閑話:イスラ視点 肉包みの行方 1
「なんか、スンゲー贅沢なモン食ってンな、おまえ」
「あげませんよ」
今にも伸びてきそうなマタイの手から
カーネリア姫が余るから持っていけ、と言った肉包みは、侍女の手によって油紙に包まれ、携帯が可能な状態に整えられて渡された。
おかげで飛竜の鞍に隠すことができていたのだが、人目を避けて休憩中に食べてしまおうとしたら、面倒な男に見つかってしまう。
主に、体格に合わせて胃袋も大きい、という意味で。
「白いオーチルとか、初めて見た」
「そうですね」
『オーチル』というのは、肉包みの料理名ではない。
正確には丸く、薄く焼かれた生地のことだ。
マタイが『白い』と驚いているように、普通は薄茶色をしている。
カーネリア姫に用意されたオーチルが白いのは、オーチルの材料となる小麦の粉の製造工程が一般的なものよりも多く、代償として作られる量が薄茶の小麦粉よりも少ない。
王アゲートがこの希少性を気に入り、自分とカーネリア姫に供される料理に使う小麦粉は、この白いものと決めた。
「しかも、肉がはち切れんばかりに丸々と詰まって……」
「実際に、用意されたオーチルでは間に合っていないようでした」
カーネリア姫は楽しそうにオーチルで肉を包んでいたが。
皿に用意された肉をすべて包む前にオーチルがなくなり、少し困っていた。
……まあ、残った肉も油紙に包んで持たせてくださったのですが。
これはマタイの前で出さなくてもいい情報である。
肉体労働をする騎士なら、このぐらい食べるだろう。
余ったとしても、他の騎士と分ければいい、と言っていたカーネリア姫には申し訳ないが。
カーネリアならともかく、カーネリア姫から与えられたものを、他に譲る気はない。
「あー、あーあー、ああーっ」
「……」
肉包みを口へと運び、噛み付くのに合わせてマタイが恨みがましい声を出す。
少々どころではなく、鬱陶しい。
こうなることが嫌で、人目を避けることができる建物の陰を選んだはずなのだが、なぜかマタイに見つかってしまった。
この男は、とにかく変なところで目ざとい。
「……貴方は、兵舎で十分な食事を取っているでしょう」
「おまえもな」
兵舎で用意される食事は、種類は少ないが量がある。
兵士として体を作るために多く食べるよう教えられるが、体格のいいマタイは
少ない、足りない、他者から奪ってでも食べたい、というほど餓えているはずはないと思うのだが。
なぜか肉包みを食べる横に張り付かれて、判りやすく分け前を要求されていた。
「……リンクォの鞍に、もう一包みあります」
鬱陶しいので、仕方がない。
次があったら、今度こそマタイに気付かれない場所を選ぼう、と深く溜息をはきながらもう一つの包みを差し出す。
もう一つの包みは、オーチルで包まれてはいない。
ただの肉の山だ。
ただの肉であれば、手放すこともそれほど惜しくはない。
……むしろ、マタイは
体が資本であるため、兵士の食事は十分な量が用意されている。
しかし、それでも限度というものがあった。
数ヶ月から一年で大量に作られる穀物とは違い、肉は年単位での飼育が必要になる。
狩ってくればまた話は変わるが、すべての兵士の腹を満たすだけの肉を用意しようとすれば、あっという間に国中の鳥や獣が姿を消すことになるだろう。
毎日のように肉が食卓に載る家など、ほぼ無い。
兵士に用意される肉も、個数制限――そうでもしないと、肉の取り合いで兵士同士の間で喧嘩が頻発する――が設けられていた。
カーネリア姫のように山盛りの肉を食べられる機会があるとしたら、祭りの日ぐらいだ。
「こっちには白いオーチルがねぇな」
飛竜の鞍を探って油紙を見つけたマタイが、早速油紙を開いて中身を確認する。
中に包まれているのは五種類の肉だ。
カーネリア姫は味付けが違うと言っていたが、正確には部位も違う。
カーネリア姫と王に供される肉は、柔らかく、油の乗った良い部位ばかりだ。
「貴方は肉だけ食べていれば満足でしょう。……肉包みはあげません」
「肉は肉だろ。……なんか違うのか?」
なにか違うのか、と聞かれて、しばし考える。
オーチルに包まれてはいるが、マタイが持っている肉と、肉包みの中の肉は、同じものだ。
飛竜の背からカーネリア姫が包んでいるところを見たので、間違いない。
「肉包みは、カーネリア姫が手ずから包んでくださったので、私が食べないわけには……」
贈り主が食べることを想定したのは、自分である。
それゆえに、自分が食べないわけにはいかない。
そう
「そんな義理立て、必要あンのか? だいたい、おまえのそのほっそい体のどこにそんな量が入るンだよ」
「入りますので、ご心配なく」
細身の見た目から小食だと誤解されることはあるが。
これでも、成人前から兵士として身を置いている。
よく食べ、いい体を作れ、という新兵に施される教育は、十年前にはもう修了していた。
見た目に反して大食漢である、というのが古参兵たちの自分に対する認識である。
二年前に飛竜を連れてふらりと現れ、飛竜騎士として雇われたマタイは、まだこれを知らなかったのだろう。
……そういえば、マタイは余所者でしたね。
妙に馴れ馴れしく、ぐいぐいと絡んでくるので、忘れていたが。
マタイが飛竜騎士として雇われたのは、ほんの二年前のことだ。
……だから、でしょうか?
自分に絡んでくるのは。
古参兵は自分の生まれを知っているので、あまり絡んではこない。
新兵や年齢の近い同僚は、年齢のわりに階級の高い――飛竜騎士という職種、軍に所属している年月を考えれば低すぎる――自分を遠巻きにするばかりで、親しくなろうとする者はいなかった。
思い返してみれば、自分に必要以上にかまってくる人間など、カーネリア以外ではマタイぐらいだ。
「……んで、なんで姫さんが今さら肉余らせてんだ? これまでだっておまえをさんざん追いかけ回してたが、
「……、……昨日の、あれが原因でしょうか?」
そういえば、と思いだす。
リンクォの処刑騒ぎの際に、カーネリアは『リンゴ』『お揃い』というような、気になる言葉を口にした。
もしやと思い、カーネリアと二人で話をしたくて少々強引に刑場へと連れ出したのだが、その際にカーネリアは自分の体重を「重い」と気にしていたはずだ。
カーネリア姫によると、あの時にはすでに今の『カーネリア姫』だったので、カーネリアの太りすぎた体が気になるのだろう。
ふくよかな体は富の象徴だが、カーネリアのそれは太りすぎだ。
自分なら抱き上げられない重さではないが、新兵などでは難しいだろう。
「姫は減量を決意されたのでしょうか」
「減量……いや、まあ、そうだな。いくら巨乳でも、同じぐらい腹も出っ張ってるからな。いろいろな意味で燃えな……ンなに睨むなよ」
「睨んでなどおりませんよ」
無自覚か、と言いつつもマタイは油紙を懐に抱え込む。
気の変わった私に、油紙の中身を取り上げられることを警戒しているのだろう。
カーネリア姫から与えられたものを、カーネリア姫を侮辱する者に分け与える義理はないと思うので、マタイの警戒は正しい。
食事中でなければ、すぐにでも油紙を取り上げているところだ。
残念ながら、肉包みが包まれた油紙を膝の上に載せていたため、即座に動くことはできなかった。
「しっかし、あの姫様が減量ね……何日続くかな」
「とりあえず、今朝のカーネリア姫も、昨日のカーネリア姫でしたよ」
一晩明けても、カーネリア姫がカーネリアに戻っていることはなかった。
カーネリア姫に魔よけの石を届けた後、姫の祈りが神に届くことを報告するため再度祭司長を訪ねた。
そのせいで今朝は身支度の時間が取れなかったのだが、飛竜の朝の運動としてリンクォを飛ばしている時に、遠目に奥宮の
飛竜の朝の運動は日課だったが、カーネリア姫の姿を見たのは今日が初めてだ。
そして、カーネリア姫の姿を見つけたのは、自分だけではなかった。
リンクォもまたカーネリア姫の姿を見つけ、飛竜の制御を失う。
リンクォは一目散にカーネリア姫の元へと飛び、カーネリア姫はそんなリンクォを可愛がっていた。
少し前までのカーネリアとでは、ありえない光景だ。
カーネリア姫が大好きなリンクォは、逆にカーネリアの方を毛嫌いしていた。
どちらも同じカーネリアだというのに、だ。
自分がカーネリア姫を見分けたように、リンクォもまたどこかでカーネリア姫を見分けたようだ。
「食べきれないから、と肉包みを持たせてくださいました」
「そらぁ、ホントに珍しいな。あの姫さん、料理が余っても、シモジモのモノには分けネェだろ」
そう聞いたことがある、というマタイが聞いた話は、自分も聞いたことがある。
侍女や使用人に料理を下げ渡すなんて、とんでもない。
下々の者が残りものとはいえ、
……まあ、噂は噂でしかありませんが。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
書き終わらなかったので、もう1回イスラ視点です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます