第3話 目指すべきは、青年と飛竜の助命だ

「え……っ!?」


 続いたとんでもない言葉に、驚いて顔をあげると、アゲートの大きな手で頭を押さえつけられた。

 わたしの前で怖さを『出さないようにする』とは、目隠しをすることだったらしい。

 確かに、これなら怖いものは見えないかもしれないが、音は聞こえる。

 むしろ、見えないぶんだけ想像力がかき立てられて、余計に怖い気もした。


「カーネリア様、どうか、リンクォは……」


 低い位置から聞こえる青年の縋るような声音に、心臓の音が耳の奥でバクバクとうるさい。

 父アゲートの気を逸らせれば、とわざと甘えてみたのだが、逆効果になってしまった。

 これでは目の前で繰り広げられる暴力を止めるどころか、より悪化させてしまっただけだ。


「安心せい。余とて人の親、鬼ではない」


 カーネリアに向けるような優しい声音で、アゲートが青年に告げる。

 父の性格上、罪人とした青年の願いを聞き届けるとは思えないのだが、どういった風の吹き回しだろうか。

 不審に思って身構えていると、やはりというか、続いた言葉は予想できるものだった。


「愛馬ともども首を刎ねてやるから、心配などせずともよい」


「……っ」


 青年が息を飲む音が、私にも聞こえた。

 父は青年のこの反応が見たかったのだろう。

 心の底から楽しそうに、喉を鳴らして笑い始めた。


「お、とうさ、ま……?」


 嗚呼、駄目だ。

 これは本当に『暴君』なのだな、という確信が胸の中に生まれる。

 こういったことを繰り返しているから、叛乱など起こされて、いつか自分が首を刎ねられる側になるのだ。

 そして、暴君の娘である『カーネリア』が、その時に父王と並べて首を刎ねられない理由はない。


 どうにかして父を止めなければ。


 今からでも、少しずつ。

 小さなことでも、本当に一歩ずつ。

 父の暴挙を抑えられたら、ほんの少しぐらい未来は明るいものに変えられるかもしれない。

 叛乱を防ぐことは難しいかもしれなが。

 処刑が追放ぐらいには、ならないだろうか。


「……『ネリ』、気持ち悪い」


 くいくい、と甘えた仕草で父の袖を引っ張り、アゲートの視線を私へと向けさせる。

 雪妖精だるまの上目遣いなど、普通に考えたら効果など望めないだろうが、この父親には効果覿面だ。

 その雪妖精だるまを溺愛する父親なのだから。


 気持ち悪い、と訴える娘に、アゲートは眉尻を下げてオロオロとうろたえ始めた。


「どうしたのだ、ネリ? 回復師はどうした? 奴等はおまえの怪我を治したのだろう? 気持ち悪いとはなんだ? まだどこか、痛かったり、おかしかったりするのか?」


 なんでも言いなさい。必ずお父様が治してあげよう、と笑いを引っ込めたアゲートに、私は私で不安そうな顔を作ったまま忙しく思考する。

 目指すべきは、青年と飛竜の助命だ。

 とにかく処刑だなどというこの父の愚行を、止めなければならない。

 それも、暴君ちちの機嫌を損なわずに、だ。


「……『ネリ』、なにがあったか、覚えてないの」


「怖かったんだろうね。ネリは何も思いださなくていい。お父様が怖いものも、悪いものも、全部ネリの前から取り除いてあげよう」


「えっと、ね? ちがうの。そうじゃなくて……」


 どうにも父の発想が物騒で困ってしまう。

 よほど青年と飛竜を処刑したいのか、頭の中は首を刎ねることでいっぱいで、そこから思考が逸らせないようだ。


 そんな父に、いったいなんと言ったら気を逸らすことができるだろうか。

 いや、違う。

 気を逸らすのではなく、納得させた上で、青年と飛竜の処刑を撤回させることが目標だ。


「なにがあったか、覚えてないの。でも、その人……えっと、イスラ? は覚えてるわ。お父さまが強い飛竜騎士だって、自慢していたもの」


 いつも父が聞かせてくれるお話を、ちゃんと覚えていますよ、とアピールしておく。

 暴君ちちの決定を覆そうとしているのだから、少なからず私への好感度に影響が出るはずだ。

 カーネリアの今日までの生活環境を考えれば少しずつ距離を取るべき相手だとは思うが、それは今すぐにという話ではない。

 暴君の不興を買って遠ざけられるのではなく、そっとフェードアウトしていくのが理想的だ。


 視線を父から足下の青年へと落す。

 罪人に着せるボロ布を纏い、ここへ来る前に散々殴られているのか、いつもの涼しげな美貌は失われているが。

 罪人と呼ばれ、床に額を擦り付けながらも姿勢を正している青年は、飛竜騎士のイスラだ。

 雪妖精だるまの姫こと『カーネリア』が気に入り、『氷雪の竜騎士』と名付けた青年である。


 彼の名前をカーネリアが覚えた理由は単純明快だ。

 イスラはとにかく顔がいい。

 カーネリアは美貌の青年イスラに、恋をしていた。


「お父さまの飛竜騎士が、わたくしを傷つけるかしら?」


 信じているのはあくまで父親ですよ、と言い回しに気を遣いながら、イスラの罪について探っていく。

 なにかあったらしい、という記憶については、本当に曖昧なのだ。


 ……たしか、回復師の人たちが言ってたはず。


 『姫様』は「飛竜の前に飛び出した」と。

 そして、父アゲートは「飛竜に食い殺されそうになった」と言っていた。

 つまりは、私の怪我には飛竜が関わっている。

 それも、飛竜騎士のイスラが罪人として連れてこられたように、イスラの愛馬が問題の飛竜だ。


 ……あ。


 イスラの愛馬である白い飛竜の姿を思い浮かべ、意識が戻ってすぐに脳裏を過ぎった白い陰を思いだす。

 これはほぼ間違いなく、怪我の原因となったのは白い飛竜と考えていいだろう。


 ……でも、これじゃ駄目だ。イスラは助かるかもしれないけど、飛竜の方が助からない。


 イスラにも、飛竜にも非がなかったという、父が納得する証拠りゆうがほしい。

 実際に何が起こったのか、まるで覚えていない私にはほとんど不可能に近いことだったが。


「えっと……リンゴ? は、どうしてわたくしを襲ったのかしら?」


 『リンクォ』と言ったつもりなのだが、微妙に失敗した。

 『リンゴ』では、まるで『林檎』のようだ、と他所事を考えたら、白い飛竜の顔がはっきりと思い浮かぶ。

 あの美しい飛竜は、体は雪のように真っ白なのだが、目は赤い。

 紅玉林檎のように丸くクリクリとした、可愛らしい目をしていたはずだ。


「お父さまご自慢の飛竜騎士が、幼竜の頃から育てたリンゴ……リンク、クォ、を、暴れさせる? ような失態をするかしら?」


 同じように、躾けられた飛竜が人間ひとを襲うというのもおかしい。

 理由もなしに、仕える国の姫を襲うだろうか、と。


「つ、つまり! こやつは世の宝たるネリを亡き者にせんと、故意に飛竜をけしかけたのか!!」


 ……ちっがーうっ!


 思考がそっちに行ってしまったか、と内心で頭を抱える。

 父には冷静に考えてほしかっただけなのだが、考える過程を省略して、最悪の想定を結論として導き出してしまったようだ。


「そのようなことは、決してございませんっ!」


「では、なぜおまえの飛竜はネリを襲ったのか!?」


「それは……」


 殺意は否定するが、理由は話せないらしい。

 イスラは頭を下げたまま微動だにしないのだが、先ほどから一貫しているものがあった。


 彼にはなにか、譲れない信念のようなものがある。


 イスラは兵士に殴られようが、鎖に繋がれようが、父王に足蹴にされようが、姿勢を正して頭を下げ続けていた。

 そして、口から出てくる言葉は、愛馬の助命嘆願である。

 自分についての命乞いは、ここまで一言も聞いていない。

 自分よりも他者――今回の場合は人間ですらないが――を優先する姿に、ふと規視感を覚えた。

 規視感デジャブというよりも――


 ……待って? ここって、『ごっど★うぉーず』の世界だよね? ってことは……?


 白雪 姫子の『推し』だったあのキャラも、この世界にはいるのだろうか。

 そう気が付いてしまい、『推し』についての情報を白雪 姫子の記憶から発掘しはじめる。

 あのゲームで遊んだのはもう何年も前のことなので、細部は本当に曖昧だ。

 すぐに思いだせなかった、気付かなかったとしても、それは白雪 姫子の推しへの愛が足りなかったわけではない、と言わせていただく。


 ドクリ、と先ほどまでの恐怖とは違う感情で心臓が大きく鼓動する。

 場合も忘れて腰を落し、額を床に押し付けている青年の頬へと手を伸ばした。


 顔を上げさせると、やはり額が切れてしまったようで、一筋の血が流れる。

 その血を贅沢に布が使われた袖で拭うと、ダークブラウンの髪もかき上げられて、凍った湖のようだと誰かが讃えた青い瞳がよく見えた。


 ……憂国の飛竜騎士イスラ!


 暴力にさらされ、今まさに自分の首を刎ねるだなんて話をされているというのに、イスラの瞳に恐怖の色はない。

 それどころか、正された姿勢と同じく真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。

 命乞いをするのでも、暴君とその娘を罵るのでもない、真っ直ぐな瞳だ。

 白雪 姫子はこの瞳に魅了され、彼は長く白雪 姫子の推しの雛形テンプレとなった。


 一言でいうのなら、忠節に生きる騎士。


 言い過ぎれば、忠言から主人に疎まれ、謀殺される不憫属性の生真面目美男子イケメン


 そう。

 今まさにその情況と性癖テンプレが一致していた。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 あんまりすぎて削除した一文。

「白雪 姫子は死神属性の腐女子オタクだった。」


 腐女子はBL趣味の他にも、広く「オタク女子」って意味でも使われてましたよね……?

 死神属性はあれです。

 推したキャラが必ず死ぬという……。

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