第12話 これでもカーネリアは姫なのだが

「……つまり、ナニかシていると……思われている、の?」


 姫君の部屋への、夜の訪れが制限されていない。

 それはつまり、あれだ。

 カーネリアがイスラに命じた『夜伽』の話が、侍女や警備の兵士には通っているのだろう。


 ……部屋、暗くてよかったっ!! 絶対、今、顔赤いっ!


 現代日本のように煌々と輝く室内灯など、この世界にはない。

 いや、国によってはあるのかもしれないが、少なくともこの国は蝋燭やランタンだ。

 そして、基本的に夜更かしなどしないカーネリアの部屋に照明道具など置いているはずもなく、もっぱら夜目と月明かりが頼りだった。

 そんな状態なので、私が年甲斐もなく赤面していようとも、イスラに気付かれることはない。


「私とカーネリア姫がどうこう、とは思われていないはずです」


「ホントに?」


「……はい」


 これを見せてきたので、とイスラが掲げたのは、昼間露台バルコニーの向こうへと放り投げた薄い木の箱だ。

 書字版の代わりとして使い、文字の勉強をした。


「カーネリア姫は王の目を逃れ、夜中にこっそり文字の勉強を始めた。そのために、私を『夜伽』と称して呼び出した、と思われています」


 昼の間に木の箱を使って少し勉強をしているため、あとは勝手に周囲が話を作ってくれる。

 カーネリアの求めに応じ、言葉通りの『夜伽』など、自分イスラがするはずはない。

 以前からイスラとカーネリアを知っている周囲の人間が、そう自分たちが納得のいく話を作り上げてくれるようだ。


 この場合、下手に正しい情報を与えようとする必要はない。

 むしろ、『丁寧な説明をしない』ことこそがコツだと思う。

 丁寧に誤解を解こうと説明をすればするだけ白々しく、逆に嘘くさく聞こえてくるからだ。


 事実として、カーネリアはイスラに夜伽を命じたが、イスラが白雪姫子わたしにしてくれるのは授業である。

 夜伽と称して勉強をしているというのは、正解ではないが、まったくの間違いでもないのだ。


 ……うん。これ、確定。カーネリア、イスラに嫌われてたな。


 嫌っていたカーネリアに夜伽として呼ばれ、素直に応じるイスラではない。

 そんな信頼と実績があるので、イスラが夜に私を訪問したとしても、言葉通りの『夜伽』が行われているとは、誰も考えないようだ。


「……この世界、未婚の男女が同じ部屋に二人きりでいるだなんて!! とか、言わないんですね」


 女性向けweb小説の、ふわっとした貴族間における鉄板設定だった気がする。

 未婚の男女が二人きりになるなんて、けしからん。

 淫行に耽っているのではないか、と邪推されるとかなんとか。


 純潔は重んじないのだろうか。

 一応は、これでもカーネリアは一国の姫なのだが。


 そう思ったままを口にしたら、イスラは不思議そうに首を傾げた。


「純潔に、なんの価値が……?」


「え? 価値ないんですか?」


 互いに「何を言っているのだろう?」と疑問符を頭にいっぱい浮かべて見詰め合ってしまう。

 まさか、純潔に価値がない、と言う男性がいるとは思わなかった。

 というよりも、純潔しょじょが大好きなのは、男性の側だと思うのだが。


「政略結婚に使う娘とか、処女じゃないと……本当に結婚相手の子どもかどうか、判らなくないですか?」


「政略で結ばれる婚姻でしたら、嫁ぎ先で子どもを産むことは前提条件です。むしろ、経産婦である方が望ましいぐらいかと」


「経産婦……え? 中古通り越して子持ちでもいいの!?」


 思わず出てしまった『中古』という単語の解説をイスラから求められたが、自分でもあんまりだと思うネットスラングだったので、これについては遠慮させてもらう。

 ネットスラングとして知ってはいるが、それを言葉として使う人間にはなりたくない。

 思わず使ってしまったのは、他の言葉が咄嗟に出てこなかったからだ。


 ……でも、そうか。純潔にはこだわらないのか。


 さすがは、年齢制限エロゲームの世界である。

 処女であっても、パカパカとヒロインたちが足を開くだけはある。

 あれらは商売的な都合だけでなく、世界観からくるところもあったようだ。


「カーネリア姫が経産婦に驚く理由は判りませんが……」


 政略で結ばれる婚姻というものは、家と家の繋がりである。

 その繋がりを強固にする手段として、両家の血を繋ぐ子どもの誕生というものは、判りやすい。

 そのため、女性の側が子どもを産める体であることが重要となってくる。

 その点で経産婦は、すでに子どもを産んでいることから、『子どもを産める体である』という証明になっていた。


 ……そっか、日本とは違うもんね。


 イスラの解説を聞いているうちに、なんとなく理解できてしまう。

 現代日本ではピンと来ないかもしれない話だが、子どもを産むというのは命がけの仕事だ。

 子どもが無事に生まれないことも、母親が出産時に死んでしまうこともある。

 生まれた子が無事に育つ可能性は、現代日本でならそれなりに保証されているかもしれないが、七五三という言葉があるように、かつては七歳まで無事に育つことすら親の願いで、祝い事だった。

 そもそもとして、男女どちらであっても子どもが望めない体の人もいる。


 ……むしろ、経産婦の方が価値がある、って可能性があるんじゃあ……?


 少なくとも、政略上の結婚で、娘を嫁に出す側にとって『間違いなく娘は子どもを産める体である』と証明できていることは大きい。

 差し出す商品むすめに、保証があるのだ。

 この場合、逆に嫁を貰う婿の側が難しいかもしれない。

 経産婦である嫁にいつまでも自分との子どもができなかったら、種無しの烙印を押されてしまうのだ。


 少なくとも、今のこの国で純潔しょじょに価値はそれほどないらしい。

 もちろん、生娘がいい、という嗜好もあるので、まったく価値がないということではないが、それは本当に個人の趣味趣向だ。

 花嫁に純潔が求められる場合は少ない。

 生まれた子どもがすべて無事に育つような安定した世界ではないので、死ぬより多く子を産む必要がある。

 そのため、子種を仕込むことについては、それほどタブー視されていないようだ。


「……じゃあ、カーネリアがイスラに夜伽を命じたのは……?」


「王の耳へ入れば私の首が刎ねられますが、……ありえない話ではありませんでした」


 内容が内容なだけに、気まずくなって互いにそっと目を逸らす。

 カーネリアの夜伽宣言は、この国の常識としては、ありえない話ではなかったらしい。

 そんな『ありえない話ではない』という認識ながら、イスラにお断りされたカーネリアの残念っぷりに、現カーネリアとしては申し訳がなさすぎた。


 ……せめて、三段腹を均して、魅惑のくびれなりなんなり、女体の魅力を身につけてから迫ればよかったのに……っ!


 それでイスラが夜伽に応じたかは謎だが。

 少なくとも、雪だるまに性的な意味で迫られる、というような恐怖体験をイスラに味あわせることはなかったはずだ。


「……それで、どういたしますか?」


「へ?」


 なんの話だろう、と話題が変えられたことは判ったが、逸れる前の会話の流れは判らなくなっていた。

 いろいろと常識が違いすぎて、衝撃が大きすぎたのだ。


「砂を持っていますので、昼間の続きができます。それとも、室内を歩きますか?」


「あ……」


 本当に、逸れていった話をイスラは軌道修正することにしたようだ。

 薄い木の箱の横に、砂の入った袋を並べた。


「……早く文字を覚えたいから、昼間の続きをお願いします」


「承知いたしました」






■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 ナーロッパを避けた結果、ふわっとした常識設定も、だいぶ違う感じになりました。

 政略結婚で花嫁の産んだ子が他所の子だったらマズくね? 問題は、「無事に生まれるか判らない」「無事に育つか判らない」「無事に成人まで生きるかも判らない」「女児である可能性」「長男が跡継ぎとは確定していない」など、いくらでも解決策が用意できるので、この世界のこの時代では、こういう常識なのだ、ぐらいに受け止めてください。

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