第5話 本気でヤバイ、と戦慄すら覚えた

 飛竜リンクォも味付けが濃いものは自分へと出されることはない、と理解しているようだ。

 皿の上から果物が消えると、今度はイスラの命令を聞いて素直に朝の散歩コースへと戻っていった。


 ……朝から目の保養だった。


 陽の光の下で見るイスラは、ゲームで見たままのイスラだった。

 いや、たしかにラフな服装ではあったが。

 黒に近いダークブラウンの長髪をポニーテールというには少し低い位置で縛り、凍った湖の色をした青い瞳は長めの前髪によって――


 ……うん? 今、何か……?


 イスラの容姿についてを思い返していたら、カーネリアの知識に引っ掛かるものがあった気がする。

 イスラについては白雪 姫子の方が知っていると思うのだが、これは私の記憶ではない。

 カーネリアが、カーネリアとして生きてきた中で得た知識だ。


 ……はて?


 何が気になるのだろうか、と記憶を探ってみるのだが、引っ掛かりを覚えたのは一瞬のことだけだった。

 改めて考え始めると、一瞬の引っ掛かりはスルスルと遠ざかっていく。

 考えれば考えるほどに、何が引っ掛かったのか、その取っ掛かりさえ曖昧になっていった。


 ……まあ、いいか。


 容姿が気になったというだけで、イスラの命に関わる内容ではないはずだ。

 推しにまつわる話ならなんでも知りたくはあるが、すでに知っていることなら、何かの拍子にまた思いだせるだろう。


 ……白雪姫子わたしとしては、すごい量を食べたと思うんだけど。


 空になった皿を見下ろして、ぼんやりと考える。


 カーネリアの朝食終了とともに侍女たちを下がらせたので、彼女たちも今頃は朝食を食べていることだろう。

 意外に忠誠心があったらしい下女の分も、ちゃんと乳母に持たせた。

 そんなわけで、露台バルコニーには今、私一人だけだ。

 露台の下には警備の兵士がいるらしいのだが、覗き込まなければ姿は見えないので、いないものと数えていい。

 それでも、独り言を聞かれる趣味はないので、声には出さずに思考する。


 ……カーネリアのこれまでの食事量としては、少なすぎるんだよね。


 具体的に言うと、乳母が心配するレベルで今日の朝食量は少ない。

 乳母たちに分けても、なお余る肉の量だった。

 丸い生地パンがなくなるまで肉を包んだが、それでも二皿山盛りの肉が残ったので、本来のカーネリアの食事量は恐ろしいレベルである。


 なお、下女の分まで避けてもまだ余った肉包みは、イスラに託した。

 さすがにあの量を細身のイスラが一人で食べきれるとは思えないが、彼は飛竜騎士だ。

 騎士仲間がいるので、料理を無駄にすることなく消費してくれることだろう。


 ……すごく微妙な気分だけど、我慢、がまん。


 視覚と思考的には十分な量を食べたというのに、胃の容量と感覚的にはまだまだ足りないような気がする、という実に微妙な気分だ。

 満腹感がない。

 ただ、十四歳の少女が取る食事量としては十分すぎる量である、とは断言できる。

 なんだったら、成人女性であった白雪 姫子の食事量よりも、今日の朝食は多かった。

 今はまだ満腹感がなくとも、少し時間が経てば満腹中枢が刺激され、この微妙に物足りない感覚もおさまってくるはずだ。


 ……ほとんど動かない生活してるんだもん。明らかに多すぎる食事量は減らさなきゃ。


 食事の量を減らすだけでも、ある程度のダイエット効果が望めそうなのがカーネリアだ。

 一日の運動量に対して、食事量が多すぎる。

 これは前世にほんの女性たちが行っていた美を求める痩身術ダイエットではない。

 健康を求める減量ダイエットなのだ。


 ……失敗しない減量の基本は、バランスのよい適量の食事と運動。


 食事は、単純に量を減らすだけで、当面はいいだろう。

 幸いというか、なんというのか、それなりに味付けに工夫がされているということは判るのだが、それでも単調な味付けだ。

 食べているうちに飽きてくるので、食べる量を減らすことは苦にならなさそうだった。

 あと、よく噛んで食べると満腹中枢が刺激され、早く満腹を感じやすくなると聞いたことがある。

 そちらの意味でも、食事量は減らせるだろう。


 ……運動は……運動は……。


 カーネリアの今のこの体で、運動などできるのだろうか。

 前世にほん一有名な体操ならぼんやりと思いだせるのでできるが、動きを覚えているのと、実際に行動が取れるかは違う話だ。

 カーネリアのこのお腹では、腹が出すぎて前屈すらできない可能性がある。

 あと、ジャンプなどしたら床が落ちるか膝が死ぬだろう。

 さらに付け加えるのなら、普段から体を動かさなすぎて、昨日少し飛竜に乗っただけだというのに、普段使わない筋肉が使われたらしく、地味に今筋肉痛である。


 ……たぶん、先にある程度体重を落さないと、運動すらできない。


 痩せるための行動に移るためにもまず痩せなければならない。

 なんとも困惑する話だ。


 ……筋肉を増やしたら、それだけでカロリーの消費が増えるんだっけ……?


 筋肉をつけるためには筋トレをする必要があるが、カーネリアの今の体は本気でそれ以前の問題である。

 強いて今の私にできることがあるとすれば、『動かないダイエット』だろうか。

 食事量を調整し、無理な運動は避ける。

 けれど、日常の動作を意識して増やし、誤差の範囲で運動量を増やすぐらいなら、大丈夫だろう。


 ……たしか、姿勢を意識するだけでも筋トレになるんだっけ?


 前世は本当にダイエットの情報に溢れていたので、今となってはありがたい。

 もちろん、実際に効果のあるもの、ないものと情報の精度については玉石混交であろうが。

 今の私には、玉でも石でもありがたい。


 ……あ、足が……閉じられない……っ!


 まずは意識して座ってみよう、と姿勢を正してみたのだが。

 太腿に肉が付きすぎて、膝と膝を合わせることができない。

 太っている、太っているとは思っていたが、まさか膝を揃えて座る程度の姿勢が取れないとは思わなかった。

 これは正直、凹むなんてものではない。


 本気でヤバイ、と戦慄すら覚えた。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 筋トレ、ダイエットにはいいそうですよ。

 筋肉つけると、生きているだけでカロリーを消費してくれるのだとか、なんとか。

 いや、筋肉重いので、体重そのものは増えるらしいですけど。

 健康を求めるのなら、おすすめ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る