第10話 さて、どうしようかな、これ
ザ・砂糖の塊。
そんな言葉が脳裏を
父が持って来た『献上品の珍しい菓子』は、見た目は繊細で美しく、飴細工のように透明感のある花びらを幾重にも重ねた大輪の花だった。
もちろん、『菓子』と言っているように、作り物である。
……飴と考えられなくもないけど、ほぼ砂糖の塊。
パキリと花びらを一枚剥がし、口へ入れた感想がこれである。
外見は飴だが、飴よりも甘く、むしろ砂糖の味しかしない。
……これ、本当に食べものなの?
飾り用の砂糖細工です、と言われた方が納得のいく、繊細な砂糖菓子だと思うのだが、父アゲートは太い指で無造作に花を掴み、バリバリと咀嚼している。
この食べ方では、繊細な砂糖菓子を作った者もガッカリしてしまうだろう。
……いや、本当に食べものとして出されたものなら、職人的に食べられるのは本望なの……?
どちらだろう? と思いながらも、父のように雑に食べる気にはなれなかったので、一枚、一枚花びらを千切って口へと運ぶ。
父に付き合って同じ勢いで食べたら、砂糖の過剰摂取待ったなしだ。
「……お父さま、このお菓子、ネリがいくつか貰ってもいい?」
「うん? もう、お父様と一緒に食べているだろう?」
「違うの。……昨日、ネリの怪我を治してくれた回復師たちにお礼……ごほうび? にあげたいな、って」
カーネリアなら回復師に『お礼』とは言わないか、と言葉を『ご褒美』に直す。
白雪 姫子としては砂糖ぐらい大した値段のものではなかったが、カーネリアとしては高価な一品である。
他者へのお礼として贈るには、十分な品物であろう。
付け加えるのなら、砂糖細工としても洗練された一品だ。
「ネリは優しい子だな。……しかし、回復師たちに褒美など不要だ。奴等は余のために働き、癒すことが仕事だからな」
わざわざ褒美を取らせるようなことではない、と続ける父に、子どもの必殺技『パパの真似をしたい!』を発動させた。
父親の真似、すなわち『ままごと』である。
いや、父の真似だから『ぱぱごと』かもしれないが。
「だって、お父さまはよく働いた人に、時々『ごほうび』をあげているわ?」
私も父のように、よい働きをした人間に褒美を与えたいのだ、と父の耳に聞こえよく言葉を組み立てていく。
本音としては、この砂糖の塊を分散処分し、少しでも私の口へと入る量を減らしたい。
砂糖はまだまだ貴重なものなので、回復師たちも貰って困るということはないだろう。
回復師たちに褒美を渡せば、父の評判も少しは上がるはずだ。
多方面にwin winの砂糖処分方である。
「ネリは、本当に優しい子だ。……いくつか包んで、ネリの名前で回復師どもに届けておけ」
「受け賜りました」
お願い、パパ、とトドメとばかりに丸々と膨らんだ父の腹へと抱きつくと、アゲートは相好を崩して砂糖菓子を回復師たちへ贈ることを了承した。
ついでに侍女たちへ砂糖菓子を包むよう指示までしてくれたので、彼女たちの名前を未だに知らない私も安心である。
……いや、いつまでも侍女の名前を知らないってのは、どうかと思うけどね?
どうかとは思うが、昨日までのカーネリアとは違う私としては、侍女たちになんと声をかけたらいいのかが判らない。
子どものように振舞えばいい、という正解の判る父と乳母は問題ないのだ。
問題は、侍女に対するこれまでのカーネリアの態度が悪すぎて、白雪 姫子としての自覚が強い今の私には、とても昨日までと同じ態度を取れる気がしなかった。
……まあ、我がままに振り回されたり、暴力を振るわれるよりは、話しかけられない方がいいよね……?
非常に後ろ向きな対策として、カーネリアになってからというもの、ほとんど乳母へと話しかけている。
乳母のアイリスに用件を伝えれば、アイリスが侍女たちへと指示を出してくれるからだ。
……もしかして、カーネリアが侍女の名前も知らない理由って?
カーネリアもまた、アイリスに話しかけるばかりで、侍女たちを名前で呼ばなかったのではなかろうか。
そんな可能性に思い当たってカーネリアの記憶を探ってみるのだが、侍女に対する数々の暴言・暴行が思いだされてしまい、自分がやったことではないのだが、自分の黒歴史のように思えて堪らない。
思春期の発作が落ち着けば、あとは床を転げ回りたくなると聞く、アレだ。
……むしろ、今後も侍女たちには一切話しかけないことの方が親切な気がしてきた。
それほどに、昨日までのカーネリアは酷すぎた。
……さて、どうしようかな、これ。
ひとしきり
カーネリアの暮らす奥宮は、王宮の奥にある。
だから『奥』宮だ。
ざっくりとした印象としては、大奥や後宮といった役割の宮だろうか。
王の側室や愛妾、その子どもたちの生活区画である。
王の子は基本的に奥宮で成人の十五歳まで育てられ、その後は王城から出される。
姫の場合は嫁に出され、王子の場合は王城の外に館を賜り、独立するとのことだ。
王である父は、王宮で生活をしている。
王の宮なのだから、当然だ。
正妃の部屋も一応王宮にあるらしいのだが、正妃は王の代わりに祭司長として神殿に詰めていることが多く、ほとんど留守にしている。
これも一種の別居婚というのだろうか。
……あれ? お父さま、王宮に帰っていった?
ということは、父の午後はほとんどが自由時間、ということにならないだろうか。
午前は何時から起きて仕事をしているのか知らないが、生活区画である王宮であの父が仕事をするとは考えにくい。
カーネリアの雑な理解として、仕事は王城で、生活は王宮・奥宮で、という認識がある。
『城』と言えばざっくりと王城だけをそうだと考えてしまうかもしれないが、王城、王宮、奥宮を纏めて『城』だ。
この中に、さらに兵舎や竜舎、兵士たちの訓練場なども含まれる。
『城』と一言で呼んでも、中にはいくつもの建物があった。
……駄目だ。お父さまが仕事している姿が、想像できない。
自室で仕事をする姿どころか、王城の執務室で仕事をする姿すら想像ができない。
それもそのはずで、カーネリアは父アゲートが仕事をしている姿を見たことがなかった。
……お父さまって、どんなお仕事してるの?
父がどんな仕事をしているのかは判らなかったが、ゲーム内でのアゲートの評判は知っている。
というよりも、名前の前に二つ名のごとく『暴君』と表示されていた。
叛乱により終わる国の王だ。
ナレーションでは、暴君に加えて暗君であることも示唆されていた。
……とりあえず、叛乱さえ起こされなければ、イスラの自殺は防げる……はず。
叛乱を起こされない国にするためには、民の不満を取り除く必要がある。
これはカーネリアにすぐ手を回せることではないが、だからといって無視もできない課題だ。
父王の施政は少し、気にかけておいた方がいいかもしれない。
これまでのカーネリアは国政になど無関心であったが、これからはそうも言ってはいられないのだ。
国政が、すなわち国が揺らげば、それはイコールでイスラの死に繋がる。
推しが死ぬと知っていて、それを黙って見ていることなどできないし、私にできることがあるのなら、なんだってしたい。
今の私に、国政への干渉などできるはずもないが。
何も知らないのと、少しでも情勢を知っているのとでは、後者の方が選べる選択肢は多い。
「……甘い」
無意識に、父の置いていった砂糖細工の花びらを口へと運んでしまっていた。
口内へ広がる砂糖の甘さに、思わずうっとりと微笑みかけて――気が付いた。
……これ、食べたら駄目なやつっ!!
ダイエットにも、少しぐらいの甘味は許される。
あまり厳しく制限しすぎると、すぐに心が挫けてしまうのだ。
それを防ぐためにも、たまのご褒美ぐらいは許されるべきである。
そして、その許される範囲の甘味は、今日はもう食べてしまっているはずだ。
父と一緒に、父の持って来た砂糖菓子を食べた。
父ほど大量に食べないよう、チマチマと花びらを千切って食べてはいたが、それでも砂糖の塊だ。
取りすぎは、絶対によろしくない。
「ただいま戻りました」
「ご苦労さま」
「……っ!? あ、はい」
昨日の回復師たちの元へと使いに出ていた侍女が戻ってきたので、反射的に労ったら驚かれてしまった。
ただ「ご苦労さま」と言っただけなのだが、侍女は私の顔を二度見している。
これまで侍女を労うどころか、名前すら覚えていなかったカーネリアの言葉だ。
たしかに、労いの言葉程度であっても驚くかもしれない。
「……これ、貴女たちで食べなさい」
一声かけただけで驚き、固まってしまった侍女が申し訳なく、場を誤魔化すために父の置いていった砂糖菓子の載った皿を侍女に差し出す。
貴女たち、と纏めて侍女を指しておけば、侍女の名前が判らなくても砂糖菓子を渡すことができる。
侍女たちが数人で消費するのなら、砂糖の過剰摂取で苦しむこともない。
「……ひ、姫様……?」
「医師を……医師を呼びましょう!」
「いいえ、祈祷師の方が適任でわなくて?」
「祈祷でしたら、祭司長が専門です」
「回復師ではなかったのです! 姫様に必要だったのは、悪霊払い……っ!」
「朝からどうもご様子がおかしいと思っていたのですっ! 姫様が私どもに下げ渡しをくださるだなんて……っ」
「それも、砂糖菓子のような高価なものをっ!」
「アイリス様、下女をお貸しください! あの娘の足ならすぐに……」
……うん、すごい言われようだな、カーネリア。
うっかり口へと入れてしまう砂糖菓子を平和的に処分したくて、侍女たちへも分けようと思っただけなのだが。
これまでのカーネリアは、侍女に砂糖菓子のような高価なものは――高価でなくとも食べものならほとんどなんでも――分け与えようとはしなかった。
そんなカーネリアの中身が白雪 姫子になり、減量の手段として食べものを侍女に分けようとしている。
これは確かに、驚くかもしれない。
元のカーネリアを知っている人物であれば、あるほどに。
「……そんなに驚くほど?」
「それはもうっ! だって、あのカーネリア様ですよ? 毎食山盛りの肉を一枚も残さずお一人で食べて、最後にお皿まで舐める、あのカーネリア様が、私たちに……お菓子を……」
歯切れが悪くなったのは、侍女が正気に返ったからだ。
伸び伸びとした発言を、いったい誰の前でしているのか、と。
「……続けて?」
「いえ、その……なんでも、ありません……です」
「いいのよ、別に。……本当のことだもの」
今は私が『カーネリア』なので、思いだされるカーネリアの所行はすべて私の行いということになってしまう。
その思いだしたくもない所行の一つに、カーネリアの食事マナーがあった。
厳密には『食事マナー』というものはまだこの国にはないようなのだが、それでも最低限の礼節というものはある。
それが、カーネリアにはまったくなかった。
それというのも、食事をともにするのは父王アゲートぐらいで、そのアゲートの作法はアレである。
綺麗な砂糖細工を、その美を目で楽しむ様子もなく貪り食べていた。
そして、父王の真似をして食べるカーネリアに、その食べ方は美しくない、と指摘できる人間もいなかったのだ。
「……医師も祈祷師も呼ぶ必要はないわ。今朝も言ったでしょう? 昨日のあれで、反省したのです」
この巨体では、自分で動けなくなった時に、世話をする人間が困ってしまう。
だから少し減量することにしたのだ、と。
その試みの一つとして、食べる量を調整する。
今日は砂糖を取りすぎだと思うので、残りは自分の目の届かない場所へと片付けたい。
だから侍女に下げ渡す。
そうすれば、自分の目の前から砂糖菓子は消える、と『私の都合』を懇々と語ってみたが、侍女たちはいまいち納得がいかなかったようだ。
本当に、昨日までのカーネリアが築き上げてきた人間関係からくる、信頼のなさである。
あまりにも侍女たちが不安そうにしていたので、最終的に「要らないのなら下女に下げ渡す」と言ってみた。
下女は侍女よりも身分的に数段劣る。
その下女に、なかなか食べられない砂糖菓子が自分たちを素通りして与えられるとなれば、侍女たちも
私を怪しんで砂糖菓子を逃すよりも、あとで気が変わった私に「菓子を返せ」と癇癪を起こされたとしても、自分たちで甘い砂糖菓子を食べる方がいい、と。
それでもやはり、と踏ん切りがつかないらしい侍女たちに、ならばと一輪だけ砂糖菓子を別の皿に取る。
自分はこれがあるので、残りは『要らない』と押し付ける形で砂糖菓子を『処分』した。
……お菓子を分けるだけで、めっちゃ面倒なんですけどー!
こればかりは、これまでのカーネリアの仕業である。
これからは私がカーネリアなので、この悲しすぎる人間関係もなんとか修復していきたい。
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