転生したら、『雪だるま』のような姫でした。

第1話 異世界転生って、本当にあるんだなぁ

 ……異世界転生って、本当にあるんだなぁ。


 前世の死因は思いだせないのだが、今の情況はそういうことだろう。

 日本という国で生まれ育った『白雪しらゆき 姫子ひめこ』としての人生の記憶を持ち、『姫様』と呼ばれる現在の情況にも心当たりがあるのだから。


 ……それにしたって、これは無い。


 太すぎる指にも驚いたが、見下ろす自分の体にもびっくりだ。

 さきほど侍女が二人がかりで(言ってはいけない掛け声を出しつつ)私の体を起こしたように、この体は太い。

 とにかく太い。

 白雪 姫子とは比べるまでもない巨乳である! と喜ぶ気にもなれない。

 これは乳ではない。

 ここまでくると、まごう方なき脂肪の塊である。

 腕はムチムチと太めの大根よりも太いし、胸もデカイが、腹もデカイ。

 今、妊娠何週目ですか? なんて嫌味は可愛いものだろう。

 いっそ臨月の双子が入ったお腹の方がまだ小さいのではなかろうか。


 この今生の私こと『姫様』。

 白雪 姫子としての記憶が目を覚ましたせいか、今日までの記憶と白雪 姫子の記憶が混ぜこぜになってしまい、絶賛大混乱中だ。

 そのせいか、一番最初に思いだせた『姫様じぶん情報』は、現在のあだ名である。


 雪妖精の姫。


 これが『姫様』の通称だ。

 一見、綺麗な通り名に思える。

 確かに『氷雪の竜騎士』とも、お揃い感があるだろう。

 雪の妖精といえば、きっと白くて、きららかで、儚げで、玲瓏れいろうとした美人を想像する。

 想像したい。


 しかし、実態は姫様コレである。


 まるまると肥えた体に、お世辞にもよかったとは言えないこれまでの対人関係せいかく

 侍女が思わず「重い」と言いかけたのを、すぐにもう一人が「しっ」と窘めたのは、『姫様わたし』の性格が理由だ。

 これだけ無様に肥えた『姫様』は、肥満は自分の責任であるはずなのに、『デブ』『太い』『重い』等の言葉に敏感で、これを言った相手へと暴力を振るうことも日常だった。


 そもそもとして、まず性格がよろしくない。


 力仕事など本来は下女の仕事なのだが、『姫様』は高貴な自分の体に下女が触れることを許さず、その仕事を侍女たちにさせていた。

 これには侍女たちも、ささやかながら反撃をしたいと思うだろう。


『雪妖精』というのは、つまり『雪だるま』だ。


 王の娘を悪し様に罵ることなど侍女の身ではできないので、肌の白さぐらいしか褒めるところのないデブだ、と綺麗な言葉に整えて言っているのだ。

 この表面的には綺麗な通称を、姫様わたしも父王も、喜んで受け入れていた。

 こんな判りやすい嫌味にも気付かないのだから、親子揃って愚かである。


 ……異世界転生っていえば、ゲームや漫画の世界に転生して、破滅の未来を回避したり、スローライフを目指しつつ過重労働でお金儲けするのが鉄板だと思うんだけど?


 少し白雪 姫子の記憶を探ってみるが、『雪妖精の姫』だなんて綺麗な通称の太ましいキャラクターが出てくる作品タイトルに思い当たるものがない。

 白雪 姫子もすべてのゲームや漫画を網羅していたわけではないので絶対とは言えないが、それなりにはオタクに属する人間だった。

 では、世界の名前や、国名、他の人物の名前ならどうだろうか、と考えて、愕然とする。

 私の中にある『姫様』としての記憶には、乳母アイリスと、父王アゲート、お気に入りの飛竜騎士イスラぐらいしか名前がない。

 普段から身の回りの世話をしてくれている侍女たちの名前すら、私は覚えていなかった。

 侍女の名前など、覚える必要があるとは考えもしなかったのだ。


 ……怖っ! 『姫様』怖っ!


 既存の作品であれば、タイトルも思いだせないが。

 ネット小説の異世界転生モノであれ、なんであれ、『姫様わたし』が目指すべき方向性は見えてきた気がする。

 どう考えても、『姫様』の性格改善からの、破滅回避モノだろう。

 思いだせる範囲だけでも、この『姫様』はいろいろとヤバイ。


 ……なにか、なにかないの? 情報……破滅回避モノなら、回避すべき事柄の情報とか……っ!


 なにか有力な情報はないだろうか、と記憶を探るが、それらしいものは何も思い浮かばない。

 断片的な記憶は思い浮かぶのだが、『姫様』はあまり代わり映えのしない毎日を送っていたようだ。

 食べるか寝るか、父王の豪遊に付き合うという記憶がほとんどで、他がない。

 読書や刺繍といった趣味もなかったようで、本当に『無』だ。

 以前の『姫様』はこの生活を疑問にも思わなかったようだが、白雪 姫子の記憶と人格の混ざり始めた『私』は思う。


 『姫様』の環境は、少しどころではなくおかしい、と。


 侍女をどれだけ虐めても怒られない、勉強を拒否したら二度と教師が送られてくることはなかった、日常的に顔を合わせるのは父王と乳母、侍女だけで、母親の顔すら覚えていない。

 これらの情況から考えるに、この『姫様』は父王に囲い込まれていたのだろう。

 それも、極端に人付き合いを排除し、乳母に預け、子どものままであるように。


 気付いてはいけないことに、気が付いてしまった。


 その自覚とともに、遠くから近づき来る微かな振動を拾い取る。


「カーネリにゃぁあああぁぁぁっ!」


 地響きに似た足音を立てながら、扉が勢いよく開かれる。

 部屋の中へと飛び込んで来たのは――


 ……はい、破滅回避モノ確定っ!!


 部屋の中へと飛び込んで来た父王アゲートの顔を見て、天啓のように閃くゲームタイトルがある。


 『ごっど★うぉーず』


 サブタイトルは長いので省略。

 性的な意味で年齢制限のある、シミュレーションRPGだ。


 父の名前でピンとこなかったことには理由がある。

 多くのプレイヤーたちは設定された『アゲート』という名前ではなく、『ちょんまゲート』とその頭頂部からあだ名を付けて呼んでいたからだ。


 そう、ちょんまげである。


 服装はコテコテな西洋の王様風なのに、髪型は銀のちょん髷。

 スタッフはおそらく、ギャグキャラのつもりで父を設定したのであろう。

 そうでなければカボチャパンツに白いフサフサがついた深紅のマント、金色のちょうちん袖、エリザベス・カラー(※小学生男児語録では『ザビエル』)なのにちょん髷だなんて、めちゃくちゃな造形にはならないはずである。

 そして体系は『姫様』の父親なだけあって、太い。

 姫様の体重が仮に100キロだとしたら、父アゲートの体重は300キロはありそうに見えた。

 一度でもその容姿を見たら、なかなか忘れられない強烈な姿である。

 なぜそんなふざけた容姿設定にされたのかといえば、それが許されるキャラだからだ。


 父アゲートは、主人公の前に立ちふさがる序盤のボスキャラだった。

 つまり、敵役である。


 主人公の敵が父親なのだから、『姫様』に待っているのは破滅の未来で確定だ。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 私が小学生の頃、アレは『ザビエル』と呼ばれていました。

 中学になると『フランシスコ・ザビエル』と呼ばれていたので、男児は男児なりにアップデートしたらしい。

 軽く調べたところ、『ラフ』『ひだ襟』というそうです?

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