第4話 加減のできる、頭のいい子よ

 ……うん?


 侍女が満足する量を包むまで、と素知らぬ顔をして肉を生地パンで包む遊びに興じていたのだが。

 ふと頭上に陰がぎり、反射的に顔を上げて陰を追う。

 露台バルコニーには屋根がない。

 そのため室内では気付きようのない、上空を行く飛竜の陰に気付けたのだ。


 ……う、わぁ……っ。


 昨日は処刑騒ぎで、それどころではないといろいろ感激ポイントを無視してしまったが。

 ゆとりのある情況で見る飛竜は、なんとも壮観な生き物だ。

 前世では飛行機という鉄の塊が空を飛んでいたので、あの大きさの物体が空を飛ぶということも不思議はないのかもしれなかったが。

 そうは思っていても、不思議なものは不思議だ。

 大きな翼があるとはいえ、あの巨体が空を自由に飛んでいるのだから。


 ……あれ?


 頭上を飛ぶ飛竜の陰を見守っていると、どうやら旋回しているらしいことが判る。

 くるくると頭上を回りながら高度を下げた飛竜は、露台正面の中庭へと静かに降り立った。


『キュイ、キュイ』


 キュルルルと笛に似た可愛らしい鳴き声を出しながら、白い飛竜がこちらへと駆け寄ってくる。

 仕草は愛らしい仔犬のそれだが、大きさが大きさだ。

 ズシン、ズシン、と足を踏み出すたびに発生する地響きは、まったく可愛らしくなかった。


「……っ! ……っ!!」


 飛竜の足音に混ざって人の声が聞こえるが、何を言っているのかまでは聞き取れない。

 ただ、白い飛竜の主はイスラだ。

 ということは、声の主はイスラである、と予想ができた。


「ひ、姫様! お逃げくださいっ!」


「姫様!」


 白雪姫子わたしは少しのん気なのかもしれない。

 爆走してくる飛竜に対し、即逃げ出すという行動が取れなかった。

 なんとなく、昨日の飛竜の様子から、逃げる必要がないと判っていたということもある。


「リンコ、朝の挨拶に来てくれたの?」


『キュルルルルル』


 頭部だけで私の身長と同じか、少し大きい飛竜が、話しかけられて嬉しそうに鳴く。

 紅玉林檎のような赤い目がパチパチと瞬いているので、もしかしたら瞬きで返事をしているのかもしれない。


 ……それにしても、大きい。


 改めて見ると、飛竜という生き物はとんでもなく大きい。

 白い飛竜は他の飛竜と比べて一回り小さかったような気もするが、それでもやはり竜種は竜種だ。

 白い飛竜は地上にいるのだが、私がいるのは二階にある露台である。

 それでも飛竜の側がこちらを覗きこむような姿勢になっているのだから、前世の動物園で見た象より大きいはずだ。


「露台から失礼いたします、カーネリア姫」


「おはよう、イスラ」


「……おはようございます」


 白い飛竜と挨拶をしているうちに、飛竜の体を伝ってイスラが露台へと上がってきた。

 イスラは露台に準備された朝食を見ると、飛竜と自分の無作法を詫びる。

 朝食の場を乱してしまった、と。


 ……いえ、白雪姫子わたしとしては一日の始まりに推しが見れるとか、最高のイベント発生です。


 しかも、なんと言ったらいいのか、今のイスラは軽装に見える。

 推しのオフショットとでもいうべきか、飛竜と付き合う手前やはり簡素な鎧はつけているのだが、中に着ているのはチュニックと濃紺の肌着インナーだけで、カーネリアの記憶にはない姿をしていた。

 無作法どころか、毎朝でも歓迎したい出来事イベントである。


「どうかしたの? この時間にイスラを見かけることなんて、なかったと思うけど……」


 むしろ、カーネリア時代はこちらから会いに行かなければ、イスラの姿を見ることなどできなかった。

 朝食の場で不意の遭遇など、一度もしたことがない。


「……リンクォに朝の運動をさせていたのですが、遠目にカーネリア姫を見つけてしまったようで」


 私の姿を見つけた白い飛竜は、イスラの命令を無視して中庭へと降りてしまったようだ。

 騎馬(?)としては背に乗せた主の命令を無視しての行動は困るが、目の前でこうも愛らしい仕草で懐かれると、つい可愛いと思ってしまい、怒ることもできなかった。

 可愛いは正義である。

 それがたとえ飛竜サイズであったとしても。


 ……や、可愛いの前に、巨体すぎて危険があるから、怒らなきゃは、怒らなきゃだけど。


 そうは思うのだが、可愛いものは可愛い。


「やっぱり、挨拶に来てくれたのね?」


 愛らしさに負けて飛竜へ手を伸ばすと、その手を乳母が掴んで止める。

 実は先ほどからギュウギュウと乳母に抱きしめられているのだが、ひょっとしたらこれは乳母に飛竜から庇われているのだろうか。

 小さな子どもであれば抱きこんで腕の中へと庇うところを、カーネリアの太った体が大きすぎて、逆に乳母が私に抱きつく形になってしまっているが。


「ひ、姫様! 危険です! お下がりくださいっ!」


「大丈夫よ、アイリス。リンコ、クォはちゃんと加減のできる、頭のいい子よ?」


「加減のできる頭のいい子は、姫様に大怪我をさせたりなどいたしません!」


 お下がりください、と繰り返すアイリスに困って周囲を見渡すと、侍女たちはちゃっかり室内へと退避していた。

 乳母は飛竜から私を守ろうと抱きついてきたが、彼女たちは我が身の方が可愛かったようだ。

 意外なことに、カーネリアが故意に遠ざけていた下女は、乳母のすぐ後ろにいた。

 彼女は飛竜から逃げなかったようだ。


 ……忠誠心は、侍女よりこの子の方が高そうだ。


 悲しいかな、やはりカーネリアは下女の名前を知らなかったが。


 乳母を宥めて下女に託し、キュイキュイと可愛い声を出している飛竜に向き直る。

 昨日からやけに好かれているようなのだが、その理由が判らない。

 判らないのだが。


「これだけ懐かれると、ただただ可愛い」


 人間の食べ物を食べるだろうか。

 そうイスラに聞いたら、イスラは皿の上に盛られた肉の山を見た後、少しだけ困ったような表情かおをした。


「飛竜は雑食です。なんでも食べますが……あまり、味付けの濃いものは……」


「そこは犬猫と同じ、と。つまり、人間と同じ味付けのものは駄目……?」


 それなら果物なら大丈夫だろう、と果物の載った皿を持ち上げると、察しのよい飛竜は小首を傾げた後、かぱっと大きく口を開いた。


 ……あ、舌がある。


 当たり前なのかもしれないが、なんとなくそんな当たり前のことに感動を覚える。

 空想上の存在でしかなかった飛竜が、この世界では生物として存在しているのだ。

 ギザギザとした牙もあれば、意外に短く小さな舌もある。


 イスラからいくつかの注意事項を聞き、そっと飛竜の舌の上へと果物を載せる。

 もともとは私が食べるために、と切られた果物ばかりなので、飛竜の舌に載せると一つひとつが小さい。

 懐いてくれて可愛いから、と果物を食べさせたくなったのだが、これではあまり飛竜も食べた気がしないだろう。


『キュルルルルルル』


 教わったとおりに、舌の上へと果物を載せ終わった後は速やかに口の中から腕を抜く。

 最後に飛竜の鼻先を軽く叩いてやると、もう口を閉じてもよい、という合図だ。

 飛竜は甘えた鳴き声を響かせながら、一息に果物を飲み込んだ。


 ……飛竜サイズになると、果物も飲み物なのか。


 一つ勉強になった気がする。

 活かしようのない知見ではあったが。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 とりあえず、飼われている飛竜は雑食設定。

 肉食オンリーだと、飼いならすのにちょっと大変かな、と。

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