第13話 無知は罪だって、思い知りました

 明かりを求めて露台バルコニーへ出るのは時間的に寒いので、机の上に勉強道具を並べる。

 準備のいいことに、イスラは小さめのランタンを用意していた。

 おかげで、夜中だというのに室内で読み書きが問題なくできる。


 砂に文字を書くというのは、少し難しい。

 小さく書くとなぞった部分から砂が崩れてきて、文字を隠してしまうからだ。

 そのため、ある程度大きく文字を書く必要があり、あまり多くの文字を一度に書くことはできない。

 それでもイスラが教えてくれる文字を丁寧に真似て、形を頭の中へと叩き込んでいく。

 学生時代にアルファベットを覚えたような、単純作業だ。

 今のところは文字の形を覚えるだけなので、躓くことなく進んでいく。


 ……真面目に、マジメに勉強はしているんですよ? 本当ですよ?


 本当に真面目に、集中して勉強をしているつもりではあるのだが。

 視界の端に映るイスラの手が、なんとなく気になって仕方がない。


 私に文字を教えているイスラは、自身は暇だからか、もしくは最初からその予定だったのか、私の対面に座りながら、手仕事をしていた。

 『魔よけの石』こと丸い漆黒の石を、革紐を器用に編んで包みこみ、装飾品を作っている。


 ……あれ、つまり、最終的にカーネリアが貰えるんだよね?


 推しの作った、世界で一つの推しグッズである。


 肌身離さず持っているように、と言われた石を使っているので、最終的にあの皮細工はカーネリアに渡されるはずだ。

 肌身離さず持っているように言われて、服の中へ入れて持ち運ぶことの残念っぷりからは開放されそうである。


「……手が止まっているようですが」


「スミマセン」


「気になりますか?」


「……少し」


 推しがどうこう、という意味でも気になるが。

 白雪 姫子としては、手芸はけっこう好きな方だった。

 前世では編み物に少し手を出した程度だったので、皮細工の経験はないが、他者ひとが物づくりをしている場面に出合えば、その手元をじっと観察したくもなる。


「……カーネリア姫に身に着けていただく品です。額飾り、髪飾り、首飾り、帯紐、腕輪……今なら調整ができますが、どれがよろしいですか?」


「いつでも身に着けていられるものでお願いします」


「そうなると……首飾りか、腕輪ですね」


 髪飾りや額飾りは眠る時に外すし、帯紐も着替えれば外してしまう。

 肌身離さず身に着けるという条件でなら、これらは候補から外れた。


「首飾りは……睡眠中は危険ですね。そうなると、あとは腕輪ということになりますが」


足環アンクレットなんてどうですか?」


 カーネリアの衣は、丈が長い。

 侍女たちはギリギリ床に付くか、くるぶし丈かという長さの衣を身につけているのだが、カーネリアの衣ははっきりと床に付いている。

 そのため、足首までしっかり衣の中へ隠れるので、こっそり『魔よけの石』を身に着けておく場所としては、丁度いい。


「……ヒメ」


 おや? と再び呼ばれた白雪 姫子の名前に、視線を手元からイスラの顔へと移す。

 イスラは口元を手で隠し、視線は完全に私からも、手元からも外れていた。

 仕草と表情的に、イスラの今の感情は『照れ』だろうか。


 ……今の会話の、どこに照れる要素が?


 イスラが照れる要素が判らず、では違う感情か、とイスラの表情をじっくりと観察する。

 照れが不自然だというのなら、恥じらいだろうか。

 ランタンに照らされてはいるが、顔色までは違いが判らなかった。


「……意味を知らず、使ってしまったのだとは思いますが」


 男性に足環をねだってはいけない、とイスラは私から目を逸らしたまま続けた。

 足環を男性から贈られることには、違う意味があるのだ、と。


「ええっと……?」


 なんだかイスラが言いにくいような意味があるようだぞ、とカーネリアの記憶を探る。

 が、特にカーネリアの知識から足環に関するものを拾い出すことはできなかった。

 ということは、意図的にカーネリアの耳へ入らないよう制限されていた意味と単語の可能性がある。


「……夜伽の意味を知っていた、ということは、カーネリア姫は、男と女がすることについては……?」


「知識としては、一応知っています。えっと……性的なアレコレについて、ですよね?」


「はい。そのアレコレの話です」


 どうやら最初の衝撃をやり過ごすことに成功したらしく、イスラの逸らされていた視線が私へと戻ってきた。

 おかげで気が付いた。

 イスラの先ほどまでの表情は、『照れ』でも『恥じらい』でもなく、動揺だ。

 どうやら私は、イスラが思わず動揺して目を泳がせてしまうような問題発言をしてしまったらしい。


「……あの、なんだか、とんでもない問題発言をしてしまったようだ、ということは理解しました」


「ご理解、ありがとうございます」


「それで、ですね?」


 他所で同じ失敗をしないよう、ちゃんと意味を教えてほしい。

 そう伝えると、イスラは真顔で硬直した後、長い、長い溜息をはいた。


「……男女の、アレコレの際に……こう、足を……」


 足を開きます、と言いながらイスラは両手で空を掴み、左右に開く。

 その仕草がなにを指しているのかが解り、自分が何を言ってしまったかを、薄っすらと察した。


「人妻も夫君から贈られた足環を着けていますが、主には娼婦が着けていますね。……幾重にも」


「あの、イスラ? なんとなく察したので……」


 ごめんなさい、もう許してください。

 わざとでも、からかう目的で説明を求めたのでもありません。

 そう謝ったのだが、イスラは許してくれなかった。

 どうせ互いに気恥ずかしい思いをするのなら、一度に済ませておいた方がいい、と。

 失敗は一度で終わらせておこう、と。


「純潔を重んじるカーネリア姫におかれましては、私に足環を作れとおっしゃられることは――」


「ほとんどねやへの誘い文句だ、ということは理解しました! もう言いませんっ! ごめんなさいっ!」


 知らなかったとはいえ、イスラに夜伽を命じたカーネリアと同じことを言ってしまった。

 これには反省なんてものではない。

 猛省しても、まだ足りない。


「無知は罪だって、思い知りました」


 思い返してみれば、イスラは最初から足環を候補に挙げていなかった。

 隠し持つには絶好の場所だと思ったのだが、別の意味があるからこそ、最初から足環は候補にならなかったのだろう。


「……それで、カーネリア姫。『魔よけの石』は、足環にしますか?」


「意地悪ですよ。ちゃんと理解しました」


 腕輪にしてください、と伝えると、思わずだとは思うのだが、イスラは小さく声を漏らして笑った。

 無様にうろたえすぎた雪妖精だるまが滑稽だったのだろう。


 少し意地悪だ、とは思うのだが――


 ……画面の外からは見れない推しの微笑み、プライスレス。


 意外な一面を見れた、と思えば、からかいのネタにはされたが、これも悪くないと思ってしまうのだ。

 これはもう完全に――


 ……推しが可愛くて辛い。


 心の片隅に、別の感情が芽吹き始めている自覚はあるが。

 あえてそれには蓋をし、見ない振りをして、推しを愛でる。

 私はただ、推しを愛で、推しの破滅を回避し、推しの幸せを見たいだけなのだ。


 それ以上の邪念など、私が持っていいはずがない。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


カーネリア「ほとんどベッドへの誘い文句だって理解しました」

イスラ「どちらかと言うと『貴方のお嫁さんになりたい』という意味ですね。娼婦の場合は自分に求婚してきた客の数で、それを身につけて飾ることで自分の値を上げています」


微妙に誤った理解のまま、次の更新は20日です。

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