第13話 あの人、どうなりましたか?

「……ところで、なぜジェリーに密偵の真似事を?」


 ジェリーを下がらせた授業が終わると、テーブルの上に広げた巻物を戻しながらイスラが口を開く。

 授業前の話の続きだ。

 いつの間にかリンクォやイスラの子どもの頃の話に変わってしまったので、改めてこの話題を出してきたのだろう。

 そういえば、これについてイスラは釘を刺してきたはずだ。

 半端なままでは終われない話だったのかもしれない。

 

「ジェリーには向いていないと思いますが」


「性格の話なら、わたしも向いていないと思います」


 性格の話でなら、ジェリーは密偵や諜報員としては致命傷レベルで向いていないだろう。

 素直すぎるし、自分で考えて行動をする、ということができない。

 臨機応変に動くことができなければ、諜報活動というものは難しいだろう。

 

はなしを集めてきてほしい、って課題も出しましたけど、ジェリーの報告になると解りにくいし」


「でしたら、なぜ?」


 ジェリーの言葉に直された報告は、片言と本質だけをむき出しにされたものが混ざり、解り難い。

 無駄がないのはいいことだが、ジェリーの性質を知れば、嘘の情報を掴ませたい誰かが悪用することも簡単だ。

 集めた情報の真偽など、今のジェリーに判断できるはずもない。

 

「ジェリーって、どうも『聞いた話をそのままそっくり覚えて持ち帰る』ことができるみたいなんだけど……」


 知っていましたか? と聞くと、イスラは真顔で固まった。

 どうやら、ジェリーのこの意外すぎる特技を、イスラは知らなかったらしい。

 

「……それは、たしかに……」


 密偵として育てれば、使いどころの多そうな能力だ、と納得したようだ。

 ただし、能力は向いていても、性格がまったく向いていない問題は解決していないのだが。

 

「それで、ジェリーを密偵として育て始めた理由をお聞かせいただけますか?」


「密偵として育て始めたというか……」


 きっかけは、普通に父と先日の男がもめていた理由を知りたかっただけだ。

 いずれこの国が叛乱によって滅びるということは知っているが、今の私は知っているだけで、何ひとつ行動らしい行動を起こせていない。

 学びはイスラが与えてくれるが、これだって、イスラの厚意に甘えて、私はただ椅子に座って待っているだけなのだ。

 せめて『知る』努力ぐらいは始めたい。

 カーネリアである以上は、自分の足で情報を集めることは難しいと解っているが。

 

「先日の騒ぎというと……イエシアスの」


「イエシアス……?」


 知らない単語が出てきたぞ、と首を傾げると、イスラが説明を追加してくれた。

 イエシアスというのは、先日父王アゲートが足蹴にしていた男の住む村の名前だった。

 彼は村長の息子だという話だったので、名付けるのなら『イエシアスの若長わかおさ』といったところだろうか。

 

「ジェリーでは、村の名前までは出てきませんでしたか」


「あの男の人の言葉を、そのままには教えてくれたんですけどね……」


 このあたりも、要検討事項だろう。

 ジェリーの記憶してくる言葉は、口語だ。

 視点が発言者のものになるので、発言者にとって当然の事柄になると、その説明が抜けていることがある。

 他者の感想が混ざらないという利点はあるが、こういった欠点もあった。

 

「性格が向いていないのは、直しようもないと思っているので、あとは私がジェリーの言葉を理解できる方向に進化していこうかな、と」


 他者を変えるよりも、自分が変わる方が簡単である。

 他者は私の意思だけでは変えられないが、自分のことなら私だけの問題だからだ。

 今後、本当にジェリーを密偵として使おうと思うのなら、ジェリーの持ってくる情報を活かせるよう私が学んだ方が早い。

 

「あの人、どうなりましたか?」


「……」


「え? なんですか? その沈黙!」


 怖い、と太い自分の肩を抱く。

 王に睨まれて、無事に村まで帰ることができたのか、と気になったのだが、イスラの沈黙が怖い。

 あの場でできるフォローをカーネリアとして最大限おこなったつもりだが、やっぱり父アゲートが何かしたのだろうか。

 父の関心はすべてカーネリアに向けさせたつもりだったのだが。

 

「イエシアスの若長は、無事に村まで送り届けました」


 なので、王に無礼を働いたと首を刎ねられるようなことにはなっていない。

 そこは安心していい、とイスラは続ける。

 自分が飛竜を使って村まで送り届けたので、アゲート王があの若長のことを思いだして兵を差し向けたところで、追いつけない、と。

 

「よかった。……なら、どうしてイスラは不機嫌そうな顔になっているの?」


「……カーネリア姫の気のせいです」


「気のせいじゃないと思います」


 気が付いていないのか、とイスラの眉間に寄せられた皺へと手を伸ばす。

 今は私に向けられた悪感情ではないと判るから手を伸ばせるが、これが私に向けられた悪感情なら怖くて身が竦みそうな顔をしていた。

 ある意味見慣れた、以前のカーネリアがよく向けられていた表情だ。

 あのイエシアスの若長は、イスラの中で以前のカーネリアと同じ扱いを受けているようだ。

 

「あの人、イスラに何かしたの?」


「私には感謝しているようでしたよ。死を覚悟して直訴に来たのに、生きて村に帰ることができた、と」


 自分は送って行っただけなのだが、とイスラは納得のいかない顔をしている。

 感謝をされるいわれはない、と。

 

「……どこが問題なの?」







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 時間切れにつき、このお話もう1話続きます。

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