第2話 暴君アゲート
「可愛いカーネリアや、どこも痛くはないかにゃ? おまえが飛竜に食い殺されそうになったと聞いて……都中の回復師をかき集めさせた」
どれ、顔をよく見せてごらん、と太い腕に抱き寄せられるのだが、嫌悪感はない。
『姫様』こと『カーネリア』と父王アゲートの仲は良好で、普段から親子のふれあいがあったからだ。
父に抱きしめられながら、父が序盤のボスキャラとして登場するゲームについてを思いだす。
何度もプレイした記憶はあるが、最後にプレイしたのはもう何年も前のことだ。
下手をしたら十年以上前の可能性もある。
要所、要所は思いだせるのだが、細かい設定やイベントは記憶が曖昧だった。
『ごっど★うぉーず』という可愛い
一言でいえば、国取り合戦である。
六柱の神が支配する世界で、神が用意した代理人こと
戦争をするためにはある程度まとまった兵力が必要になり、当然主人公には軍を動かせる立場というものが必要になってくる。
もとから王子に生まれたり、召喚勇者として呼ばれたりと、いくつかパターンはあるが、父アゲートが序盤のボスキャラとして出てくるシナリオは、風の神の代理人として異世界転移させられた日本人青年が主人公だ。
辺境の村に現れた主人公は、そこで知り合ったヒロインや村人と交流し、チュートリアルとして何度か戦闘を重ね、暴君アゲートの治世に異を唱え、叛乱を起こし、アゲートの治める国を乗っ取る――正確には父王の国を滅ぼし、新たな国を興す――までが序盤のストーリーだ。
主人公は、こうして神々の行う国取り合戦に参加するための地盤を手に入れる。
……『暴君アゲート』か。
確かに、とご機嫌な様子で私の頭を撫でる父王アゲートを見上げる。
私に対してはどこまでも甘く、優しい父親であるが、誰に対しても優しいというわけではない。
たとえば、父には三十八人の妻がいる。
正妻は一人で、他は側室、愛妾だ。
おそらくだが、父の認識内にいるのは正室と側室までである。
愛妾は『愛妾』という名目で連れてこられているが、実態は城下へおりた際に見かけた見目のよい娘を攫ってきただけで、攫ったその日に手をつけ、あとは放置である。
王のすることだ。
相手が町娘であれば、簡単に握りつぶせる話だった。
しかし、父の暴挙は町娘だけではおさまらない。
臣下の妻であっても、見目がよいという噂を聞けば呼び出し、手を付け、気に入れば愛妾として臣下から妻を取り上げてもいた。
……うん。そりゃ、叛乱も起きる。
今日までの『カーネリア』としては、なんとも思わなかった父の行いだったが。
白雪 姫子の記憶と人格が混ざった今の『私』には、父と慕う心がある反面、
……これ、どうすればいいの? 父の性格を改善して、暴君じゃなくならせるとか?
もしくは、出奔でもして、沈む
今の体重100キロ(仮)では一人で出奔することも難しいが、叛乱を起こされる前に痩せて身軽になれば、なんとかなるだろう。
……よし。
ひそかに出奔計画――最初から父を変えられるとは思っていない――を練り始めていると、父アゲートが腹を響かせて人を呼ぶ。
巨漢に抱きしめられ、ピッタリと父の腹に耳を当てていたので、音がよく頭に響いた。
「罪人を連れてこい!」
「はっ!」
父の一声で、部屋の中へと三人の男が入ってくる。
二人は兵士で、一人は鎖に繋がれた罪人だ。
ボロ布を纏った罪人の顔には、『カーネリア』の少ない人間関係の中でも見覚えがあった。
「
「……っ」
兵士にダークブラウンの頭を押さえつけられ、罪人の青年が父と私の前に膝をつく。
手は鎖で後ろに繋がれているため、押さえつけられた頭は受身を取ることもできず、そのまま床へと押し付けられた。
あの勢いで硬い床に額をこすり付けられれば、肌を傷つけていても不思議はない。
目の前で繰り広げられる暴力に、ヒッと息を呑み込んで父の腹に縋る。
白雪 姫子の人生では映画やドラマで実写の虐待シーンを見たことがあるが、目の前で『本物』の虐待シーンに遭遇したのは初めてだ。
『カーネリア』としては自身も『して来た』行為だが、『私』としては平然と見ていられるものではなく、心臓がバクバクと騒ぎ始める。
暴力を受けているのは自分ではないのだが、血の気が引いて父の太ましい腹へと縋りつく。
すっかり怯えてしまった私に、父アゲートはその『怯え』を別のところから来るものと誤解した。
私は暴力自体に怯えているのだが、父は目の前に連れてこられた罪人に対して私が怯えたと思ったようだ。
「余の愛らしいカーネリアや。怯えることはない。罪人にはちゃんと『魔封じの枷』を付けてある」
枷を付けてあるから、魔法を使って暴れることも、逃げ出すことも不可能だ。
だから怯える必要はない、と微笑む父の意図が判らない。
抵抗できない状態に仕立てあげた罪人を、私の目の前へと連れて来た意図はなんだろうか。
「さて、カーネリアや。この罪人……どうしたい?」
「どう、とは……?」
表面的にはにこやかな笑みを浮かべているのだが、含みしか感じない笑い方だ。
少し前までのカーネリアであれば何も感じなかった父親の微笑みだが、今の私には背筋を冷や汗が伝う暴君の微笑みである。
「この男は、余の宝であるカーネリアに怪我をさせた大罪人である。本人はもちろん、一族郎党、乳飲み子にいたるまで、すべて処刑にしても余りある大罪を犯した。飛竜ともども――」
「カーネリア様に、お願いしたき儀がござい――」
「誰が口を開いてよいと言った!?」
顔をあげた青年の青い瞳と目が合った。
そう思った瞬間に、アゲートは直前まで抱きしめていた
飛竜を駆る騎士という職業柄、青年は人並み以上に体を鍛えているはずなのだが、父の巨体が繰り出す蹴りには敵わなかったようだ。
蹴られた勢いのままに壁際まで吹き飛ばされ、それでも驚くほどの頑強さを発揮し、多少目を回してはいるようなのだが、すぐに体を起こして膝をついた。
「カーネリア様、お願いでございます。私の罪は、私の命のみでお許しください。リンクォはまだ若く、主を変えても長くカーネリア様にお仕えできるでしょう」
「言うに事欠き、よくも余の大切なカーネリアにそのような世迷いごとを……っ! おまえの飛竜のせいで、余のカーネリアは殺されかけたのだぞ!?」
壁際で再び額を床に付けて乞う青年に、アゲートは壁際まで移動して青年の背中を踏みつける。
アゲートの巨体から、青年の背骨が折れてしまうのではないかと、我がことのように身が竦んだ。
「……カーネリア、様」
「おまえごときが、余の至宝を名前で呼ぶなっ!!」
ゴツッと『イイ音』が響き、青年の頭が床に沈む。
ついに頭の骨でも折れたのではないかと心配になったが、なにか様子がおかしい。
青年の頭に載せられたアゲートの足が、プルプルと震えている。
よく見ると、アゲートの太すぎる足がゆっくりと持ち上がってもいた。
……首の筋肉、どうなってるの!?
どうやら青年はアゲートの太くて重いはずの足を、首の力だけで持ち上げているらしい。
アゲートの足がプルプルと震えているのは、力を込めて青年の頭を踏んでいるからだ。
それから、もう一つ気が付いた。
この場の支配者は、もちろん王である父アゲートだ。
しかし、青年は私へと愛馬――飛竜の場合も『愛馬』でいいのだろうか?――リンクォの助命を願っている。
支配者は父王だが、その父王を動かせるのが愛娘であるカーネリアだけだと、よく理解しているのだろう。
「……お、お父さま」
こんな情況でも、彼は諦めていないようだ。
父の機嫌を取るよりも、『カーネリア』を動かす方が簡単で確実だと、冷静な判断を下している。
私としては早々にこの恐ろしい暴力劇場が終了してくれるのなら、と内心の恐怖を押し込めて荒れ狂う父王アゲートの傍らへと寄った。
「ならん。ならんぞ、可愛く優しいカーネリア。止めてはならぬ。これは躾けだ」
「そんな汚い罪人など、どうでもいいわ」
怖い、怖い。
目の前で荒れ狂う、巨漢の権力者。
これは、誰だって怖いだろう。
少し前までのカーネリアなら平気かもしれないが、今の私には無理だ。
暴君アゲートが怖い。
が、ここで
カーネリアが、父親に怯えるはずがないのだから。
ならば、とアゲートの言葉に合わせる。
青年を『汚い』とか、『罪人』だなんて呼びたくはないが。
不信感を抱かせずにアゲートと話をするためには、父の言葉にはある程度寄り添った方がいい。
「……ネリは、お父さまが怖い」
罪人ではなく、怒り狂って
『ネリ』というのは、カーネリアが幼い頃に使っていた一人称だ。
どうやら
青年へは般若のような顔を向けていたアゲートが、怯える愛娘へは相好を崩して向き直る。
「おお、可愛い可愛いネリや。怖がらせて悪かったね。悪いお父様を許してくれるかい?」
「ギュって『ネリ』を抱きしめてくれたら、許してあげる」
両手を広げてハグを要求する。
そうすると、誘導されるままにアゲートは青年の頭から足を退かし、愛娘の体を抱きしめた。
可愛い、可愛い、と何度も頭を撫でながら。
……うん、チョロイ。
これは確かに、アゲートの機嫌をとるより、カーネリアを動かした方が早い。
アゲートの足から開放された青年は、親子の足下で再び姿勢を正して額を床に付けていた。
「怖い思いをさせて、悪かったね」
「強いお父さまも素敵だけど、今のは少し怖かったわ」
「そうか、そうか。じゃあ、怖いお父様は、ネリの前では出さないようにしなくてはな。それでは――」
「――速やかに首を刎ねよう」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
お父さま、そうじゃない。
ところで、飛竜でも『愛馬』でいいんですかね?
架空のゲーム『ごっど★うぉーず』は、昔作ろうとしたオリジナルRPGが元ネタです。
いや、さすがにこのクソダサなタイトルは即興ですが。
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