第14話 素でカーネリアになってきてない?

「……どこが問題なの?」


 送ってくれたイスラに感謝をした。

 それのどこに問題があるのか。

 

「……あ、リンクォに感謝をしろ、と? そういう話?」


「私が狭量であることは自覚しますが、さすがにそこまでは」


 リンクォにとっては、少しだけいつもより長めに散歩ができた、という程度の距離である。

 その程度の運動で、飛竜が感謝を要求などしないだろう。

 

「じゃあ、なにが問題?」


「あの若長は、感謝する相手を間違えているのですよ」


 間違えているだけならば、正すだけでいいのだが。

 イエシアスの若長は、間違えただけではないのだろう。

 若長のことを思いだしたのか、イスラのせっかく伸ばした眉間の皺が、再び深くなった。

 

「……カーネリア姫がしようとなさったことは、理解します。私もジェリーから一連の流れは聞きました」


 ただ、もう少し言葉を選べなかったのか、と問われて、なんとなく察する。

 あの時は、自分でもちょっとどうかと思う言葉を使って、若長と父を引き離した。

 

「……もしかして、あの人、わたしのことを何か言っていましたか?」


「…………」


 長い沈黙は、おそらく『肯定』だ。

 イスラは、若長が私について何か言っていたことで、怒っているのだろう。

 

「仕方がないじゃないですか。わたしは『カーネリア』ですよ? あの場で姫子わたしの言葉で話すことはできませんでした」


 白雪 姫子として話せたのなら、私だって人間に対して『ゴミ』だなんて言ったりはしない。

 少なくとも、対面では絶対に。

 

 けれど、あの場には父がいた。

 それも、すぐに若長から引き離した方がいいと判る状態の、苛立っている父が。

 

 娘の関心を引かれたとイスラに妬く父が、自分を苛立たせた若長がその愛娘に庇われれば、何をするかは判らない。

 放置しても死、庇っても死。

 それが予想できたので、あの場では若長を価値のないモノとして扱い、父の関心を自分へと向けさせた。

 

 最良の結果を得るための、最悪の態度だったのだ。

 

「むしろ、よくぞ人間ひと一人の首を繋げた、と褒めてください」


 少し拗ねた顔を作ってみせてから、気が付いた。

 これは、父と同じだ。

 父と同じ扱いを、イスラにしている、と。

 話をすり変えて、意識を自分へと向けさせることで煙に巻こうとしているのだ。

 

 ……私、素でカーネリアになってきてない?

 

 そんな気付いてはいけないことに気付いたが、ムッと顔を顰めたイスラを見守る。

 顔を顰めているのだから、怒っているのか、不快感を覚えているのだと思うのだが、雰囲気的にはそのどちらでもない気がした。

 強いているのなら、困惑だろうか。

 

「……褒める、ですか」


「え? 本当に褒めて、くれるの……?」


 なにやら本気で検討をし始めたらしいイスラに、父と同じ扱いで話を煙に巻いたという自覚があるだけに驚く。

 どちらかといえば、お叱りが増える返しだったと思うのだ。


「本来カーネリア姫に感謝をすべきイエシアスの若長が、貴女を――」


 ……ふーん?

 

 やはりというか、イエシアスの若長は、飛竜で送られる際に私のことを非難していたらしい。

 イスラの言葉は途中で飲み込まれたが、少しだけ聞こえてしまった。

 

 ……命を救われた側が、そうと知らずに命を救った側を罵倒していたら、イスラなら怒るだろうなぁ。

 

 表情かおへは出さなかっただろうが、不快には感じていただろう。

 あの若長は、イスラの公正で誠実な性格に感謝をするべきだ。

 そうでなければ、飛竜で送る際に空の上から落とされていたかもしれない。

 そもそもとして、イスラに若長を村まで送り届ける義理などないのだ。

 

「……失礼いたします」


「へ? は?」


 一言、断りを入れたかと思ったら、イスラが私の頭を撫でた。

 イスラの授業は就寝時間に行われるので、あとは寝るだけの状態として、普段はお団子とみづらを合成させたようなツインテールをしているのだが、今はそのまま肩へと髪が流されている。

 髪を撫でたところで乱れる心配もないので、意外に強い力で頭を撫でられて驚いた。

 

 異性に頭を撫でられるという行為は、もっと複雑な思いがするものかと思ったのだが――

 

「わ、ひゃっ!?」


 フィクションではよく見かける仕草に、本当にときめくものかどうか、と自分の心を分析する間もなく、頭から離れたイスラの手が両脇へと差し込まれる。

 そして、そのまま何を思ったのか、イスラは先日数字が判明してしまったカーネリアの巨体を抱き上げた。

 

「『よくぞ人間ひと一人の首を繋げた』、『私はおまえが誇らしい』」


「……っ!?」


 最初の言葉は私が要求した言葉そのままだったのだが。

 追加された言葉の終わりに、イスラはニカッと笑った。

 

 ……あ、え? 一瞬だけ?

 

 普段の印象とまるで違う笑い方に、瞬いている間にイスラは笑みを引っ込める。

 驚きすぎて思考が止まってしまったが、思考の硬直が解けてくると、なんとなく今の出来事が理解できてきた。

 

「とりあえず、重いと思います」


「そうですか?」


「そうですよ」


 下ろしてください、と伝えると、静かに床へと下ろされた。

 まさか、突然イスラにいわゆる『高い、高い』をされるとは思わなかった。

 

 ……あと、たぶん?

 

 追加された言葉は、イスラが誰かから褒められた際の言葉なのだろう。

 イスラは相手の年齢に関わらず、女性に対して『おまえ』なんて言葉を使わない。

 同時に出てきた行動が『高い、高い』であったことを考えると、イスラが幼い頃に身内の誰かがした褒め方なのかもしれない。

 

 ……カーネリアは、イスラのこと何も知らないんだな。

 

 十年前に三ヶ月だけカーネリアの側にいたと、イスラからは聞いた。

 白雪 姫子が知っているイスラは、ゲームの中で主人公の敵として、あるいは仲間として出てくる成人したイスラだけだ。

 イスラの子どもの頃のことなど、カーネリアも私も知らない。

 

 けれど、なんとなく察することはできる。

 

 ……イスラのこと、積極的に褒めよう。

 

 おそらくイスラは、褒められなれていない。

 だから、『褒めろ』という私の要求に応用がきかず、要求されたそのままの言葉と、男児用の言葉で対応してきたのだろう。

 普段見せないカラリとした笑い方は、イスラにそう笑いかけた誰かがいたのだ。

 

 ……推しの情報は、なんでも知りたいけど。

 

 あくまでそれは、画面の外での欲求だ。

 知りたいはたしかに知りたいが、今の私にとって目の前にいるイスラは『ゲームのキャラクター』ではなく、『生きた人間』である。

 感情や知られたくないこと、話したくないこともあるだろう。

 それを無理矢理聞き出すような無作法はしたくない。

 

 ……いつか、聞かせてくれると嬉しいな。

 

 そんな願いを込めて、イスラのダークブラウンの髪へと手を伸ばした。

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