第3話 一般的な十四歳の少女が食べる量じゃない
……改めて見ると、すごい量だな。
ほぼ茶色い絵面だが、一応それぞれの皿で味付けは違うらしい。
微妙に色が違うことから、おそらくはそうだと判断できる。
ちなみに、野菜はほぼ彩りとして皿を飾っている程度の量しかない。
……これだけ食べて、ほとんど動かないんだから、そりゃ、太るよねぇ……。
白雪 姫子の感覚では見ただけで胸焼けのする量の肉の山だったが、カーネリアはこの量を普通に食べていた。
なんだったら、
しかも、敵(?)は朝食だけではない。
この世界にもあったらしい珈琲――名前はイホークだった――を毎朝カーネリアは飲んでいたのだが、その際にいれる砂糖の量がすごかった。
山盛り五杯の砂糖を珈琲に入れるものだから、もうほとんど砂糖の味しかしない飲み物になっている。
なぜ元の味が判らなくなるほどに砂糖を入れてまで珈琲を飲むのかといえば、父親が珈琲を飲むからだった。
カーネリアにとって『珈琲を飲む』という行為は、大好きな父親の真似をしているだけなのだ。
……たしか、珈琲ダイエットってあった気がする。
どういう理屈だったかな、と思いだしつつ侍女に空のコップを五つ用意してもらう。
民族衣装の域を出ない服装から、時代考証どうなっているんだ!? と突っこみたくなるが、ガラス製のコップだ。
このあたりは、カーネリアの身分が姫だから用意できるのだろう、とでも思っておく。
甘すぎる珈琲を五つのコップに割りいれて、なみなみとミルクを注ぐ。
まだ少し甘すぎる気はするが、そのまま飲むよりはましだ。
さすがに五杯も同じ味のものを飲みたくはないので、残りは乳母に任せた。
珈琲の最初の一口は私が口をつけているが、気にならないのなら飲んでほしい、と。
……正直、私自身は回し飲みって微妙な気分になるんだけどね。
この世界では、少し常識が違うようだ。
乳母から残りの珈琲――むしろ、ミルク珈琲か――を渡された侍女たちは、見るからに顔を輝かせ、自分が仕事中であることを思いだしたのか、すぐに顔を引き締めていた。
「甘くて美味しゅうございます、姫様」
「……これからは、お砂糖の量を減らそうと思って」
次から珈琲には砂糖を入れなくていい。
そう伝えたら、乳母と侍女が驚いていた。
それはそうだろう。
珈琲へは山盛り五杯の砂糖を、と指示していたのは
そのカーネリアが「今日から砂糖を減らす」と言い出したところで、すぐに信じられなくても不思議はない。
「……
「何か、姫様のお嫌いなものでもございましたかしら?」
「そうじゃなくて」
朝食を残した場合に、この大量の料理はどうなるのか、ということが聞きたかったのだが。
カーネリアのこれまでの行いが悪すぎて、違う意味に取られてしまった。
無理もない。
カーネリアは嫌いな食材が皿に載っているだけで癇癪を起こし、暴れることがあった。
このほぼ肉しかない皿は、カーネリアの我がままに乳母たちが対応した結果、でき上がった皿だ。
その心は『姫様の好物だけを載せた皿で、そもそも癇癪を起こさせなければいいのだ』という、駄目な対応の極みである。
「……昨日のことで、わたくしも反省したのです。今のままではいけない、と」
今のままでは体が重すぎて、怪我などをした時に自分で動けなくなってしまうと、世話をする侍女たちが大変だ。
少し体重を落としたい。
そう続けると、乳母はなんとも複雑な表情をしてから、笑みを顔に貼り付けた。
カーネリアなら気付かなかったが、白雪 姫子には判る、大人の作り笑いだ。
「姫様は、今日は随分とご機嫌がよろしいようで……
……ま、
乳母のアイリスも、カーネリアの我がままに振り回されてきた一人だ。
私がなにをどう言おうとも、カーネリアの発言を額面どおりに受け取ることはできないだろう。
それは私も理解できるので、これからの行動で証明していくしかない。
「とりあえず、わたくしが食べすぎなのは判ります。この量って……一般的な十四歳の少女が食べる量じゃない……よ、ね?」
十四歳の少女一人のために用意された朝食、と考えながら改めて見るカーネリアの朝食は、明らかにおかしい。
肉に偏った内容もそうだが、量が。
量が、まず、本当に、おかしい。
まずは一般的な少女の食事量を知りたい、と続けると、乳母は侍女の一人を呼んだ。
明るい茶髪の侍女は、寝起きの私の背中へとクッションを詰めていた侍女だ。
おそらくは、仕事内容から察するに、三人の侍女の中で一番実家の力が強いか、そもそもリーダー格なのだろう。
「聞こえていた通りです。姫様が一般的な少女の食事量を知りたいとおっしゃるので、食べたいだけ皿に取り分けなさい」
「はい」
失礼いたします、と断りを入れて、茶髪の侍女――そろそろ本当に名前を知りたい――が取り皿を取る。
その上に丸い
同じ要領で五種すべての肉が包まれた巻物を作ると、皿の隅に前世では見たことのない星型の黄色い果物が載せられた。
「……一般的な少女って、意外に食べるのね」
「も、申し訳ございません……っ」
……おや?
また微妙に会話が噛み合わない気がして、内心でだけ首を傾げる。
どのぐらいが普通の量か、と普通体系の侍女に皿へと料理を盛ってもらったのだが、その量が白雪 姫子の感覚としては少し多かった。
それでつい素直な感想を漏らしただけなのだが、なぜか謝られてしまっている。
謝るということは、私の発言が嫌味か叱責に聞こえた、ということだ。
なにをどう変換したのだろうか、と考えながら、他二人の侍女を呼ぶ。
彼女の皿は乳母アイリスが「食べたいだけ皿に」と伝えたので、彼女には食べきれる量なのだろう。
カーネリアはともかくとして、白雪 姫子の意識が強い今の私では、食べきれる自信がもてない量だった。
「今日はもう絶対に余るから、貴女たちも自分が食べるだけ盛りなさい」
「よ、よろしいのですか?」
「姫様が、
……すごい顔だな、おい。
カーネリアの行動として、侍女に食事を分けることは相当珍しいらしい。
ミルク珈琲では顔を輝かせる程度だった侍女たちが、驚愕で固まっている。
カーネリアはどれだけ心が狭かったのか、と今は我がことながら呆れてしまう。
余る予定の料理を侍女たちに下げ渡すにしても、まずは私が自分の食べる量を取らないことには話が始まらない。
取り皿に丸い生地を載せ、肉を載せようと箸――箸だ。ただし、菜ばしほどに長い――に手を伸ばすと、乳母に止められた。
姫である私が、自分で作業をする必要はない、と。
「姫様、申し付けてくだされば、姫様のお食事は乳母がご用意いたします」
「いいの! 今日は自分でしたい……気分? なの」
だから自分で用意させてくれ、と丸い生地の上に肉を載せる。
先ほどの侍女は生地一枚につき一種の肉を載せていたが、私は五つも食べられる気がしないので、二種の肉と彩り用と思われる野菜を並べて包む。
……意外というか、野菜は不人気?
自分用に三つの包みを作ったところで、皿へ果物を載せる。
これで私の分は確保しましたよ、という意思表示だ。
これは侍女たちにも伝わったようで、残り二人の侍女も自分たちの包みを作り始めたのだが、独り占めはどうだろう、と残しておいた野菜が彼女たちに選ばれることはなかった。
最初に包みを作った侍女と同じように――ただ、今回は私より多く取るわけにはいかないと判断してか――肉でパンパンに生地が膨らんだ包みを二つ作っている。
……遠慮しているのか、本当にその量でいいのか、判らないや。
遠慮しているようなら、私が皿へと肉をさらに盛ってもいいのだが。
本当に十分な量を取ったというのなら、そこへ肉を盛るのは迷惑にしかならないだろう。
……や、でも、パンパンに肉詰まってるしな? 実はみんな、食いしん坊さん?
どうなんだろう、と判断に困って新たな皿を取る。
そこへ丸い生地を載せると、侍女たちがうずうずと反応するのが判った。
……うん、まだ盛りたいんだね。
それならば、と少しわざとらしい気はするが、私は気まぐれで我がままなカーネリア姫である。
遊びの振りをすれば、もう少し肉を包むことができるだろう。
「アイリスのも、わたくしが包んであげる!」
「あらあら。今日の姫様は、本当にご機嫌がよろしいようで……」
うふふと笑うアイリスのために、という体裁で肉を生地で包む。
正確な年齢は知らないが、アイリスは三十代そこそこのはずだ。
十代のように余裕とまでは言えなくても、まだ朝から肉が食べられる年齢のはずである。
私が肉を包み始めると、まだ大丈夫らしい、と侍女の二人も肉を包み始めた。
私はそれに気付かない振りをして、遊んでいる体裁を取って肉を包んでいく。
乳母がどのぐらい食べるのかは判らないが、この場にはもう一人いる。
カーネリアは人数として数えないが、私の見えないところで力仕事をしたはずの下女が。
……包んでおけば、あとでアイリスが下げ渡すなりなんなり、してくれるでしょ。
カーネリアとしては『まだ』声をかけられないが、彼女とも少しずつ歩み寄っていきたい。
そう思っていた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
※珈琲ダイエット
昔、なにかのTVでやってた。
1、珈琲を飲む。
2、脂肪が解けてエネルギーになる。
3、その間に運動をして消費する。(消費しないと、また脂肪に戻る)
という理屈だった気がしますが、TVの言うことなので、科学的根拠は謎。
まあ、痩せたければ運動しろってことです。
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