前はもっと体重があったということだ。

 

 いやに絡んでくるな、とマタイを睨む。

 軽口を叩くタイプだということはゲームで知っているが、こんな嫌な言い方をするキャラだっただろうか。

 

 ……いや、違うか。ゲームのマタイは主人公に対していたけど、今のマタイはカーネリアに対しているんだ。

 

 新たな主君となった主人公と、暴君の娘であるカーネリアとでは、マタイの態度が違うのは当然のことである。

 そもそもとして、私とマタイに接点は少ない。

 元から悪印象があるであろう私に対して、この程度の軽口で済んでいるのだから、やはりマタイは気のいい男なのだと思う。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 昨日と今日で1キロぐらいは誤差の範囲だと思う。

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