第5話 処刑は中止にゃっ!

 結果として、イスラが私を抱き運んだのは正解だった。

 というのも、刑場が都の中央にあったからだ。

 カーネリアの太った体では、城を出るだけでも疲れ果て、歩けなくなっていただろう。

 イスラは最初からそれが判っていたのだ。


 イスラはまず、私を抱いたまま城にある竜舎へ向かい、そこにいた他の飛竜騎士から飛竜を借りた。

 飛竜騎士は普段とはまるで違うイスラの様子に驚いていたが、雪妖精わたしを見てなんとも複雑そうな顔をした。


 あれは正否はともかくとして、『察した』顔だ。


 おそらくは、我がまま姫カーネリアの無茶振りにイスラが振り回されている、とでも判断したのだろう。

 今回に限っては、イスラの無茶振りで抱き運ばれているのだ、と訂正させていただきたい。

 私にだって、一応は乙女心というものがある。

 推しに甘く見積もって100キロの体など、抱き運ばれたくはない。


 借りた飛竜に乗せられて、刑場までは空を移動する。

 本来のカーネリアなら悲鳴をあげたかもしれないが、白雪 姫子の記憶があったおかげで、高所もなんとか大丈夫だった。

 一時期、空を飛ぶゲームを嗜んでいたおかげで、視覚的には空を移動することに慣れていたのだ。


 ……まあ、実体験となると、やっぱり勝手は違ったけどね?


 それでも、悲鳴をあげて飛竜を驚かすわけにもいかないし、そもそも絶叫マシーンとは趣旨が違うのだから、と歯を食いしばって悲鳴は呑み込んだ。

 急ぐ必要があると解っているのだから、せめてイスラの邪魔にはなりたくない。


 石造りの刑場に近づくと、中から「ギャア、ギャア」と、鳴き声とも、咆哮とも取れる『声』が聞こえてきた。

 しがみ付いていた飛竜の鞍から顔をあげると、コロッセオのような丸い建物の中央で、一頭の白い飛竜に鎖がかけられ、その鎖の先を一回り以上大きな緑色の飛竜が三頭でくわえている。

 さらにその周囲には屈強な飛竜騎士や処刑人がいて、それぞれに武器を構えていた。


「マタイが上手く時間を稼いでくれていたようです」


「マタイ?」


 誰だろう? とカーネリアの記憶を探るが、思いだされる人物がいない。

 ということは、カーネリア好みの顔ではないのだろう。

 というよりも、騎士や兵士をやっている者たちの中で、イスラのように整った造形をしている者は珍しい。

 珍しいというか、イスラの顔は男性としては整いすぎていた。

 イスラぐらい整った顔をしていなければ名前を覚えないのだから、カーネリアは白雪 姫子と同レベルの面食いである。


「下に降りますので、舌を噛まないようお気をつけください」


 どれがマタイだろうか、と探しているうちにイスラが飛竜を操り、刑場の中央へと降りる。

 少し揺れたが、ちゃんと口を閉じていれば舌を噛むほどの揺れではなかった。

 これはイスラの手綱捌きが上手いのだろう。

 愛馬とは違う飛竜だったが、イスラは見事に操縦していた。


「よぉ! 罪人が姫様と飛竜を連れて……なんだよ、王の大事な大事な姫様を誘拐して、脱走かぁ?」


 これがマタイか、と思ったのは、鈍色にびいろの簡素な鎧を身につけた大柄な男だ。

 髪の色は栗色で、イスラと比べれば劣るが、特に造形が悪いというわけではない。

 精悍な顔つきというのか、カーネリアの趣味ではないだけで、彼も十分に美形イケメンの範疇に入るだろう。

 というよりも、容姿を見てから名前を聞けば、思いだされる立ち絵があった。

 彼もまた、『ごっど★うぉーず』に出てきたキャラクターだ。


「……姫様を攫ってきたとあっちゃ、たとえおまえでも黙って通すわけにはいかねェな」


「……」


 なんだか急にバトル漫画のような煽り方をされ始めたぞ、とマタイとイスラの顔を交互に見つめる。

 これはあれだろうか。

 なにかと適当な理由を作って、イスラと手合わせがしたい! 的な流れだろうか。


「……カーネリア様、お言葉を」


「あ、……ああ! そうでした!」


 うっかり少年漫画的バトルでも始まるのだろうか、とマタイとイスラの会話を待ってしまったが。

 今の私は『カーネリア』だ。

 カーネリアは世界の中心を自分だと思っていたし、世界の中心はどうあれ、この場にいる人間の中で一番身分だけは高い。

 普段のカーネリアなら、自分を無視してイスラと会話を始めたマタイに、不機嫌にならないはずがなかった。

 ましてや、カーネリアは他者ひとの会話が終わるまで待てるはずもない。


「処刑は中止にゃっ!」


 格好よく、権力者ひめさまらしく「中止だ」と叫んだつもりなのだが。

 太ましいカーネリアの声帯は、私に格好つけさせてなどくれなかった。

『だ』が『にゃ』になってしまっている。


「リンゴは今日よりわたくしの物となった! わたくしの物を傷つけることは、誰であっても許さぬ!」


 また『リンクォ』が『リンゴ』になってしまったが、もう気にしない。

 私は言い間違えてなんていませんよ、と素知らぬ顔をして強気に言葉を続ける。


「これは父王アゲートの決定である!」







「ごめんね、リンク、クォ……? どうせ『カーネリア』が悪いんでしょう?」


 飛竜から下ろしてもらい、鎖で繋がれたままの白い飛竜へと手を伸ばす。

 カーネリアの怪我にはこの白い飛竜が関わっているはずなのだが、不思議と恐怖はなかった。


「……ピュルルル」


「あら? 意外に可愛い声で鳴くのね」


 嫌がるかな? とも思っていたのだが、私の顔をジッと見た白い飛竜は、笛の音のような声を出して差し出した手へと鼻先を押し付けてきた。


 おそらくは、猫や犬の頬ずりと同じ感覚だったのだろう。

 問題は、リンクォは人間を乗せて空を飛べるサイズの飛竜だった、ということだ。


「う、わっ!?」


 ぐいっとすごい力で後ろへと押され、カーネリアの丸い体はすぐにバランスを崩す。

 そのまま尻餅をつくかと思われた体は、しかしイスラの体に支えられた。

 自前の筋力とやらは、足腰も含まれるらしい。


 リンクォの頭とイスラの体に挟まれて、所謂いわゆる『幸せサンドイッチ』だ、とほっこりする間はなかった。


「……貴女は、どなたですか?」


「へ?」


 正面には飛竜。

 背後にはイスラがいて、逃げ場はない。

 極近い位置から囁くように小さな声で、青い瞳に問われた。

貴女わたし』は誰か、と。


 小さな、小さな。

 本当に小さな声で囁かれたので、イスラの背後にいるマタイには聞こえなかったようだ。

 マタイは他の飛竜騎士たちに指示を出し、リンクォを拘束していた鎖や武器の片付けを始めていた。

 イスラは、私たちからマタイの意識が外れているタイミングを狙って、この話題を出したのだろう。


 イスラに支えられながら倒れそうになっていた体勢を立て直すと、イスラはリンクォの鼻先を軽く叩く。

 私を転ばせたことへの注意だろう。

 不満があるのか、リンクォは鼻を鳴らし、尻尾をダンダンと地面に打ち付けた。

 体は大きいが、なんだか仕草の一つひとつが可愛い飛竜である。


「リンクォが、カーネリア様に対して喉を鳴らしたことなどありません」


「……あ、さっきの、喉を鳴らしている音だったんですね、……じゃ、なくて! えっと……」


 早速『カーネリア』らしくない言葉遣いになってしまったぞ、と気付いて言い直そうとしたのだが、イスラは言葉遣いがおかしいことについては流した。

 言葉遣いぐらい、ここまでの違和感の中では瑣末なことだったのかもしれない。


「そもそも、リンクォはカーネリア様が嫌いでしたので。おとなしく撫でられるどころか、頬ずりをしてくる方がおかしい」


「それは……えっと、処刑を止めたのがわたしだ、って解っているからでは?」


「確かに、飛竜にはそのぐらいの理解をする知性があります。しかし……命を救われた程度でこの鳴き方はしません」


 飛竜のこの『ピュルルル』といった笛の音のような鳴き声は、幼竜の極短い期間にだけ聞けるものらしい。

 判っている用途としては、親竜を呼ぶ時にこの鳴き方をする。

 すなわち、とても甘えた気分の時に出てくる鳴き声ではないか、と飛竜の世話をする者たちの間では言われているそうだ。


 ……な、なんでそんな鳴き方をしたかな、きみ!?


 思わずギョッとして、白い飛竜の顔を見る。

 丸い紅玉林檎のような赤い目をした飛竜は、私と目が合うと嬉しそうに『ピュルル』と喉を鳴らした。

 可愛い。

 顔は間違いなく厳つい飛竜なのだが、仕草のすべてが可愛らしい。


「先ほど、『リンゴ』に改名したら、お揃い感があるとおっしゃられていましたが……?」


 あれはどういった意味か、とイスラに問われて返答に困る。

 あれは本当に、咄嗟に出た言葉だったのだ。

『白雪 姫子』と『リンクォ』なら、『白雪姫』と『リンゴ』でしっくりくるのでは、と。


 とはいえ、いかに傍若無人なカーネリアでも、いきなり「前世の記憶を思いだしました!」だなどとは言えない。

 いや、言い方次第ではアリな気もするが、今のこの混乱した頭では無理だ。

 上手く言いくるめられる気がしない。


「……そうだ! リンコ、クォ? がわたくしに怪我をさせた、というのは、これじゃないかしら?」


 甘えようとして近づいて、今のように力加減を誤り、カーネリアが転んで怪我をしたのではないだろうか。

 多少真実と違っていても、これなら父アゲートを納得させられるかもしれない。

 娘を好きすぎて、うっかり絞め殺しそうになることなど、あの父でもたまにやっている。

 そこを突っこめは、他者ひとのことは言えないはずだ。


「リンクォがカーネリア様を打ったのは、カーネリア様が……」


『打った』ということは、飛竜にとっては故意だった。

 甘えて力加減を誤った、とは言えない。


 不自然に言葉が止まったイスラへと、先を促すように視線を移す。

 私の視線を受けたイスラは、今度は彼自身が追及から逃れるように青い瞳を逸らしていた。


 ……そういえば?


 先ほども飛竜がカーネリアを襲った理由は言わなかったな、と思いだす。

 王に聞かれても答えなかった理由だが、さすがに私にはこれを聞く権利があるはずだ。

 どう考えても、原因りゆうはカーネリアなのだから。


「……ここにお父さまはいないけど、話せない? どこかで、二人きりになった方がいい……?」


 理由を聞かない、という選択肢はない。

 これからリンクォとも付き合っていくことになった以上、なにがこの飛竜の地雷かは知っておいた方がいいのだ。


 ジッとイスラの青い瞳を見つめると、イスラが逡巡していたのはわずかな時間だった。

 言いよどむ気配はあるのだが、彼の性格がそうさせるのか、イスラは真っ直ぐに私の目を見て話し始める。


「カーネリア様は、私に……伽を命じられたのです」







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 飛竜の数え方は「一頭」か「一匹」か。

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