第11話 食べて寝るだけの一日だった
朝食とほとんど同じメニューの夕食を食べて、また風呂に入る。
山盛りのお肉を侍女に分けたら、また驚かれた。
これはもう、しばらくこのままだろう。
カーネリアのこれまでが、これまで過ぎた。
……食べて寝るだけの一日だった。
天蓋の中に入って寝転がり、天井を見上げてしみじみと思う。
カーネリアの一日は、食べて、寝るだけで終わる。
今日はイスラが少し文字を教えてくれたが、それは今日が特別だっただけだ。
普段のイスラは、カーネリアが兵舎や兵士の訓練場まで覗きに行かないと、姿を見せることはない。
つまり、カーネリアは基本的に食べて、寝るだけの生活をしていた。
付け加えるのなら、娯楽らしい娯楽もないので、積極的に動くこともない。
なんだったら、日が沈めば就寝時間だ。
食べて寝るだけの生活で、その活動時間自体が短い。
……これで太らない
自由時間自体はあるのだから、どこかで運動の時間を作れないだろうか、と考えて、すぐにこれが不可能であると知る。
風呂も食事も、意外に時間がかかるのだ。
現代日本の生活なら、風呂は一人で入れるし、三十分もあれば終わる。
髪や体を丁寧に洗っても、一時間ぐらいだろうか。
これがカーネリアの入浴になってくると、侍女たちの手が入ってくるので、時間がかかる。
丁寧に髪や体を洗ってくれることもあるが、湯上りにマッサージタイム等がついてくるのだ。
途中で水分補給もしたが、二時間ぐらいは風呂にかかっているのではないだろうか。
これが朝夕の二回あるので、カーネリアは一日に四時間ぐらい風呂に入っていることになる。
……デブは臭いって聞くから、お風呂を減らすのはちょっと……遠慮したい。
時間を作るために風呂の回数を減らし、不意の遭遇をしたイスラに『臭い』と思われたくはない。
推しに不快な思いをさせるなど、信者失格だと思うのだ。
……や? いっそ、就寝時間に動けばいいのでは?
我ながらいいところに気が付いた。
睡眠時間から運動の時間を作れば、風呂を減らす必要はない。
食事の量も、少しずつ減らしていく予定なので、これまでほど時間は掛からないはずだ。
カーネリアの睡眠時間はほぼ日が沈んでまた上るまでだが、人間は八時間睡眠がとれれば健康でいられるらしい。
少なすぎても、多すぎてもいけないらしいので、現在の長すぎる睡眠時間を減らすのは、健康面でも理に適う可能性がある。
……よし、歩こう!
思い立ったが吉日、と体を起こして天蓋を開く。
と、天蓋の向こうにはなぜかイスラが立っていた。
あれ? とお互いに固まっていたのは一瞬だ。
先にイスラが硬直から立ち直り、姿勢を正した。
「……」
お互いになんと話しかけるべきかと出方を窺い、しばし無言で見つめ合う。
昨夜もそうだったが、イスラは物音を立てずに部屋へと侵入しすぎではないだろうか。
いや、昨日は私の部屋へ魔よけの石を届けるだけのつもりで、私を起こすつもりはなかったらしいのだが。
「……えっと、こんばんわ?」
「はい。夜分に失礼いたします、カーネリア姫。それと――」
夜中に室内へと侵入してくる者がいたら、迷わず大声を出し、人を呼べ、と推しから有り難いお言葉を賜る。
夜中に入室の許可を取らず、室内へと侵入していた
「ところで、昨夜お渡しした魔よけの石はどちらに?」
「ちゃんと肌身離さず持っていますよ」
ここにあります、と寝間着にしているチュニックの中から黒い石を取り出す。
巨乳の谷間から取り出される石、には浪漫を感じるが、残念ながらその巨乳は色気もなにもないただの雪だるまについた脂肪の塊だ。
残念がすぎるシチュエーションだった。
「……、なぜ、そのようなところへ」
「え? だって、肌身離さず持っていてほしい、って……」
言っていましたよね? と確認を込めてイスラを見上げる。
私だって、推しから戴いた推しグッズ(誤)とはいえ、本来なら服の中に隠し持つまではしない理性がある。
ただ、その推しグッズを推しが『魔よけの石』と呼び、
白雪 姫子の享年までは思いだせないが、それなりに歳を重ねた成人女性だった。
仲間の足を引っ張る二次元ヒロインのように、自分を案じてくれた助言者の言葉を無視して窮地を呼び込むような真似はしない。
「カーネリア姫は、なぜ天蓋の外へ? 足音を立てたつもりはないのですが」
起こしてしまいましたか? とイスラは眉間にかすかな皺を寄せる。
昼間、父の前では無表情になったイスラだが、今はわずかながらも感情が表れていた。
……あれ? 違うな。
そういえば、と一つ気が付く。
イスラは、父の前でだけ無表情になるのではない。
昨日までのカーネリアに対してもまた、無表情だったはずだ。
カーネリアの記憶を探ってみると、思いだせるイスラの表情には温度らしきものがない。
だからこその、『氷雪の竜騎士』だ。
カーネリアはそんなイスラも素敵だ、と追いかけていたようだが――
……
イスラが親切すぎて、今の今まで気が付かなかったが。
普通に考えて、
今の私にしても、イスラに迷惑をかけすぎていた。
白雪 姫子としてはラッキーとしか言えないが、イスラと一日に三度も会えるというのは、どう考えてもおかしい。
「……ヒメ?」
……あ。
今、イスラに名前を呼ばれた。
カーネリアの名前ではなく、白雪 姫子の名前を。
……それは、なんだか……っ!
少しだけアクセントに違和感があり、判ってしまった。
カーネリアと私を『様』と『姫』で呼び分けてくれることはなんとも思わないのだが、イスラが明確に白雪 姫子を呼ぼうとしてくれるのは、『尊い』も『嬉しい』も突き抜けて、心の違う場所へと突き刺さる。
刺さってしまう。
……いや、いやいや? いやいやいやいや、ないから! 駄目だからっ!
白雪 姫子にとって、推しは宗教である。
推しは画面の向こうにいる、文字通り別世界の人間で、推せる以外の感情を向けるような生身の異性ではない。
……今は生身の異性だったっ!!
同じ世界の
そんな当たり前のことに、気が付いてしまった。
「えっと……わたしが天蓋から出てきたのは、少し歩こうかと? 思ってのことで……」
目の前のイスラは、画面の向こうに立つ推しではない。
目の前のイスラは、今の私にとって生身の人間である。
そんな当たり前の気付きを得てしまったせいで、私の内心は大荒れだ。
白雪 姫子は、こんな時間に男性と二人きりという情況になったことがない。
否、正確には昨夜も同じ情況ではあった。
が、今と昨夜では、明確に私の中で線引きが変わってしまっている。
昨日までの推しを愛でる
……自重しろ、私。忘れるな、私。今の私は肉だるま。可愛く言っても雪だるま。
こんなプクプクのムチムチに太った雪だるまに好かれたところで、イスラにはいい迷惑だろう。
うっかり芽生えそうになってしまっている分不相応な想いには蓋をして、推しの破滅回避と、幸せを求めるべきだ。
……そう! イスラには(たぶん)好きな人がいるんだからっ!!
想定『イスラの想い人』こと『貴女』さんと幸せになるイスラが見たい。
イスラは推しである。
推しであり、異性とは別のものなのだ。
そう心に言い聞かせながら、イスラとは普通に会話を続ける。
この騒がしすぎる本音など、イスラに悟られるわけにはいかなかった。
「
部屋の中を歩き回るぐらいなら、誰にも迷惑をかけないはずだ、と適当な言葉を紡ぐ。
適当な内容ではあったが、言っているうちに良案のような気がしてきた。
就寝すると侍女を下がらせた後なら、部屋の中を歩き回っても、誰にも気付かれない。
疲れたらすぐにベッドで休めるし、飽きて習慣として根付かなくても、誰にも気付かれていないのなら、やはり三日坊主だったな、と呆れられることもないはずだ。
「部屋の中を歩く……狭くありませんか?」
「今の私には、本気で距離を歩くのは、たぶん無理です」
先にある程度体重を落さないことには、本腰を入れて運動を増やすことはできないだろう。
室内を歩こうかな、という思いつきも、食べて寝るだけの生活に気がついた、罪悪感から逃れるためだけのものである。
本気で、室内を歩き回るだけで運動になるとは思っていない。
「……そういえば、イスラはどうしてこんな時間に?」
一応とはいえ、カーネリアは一国の姫である。
夜中に姫の部屋に異性が訪ねてくる、というのはいかがなものなのだろうか。
そう尋ねてみると、イスラは少しだけ困ったように目を逸らした。
「その、みな……先日カーネリア様が私に言ったことを知っているので……」
以前のカーネリアの言動を知っているので、警備の兵士も不寝番の侍女も、イスラが来ればなんの疑問も挟まずに部屋へと通してくれるらしい。
以前のカーネリアの言動といえば――
「……つまり、ナニかシていると……思われている、の?」
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運動しよう、運動。
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