第4話 わたくし、自分で歩けます

「お願い、お父さま」


 前世の推しの、推さずにはいられない姿に、暴君への恐怖心が彼方へと吹き飛んだ

 オタク女とは、そういう生き物である。

 推しは推せる時に推せ。

 推さずに後悔するより、推して後悔した方がいい。


 あとは『カーネリア』の出番である。

 イスラがそうしたように、私も『カーネリア』の威を借りてアゲートの懐柔に挑む。

 

「この顔……はイスラの、この美しい顔が好きだわ」


「……っ」


 顔が好き、と称すると、わずかにイスラの眉が引きつった。

 顔で判断されることを、本心では苦々しく思っているのだろう。

 顔が好きなのは嘘ではないが、白雪 姫子が本当に魅せられたのはゲームでの彼の言動せいかくである


 しかし、今必要なのはアゲートが納得する、『カーネリアらしい』理由だ。

 これまでのカーネリアであれば、理由は『顔が美しい』だけで十分である。


「リンゴ……リンク、クォ? ……もう、リンゴに改名なさい。でしょ」


「……!?」


 またも『リンクォ』と呼ぶことに失敗し、カーネリアらしく横暴に振舞ってみる。

 目の前で突然愛馬の名前を改名されたイスラは、蹴られても踏まれてもまったく動揺させていなかった瞳を、ゆらゆらと戸惑いに揺らしていた。

 

「お父さま、リンゴをネリにちょうだい。そうしたら、イスラはもうネリに逆らえないでしょ?」


 いい考えが浮かんだ、とわざとらしくはしゃいだ声をあげ、アゲートを見上げる。

 今の今まで「処刑だ」「首を刎ねる」と言っていたアゲートは、娘のおねだりに渋面を浮かべた。

 普段であれば一も二もなく了承される愛娘のおねだりに、今日に限って抵抗があるのは、イスラの顔を「美しいから好き」と言ったからだろう。

 この父親アゲートは、とにかく心が狭い。

 愛娘の関心が自分以外イスラへと向けられたことに苛立ちを覚えているのだ。

 

「お願い、パパ」


 たしか『パパ』はイタリア語だった気がする。

 が、『カーネリア』の記憶においても、幼児が父親を呼ぶ時の呼びかけは『パパ』だ。

 なぜ日本語でもない『パパ』が通じるのかといえば、『ごっど★うぉーず』が年齢制限エロのあるゲームだったから、だろう。

 偏見であるのは承知だが、あの界隈はいろいろな意味で自由度が高い。

 洋風の世界観でちょんまげをした暴君がキャラクターとして出てくるのだから、『パパ』程度で突っこむのも野暮というものだ。

 キャラによるが、メタ発言も使われていた気がする。

 

「……よくよく、よくよく余の愛らしくて世界一優しいカーネリアに、感謝するようにっ!!」


 愛娘からの「パパ、お願い」攻撃に、アゲートはたっぷりと間をおいてから屈した。

 このあたりは暴君であろうと、なんであろうと、父親という生き物の悲しいさがである。

 溺愛する愛娘には、最終的に勝てないものだ。


 部屋へ入ってきた時と同じように大きな足音をたてて去っていく父王を、イスラは深く頭を下げて見送った。







「……早く鎖を外して」


 父に続いて部屋から出て行こうとした兵士を呼び止め、イスラを後ろ手に拘束している鎖を外させる。

 魔封じの枷とやらも一緒に外させたかったのだが、これができるのは王と正妃だけらしい、

 故意ではないと思うのだが、父のあの様子では、今から追いかけてもイスラの枷を外してほしいという希望は通らないだろう。

 カーネリアの武器である『ネリ』も『パパ』も、今日はもう使ってしまっていた。

 これ以上イスラのために『カーネリア』が動けば、父の嫉妬がイスラに向き、イスラのためにならないだろう。


「……失礼いたします」


「え? ほきゃっ!?」


 鎖から自由になった体で関節や腕の調子を確認していたイスラは、一言断ると私を横抱きに持ち上げる。

 仮に100キロと見積もってはいるが、おそらくはもっと重いと思われる雪妖精だるまの体だ。

 いかに騎士とはいえ、一人で持てるはずはないと思うのだが、イスラは涼しい顔をして私を抱き上げていた。

 

「リンクォの処刑を止めに行きませんと。王のあの御様子では、伝令を送ることをかもしれません」


「それは……あるかも?」


 愛娘のおねだりによるイスラの助命にも、渋々という表情かおを隠さず、イスラの枷を外すことも『忘れて』いった父だ。

 愛娘の関心を奪ったイスラへの嫌がらせとして、飛竜の処刑の中止を伝え『忘れる』ことはあるかもしれない。

 便宜上、すでに飛竜が私のものであっても、だ。

 王と姫であれば、当然王の権力の方が強い。

 父親が娘に弱くとも、王が姫との約束を反故にしたところで、最終的には王に非はないとされるものだ。


「ですので、カーネリア様には刑場までご足労いただきたく」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 王が伝令を出さないのなら、その娘を動かすまでだ。

 雪妖精だるまの姫など、一目見れば『そう』だと誰でも判る。

 罪人とされたイスラが一人で飛竜を迎えに行っても「処刑の中止など、伝令が来ていない」と一蹴される危険性があるが、雪妖精の姫が一緒なら、その言葉は王の言葉とほぼ同じ効果がのぞめる。


「解りました。でも、わたくし、自分で歩けます」


 推しの尊すぎる顔が近すぎて、場合ではないと解っているのに心臓がバクバクとうるさい。

 この心臓の音がイスラに聞こえてしまったら、気恥ずかしいなんてものではないので、わりと本気で下ろしてほしい。

 推しの顔は、程よい距離から眺めるぶんには健康にいいが、近すぎれば心臓に悪い。


 こんな内心で大荒れな本心がばれないよう、素知らぬ顔をして「自分で歩く」と伝えてみるのだが、イスラが私を下ろすことはなかった。


「カーネリア様が歩かれるより、私が抱き運んだ方が早いので」


 言い終わるより早く、イスラは涼しい顔をしてスタスタと歩き始めた。

 重いなんてものではない重量があると思うのだが、イスラの表情は変わらない。


 誰か、このイスラのしなくてもいい苦行を止めてくれる者はいないのか、と周囲を見渡したのだが、目が合った人間にそっと目を逸らされた。

 誰しも、自分がわたしを運ぶ役目を押し付けられたくはない、と思っているのだろう。


 ならば、と乳母を振り返るのだが、乳母のアイリスはにこやかな作り笑顔を貼り付けて見送り姿勢だ。

 部屋から出ていく私とイスラに、侍女と乳母が『姫』に付いてくる様子はなかった。

 父が暴れた部屋の片付けを理由に、刑場へは近づきたくない、ということだろう。


「……重過ぎると、思うんです」


 推しに抱き運ばれる(少なく見積もって)100キロを超えた(むしろ肥えた)体に、白雪姫子じぶんのせいではないが、居たたまれなくなって軽く目を伏せる。

 せめて魔封じの枷を外せていれば、魔法で筋力も強化できるようなのだが。

 父のあの様子では、もう数日はイスラの魔力は封じられたままだろう。


「私の筋力は自前です」


 魔法に頼らず、自前で身につけた筋力である。

 だから魔力を封じられたところで、それほど困ることはない、と続けたイスラは、私を気遣ってくれたのだろうか。


 なにはなくとも、早急な減量ダイエットが必要である。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


「私の筋力は自前です」


 これが言わせたくて書き始めたお話です(完)

 細身なのに筋力がすごい、ってヒーローにしたかった。

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