閑話:イスラ視点 肉包みの行方 2

 カーネリアが料理を捨てる、という噂は、ただの噂だ。

 実際のところは、カーネリアは料理を残さない。

 好物は皿まで舐める勢いで食べる。

 確かに、嫌いな料理は手もつけずに残すが、それだって料理の載った皿を自分の視界に入らない場所へと下げさせるだけで、床に捨てるわけではない。

 そうして下げられた料理は、あとで侍女や料理人たちが食べるので、本当の意味で捨てられることもなかった。

 

 ……誰が流した噂なのか。

 

 近年は自分を追いかけて兵舎や訓練所まで顔を出すようになったカーネリアだが、それ以前のカーネリアは奥宮に籠ったままで姿を見せることはなかった。

 王の側室や愛妾、その子どもたちが暮らす奥宮に入ることができる人間は限られていて、外へ出ることができる人間も限られている。

 カーネリアの実態を知る人間が、外で噂をまくことは、実のところ難しい。

 そう考えると、カーネリアに纏わる多くの噂は――

 

 ……誰かが故意に、悪意を持って振りまいている。

 

 いったい誰が、奥宮に籠って姿を見せないカーネリアの評判を下げたいのか。

 

 ……カーネリア姫の評判を落として得をするのは、コイズ王子ぐらいですね。

 

 王アゲートが溺愛するカーネリアと、銀を持つ王族として遇されるコイズ王子は、微妙な力関係にある。

 本来なら女性の継承権など、他に後を継ぐべき男児がいない時にしか気にされない。

 

 が、この国の王はカーネリアを溺愛するアゲートである。

 

 溺愛するあまり、銀を持つ他の子どもとの扱いに差をつけ、じぶんのものと定めた白い小麦粉まで惜しみなく与えている。

 あの王が、娘可愛さに王子を差し置き、カーネリアを後継者として定めても、不思議はない。

 そして困ったことに、コイズ王子の継承順位を無視できる理由が、カーネリア姫にはできてしまった。

 コイズ王子の祈りが神に届いたとは聞いたことがないが、カーネリア姫は少し心を動かすだけで神へと声が届いてしまう。

 王権を神が授けるこの国において、カーネリア姫ほど次代の王に近い王族はいない。

 

 ……ただ、コイズ王子に政敵の悪い噂を流して評判を落す、というような考える頭が……策謀をめぐらせる方だとは、思えないのですよね。

 

 カーネリアは、王とは体格といった意味で似た親子だったが。

 コイズ王子は、性格が王と似ている。

 怠けも――物事を泰然を受け止めて動じず、怠惰――従者、従僕に信をおき、その言葉を疑わず、傲慢に――王者としての風格があり、色欲にも――王族の務めに積極的だ。

 そんなコイズ王子が、カーネリアを蹴落とす必要がある、と気付くとは考えにくい。

 こちらが気にかけておく必要はない、とまでは思わないが、疑うべきは別の人物だろう。

 

 ……摂政ブロン、あたりでしょうか?

 

 現在の王アゲートは、幼い頃に王位へついた。

 その執政の補佐として実権を握ったのが、摂政ブロンだ。

 本来なら王の成人とともに摂政の座を退くべきだったのだが、王が成人を過ぎた子を何人ももつ年齢になっても、いまだに摂政の座を降りる気配がない。

 

 摂政ブロンも、カーネリア姫の評判が落ちると得をする人物である。

 というのも、コイズ王子を産んだ13番目の妻――身分が低いので、正確には妾に数えられる――が、もともとはブロンの妾だった。

 つまりは、摂政ブロンの息がかかった妾が産んだ、銀を持つ王族男児がコイズ王子だ。

 コイズ王子が王位に付けば、次の御世も自分が実権を握れる、と考えても不思議はない。

 

 女性であることを考えれば、カーネリア姫が王位に付いた方が確実に摂政という座が用意されるのだが、カーネリアはブロンを嫌っていた。

 カーネリアが王位に付いた時に、用意された摂政の座につくのは、ブロンにはならないだろう。

 

 ……カーネリア姫には、味方が少なすぎる。

 

 祭司長である正妃は、人間の政へは口を出してこないので中立だ。

 王アゲートは娘を溺愛しているが、学ぶことを遠ざけるように、娘を王位に付けることを本当の意味では考えていない。

 乳母は我が子のように育てたカーネリアを愛しているが、その愛し方は王と似ている。

 この三人は、カーネリア姫の味方とは言い切れないだろう。

 

 能力面ではまったく期待できないが、三人の侍女は長年のカーネリアの暴走にも耐え続けた、なので信用はできる。

 下女のカーネリア姫への忠誠心は疑う必要がないので、これもカーネリア姫の味方だ。

 

 ……もう少し、カーネリア姫の味方を増やした方がよさそうですね。

 

 カーネリア姫の味方を増やす。

 そう当面の指針を決めれば、次に自分がとるべき行動も決まった。

 カーネリア姫が国の崩壊を防ぎたいと望むのなら、自分はその意思に添うだけだ。

 

「白いオーチル、食べたいですか?」


「お? なんだ? 何をさせるつもりだ?」


「話が早くて助かります」


 自分の中で考えが纏まり、肉を摘み喰うマタイに声をかける。

 兵舎の食堂であれば横から奪われないよう掻き込むように食べる必要があるが、今日は最初から人目ひとめにつかない場所を選んで油紙を広げた。

 そのため、一枚一枚肉を味わって食べる余裕があったのだ。


 その余裕が、マタイを地獄へと叩き落す。

 

 変わりにカーネリア姫が手ずから包んだ肉包みを分けてやるので、差し引きはゼロだろう。

 少なくとも、力ずくですべてを奪い返されるよりは、分け前があるだけ得だ。

 

「貴方の得意分野ですよ。……はりきって働いてください」







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 昨日書ききれなかった分なので、短いです。

 カーネリア姫とイスラだと、見えるもの、感じるものが違います。


 どんどん予定から逸れていくイスラの性格……こう、散歩の途中で歩きたくなくなって、座り込んで、引っ張っても、呼んでも、ぴくりとも動かない柴犬(偏見)みたいな不動さを予定していたのですが……カーネリアの知らないところで勝手に動き出した模様。

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