第6話 肌の白さしか褒めるところのないデブ
「カーネリア様は、私に……伽を命じられたのです」
今宵、寝室へ来るように、と続いたカーネリアが言ったらしい言葉に、思わず目が点になる。
雪妖精の姫と呼ばれるカーネリアは顔にも肉が付いていて、元から目は点のようにしか見えないのだが、それでも目が点になった。
他に言いようがない。
「それは、えっと……夜間警備的なお話?」
「警備の話でしたら、私もこの話を断りませんでした。……その、カーネリア様は、寝台にはべよ、と」
「……『カーネリア』って、何歳だっけ?」
「御歳十四になられました」
「十四で臣下を手篭めに……っ!?」
手当たり次第に侍女や町娘へと手を出し、愛妾として囲い込む父アゲートの娘カーネリアは、自身もまた臣下に手を出そうとしていたようだ。
……それは確かに、
愛娘が男をくわえ込もうとしていただなんて話は、父親には聞かせられないだろう。
どう考えても娘の方に問題があるのだが、あの父親はそうは取らない。
絶対に、言い切れる。
イスラの方が「娘を誘惑した」とかなんとか言い出して、イスラは良くて追放、悪くて処刑だ。
「なんと言えばいいのか……ごめんなさい。こんな雪だるまに迫られて、迷惑だったよね」
話を聞いてみれば、申し訳ないにも程がありすぎた。
ブクブクに育った肥満姫に夜伽など命じられても、恐怖以外のなにものでもなかっただろう。
父の前では解りやすく顔を褒めたが、あの時にイスラが顔を引きつらせた
この整いすぎた顔を理由に、カーネリアに寝室へと呼ばれたからだ。
「『雪だるま』とは……?」
「肌の白さしか褒めるところのないデブ、って意味で『雪
イスラが不思議そうな顔をしたので、こちらも「はて?」と首を傾げる。
てっきり容姿にまるで似合わない『雪妖精の姫』という通称は、『雪だるま』を聞こえよく装飾しただけだろうと思っていたのだが、違うのだろうか。
「……白い肌しか褒めるところがないとは思いませんが」
「お世辞はいいです」
続きを聞かせてください、と困惑しているように見えるイスラに先を促す。
カーネリアに肌の白さ以外の褒められる場所など、あの娘を溺愛する
「世辞ではありませんが……続けます。伽を命じられ、私が断り、聞き届けられなかったカーネリア様にリンクォが攻撃をくわえました」
飛竜は頭がいいので、
イスラを守ろうとして、リンクォはカーネリアを遠ざけようとした。
そして力加減を誤り、カーネリアは回復師が呼ばれる程の大怪我をする。
「私の処刑は、当然のことだと思います。飛竜の制御ができませんでした。しかし、リンクォは――」
「いや、マジ。今の話のどこに処刑要素があった? 事故でしょ、事故」
すでにだいぶ前から取り繕うことは諦めているので、遠慮なく言葉を崩す。
というよりも、カーネリアの振りをしていたら、いかにイスラの顔がよかろうとも、これは助けることができない。
どんな理由があったにせよ、制御できなかった飛竜が、仕える国の姫を襲っているのだ。
制御できない飛竜など、危なすぎて生かしてはおけない。
アゲートがネリのおねだりを許したのは、彼が暴君 兼 暗君であるからこそである。
愛娘の機嫌が取れるのなら、ものの道理などどうでもよくなるのが父王アゲートだ。
まともな為政者、まともな父親であれば、イスラも飛竜も、生かしてはおかない。
しかし、今の『私』は『白雪 姫子』の記憶と人格を持っている。
日本人の感覚をもってこの『事故』の流れを聞いてしまえば、イスラと飛竜に非があるようには思えなかった。
そもそもとして、
飛竜の制御が甘かったということは確かにあるだろうが、それで即、飛竜を殺してしまうのはなにか違う。
「カーネリアさ、……姫は、本当に人が変わってしまったようですね。少し前までと、まるで人柄が違う」
彼の中で今の私と、これまでのカーネリアとで、なんらかの線引きがされたようだ。
『カーネリア様』と呼ばれていた名が、『カーネリア姫』になった。
……人が変わった、と実感されているのなら?
今がチャンスだろうか、とイスラに相談をしてみる。
乳母に相談したら『またいつもの遊びか』と流されそうだし、ひそかに主を『雪
その点、イスラなら信頼できる。
彼の性格なら、ゲームクリア後何年も推せるぐらいに知っているからだ。
「じつは……」
事故のショックか、意識を取り戻してから記憶が曖昧で混乱している、と伝えてみる。
周囲の人間の顔と名前が一致しない。
父に話したら心配させてしまうので、父アゲートには知られたくない。
知られないよう、協力してほしい、と。
「……カーネリア姫は、もともと文字が読めませんよ」
なんだったら文字も読めない、とゲームのストーリー上の知識しかないことを誤魔化すために、一国の姫としては有り得ない状態を訴えてみた。
ら、まさかの『カーネリアはもとから文字が読めなかった』という答えを戴いてしまう。
一国の姫君が、文字も読めないような状態でよかったのだろうか。
「父君の教育方針……とでもいいましょうか。女人に学など必要ない、と。妹君は勝手に学士を捕まえて学んでおりましたが……」
「……一度だけ、教師らしき人が来たのは、なんとなく?」
その一度でカーネリアは勉強に対して拒否反応を見せ、アゲートは以降娘に学ばせようとはしなかった。
むしろ、積極的に教育者を遠ざけていた気もする。
娘に学ばせる気がない父王がいるのに、いったい誰が最初の教師をカーネリアのもとへ送ったのか、と横道へ逸れそうになる思考を戻す。
今考えるべきことは、そこではない。
「えっと……一応一国の姫様が文字も読めないって、まずくないですか?」
「場合によります」
もう完全に別人扱いで『カーネリア』についてを話している。
指摘も確認もないが、イスラも私とカーネリアを別人扱いで話していた。
「妹君は学をつけた結果、父君に疎まれて遠ざけられました」
同母の妹がいるだなんて話を、今初めて知った。
いや、妹がいること自体はカーネリアも知っている。
ただ、実感が薄すぎて、指摘されなければ思いだせないぐらいに存在感が薄い。
こういったところが、カーネリアの怖いところだ。
「父君にそっくりなカーネリア姫が疎まれることはないかと思いますが……」
……妹は、母親似なのか。
父親の溺愛の理由を知ってしまった瞬間だった。
父アゲートは、カーネリアが自分と同じく太っているからこそ、まるまると似た容姿になっているところを愛しているのだろう。
美しい娘に手をつけてばかりいるから、母に似て美しい娘や息子が生まれるのだと思うのだが。
だからこそ、他の子どもは自分に似ていない、と太ったカーネリアを溺愛しているようだ。
カーネリアだけは、確実に自分の子どもである、と。
……そんな理由、知りたくなかったよ。
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